君に願う

モロクには高い建物が無い。
一番高いのは中央の城だ。それは、どこの街でも同じようなものだと思う。
一年を通して降りそそぐ強い日差しから逃れるには、建物の壁際へ非難するか、所々に生えている椰子の木陰に逃げるのが良いだろう。
仕事柄、そうそう自分の立つ場所を変えるわけにもいかず。午前から昼を過ぎるあたりまで直射日光に晒されてしまうが、さすがにもう慣れた。
それに、生まれも育ちもこの街の自分には、別段つらい事でも無い。
驚くのは道を挟んだくらいの距離にいるカプラ嬢だ。
北のカプラ本社から派遣されてきている彼女の出身地は知らないが。こまめに交代と休憩を取っているとはいえ、女の身で日晒しによく耐えていると思う。
俺は、良い。
制服の兜と、砂避けのために口まで上げたケープで日差しは防げる。
立ち話ができるほど近い距離ではないので、話した事はあまり無いが。機会があったら彼女に聞いてみたい。
肌の手入れも会社で保障してもらえるのか、と。
………暇なのだ。
だがまぁ、それでも。南西の同僚に比べたらマシだろう。
街の北に立つ俺の周りには、それなりに露店を開く商人もいる。
門が近いので人通りもそれなりにある。時折、街の案内を求めてくれる人もいる。
職務に嫌気が差すほどの暇は、一応は無い。
流れる雲と、風に吹かれて変わる地面の砂模様を眺めていれば、それなりに暇も潰せる。
日差しを遮る物の少ないモロクの街は、見上げればいつでも青い空がそこにある。
乾いた砂を巻き上げる風が、空の雲を流して俺の目を楽しませてくれる。
この、青い空が好きだ。
黄色い砂の大地とオアシスの青と、空の青。この二色しかないような、自分の街が好きだ。
この街に来る人間は、旅の商人や世界を旅する冒険者がほとんどだが。
彼らが、少しでもこの街を好いてくれると良い。
そんな思いで俺は、今日も所定の位置に立つ。



シーフの少年は、息せき切って俺の前にやってきた。
「精錬所ってどこですか!?」
「南西の角にある建物がそうだ。近くにもう一人案内要員がいるか…」
「ありがとう!」
案内要員がいるから、わからなくなったらそこでもう一度聞くと良い。と、みなまで言う前にまた元気に走り去ってしまった。
煤けたような紫色の髪をして、寝癖がそのままなんじゃないかという頭の少年は、ここ最近よく見かける。
シーフになったばかりなのだろう。ボロボロになってやって来ては、道具屋はどこか?武器屋はどこか?などと良く聞きに来る。
一度で覚えないのか?というくらい、何度も同じ場所を聞く。冒険に一生懸命で、それ以外の事に脳を使っていないのかもしれない。
ほどなくして、先の少年がまた走ってきた。
「武器屋ってどこですか?」
俺は街の南東を指差した。
「南東の角の建物がそうだ。…そろそろ」
「ありがとう!」
そろそろ覚えたらどうだろうか?と、言いたかったが。その前にまた走り去られてしまった。
元気に去ってゆく彼の背中を眺めて、ひっそりと溜息をつく。
いや、まぁ。おかげで最近は退屈する事も減ったが。
その物覚えの悪さに、将来に不安を感じてしまうのだが…。
それとも、冒険者とはそれほど物を覚えなくてもやっていけるのだろうか?
街の中の事であれば、どの街でも俺のような案内要員がいるので問題無いわけだが。
しばらくして、その少年はまた戻ってきた。
「行ってきます!」
にっこり笑って、門から走り出て行く。
その背中を見送って、自然と笑みがこぼれた。
彼はどんなにボロボロになっていても、元気にただいまと言って、ここに戻ってくるのだ。



「行ってきまーす!」
今日も元気に少年は走り去る。その頭には笠があって、あの寝癖のような髪型がそのままなのか、もう確かめようが無い。
初めて見かけた頃に比べ、随分とたくましくなったように見える。
すでにこの近隣では割に合わないのでは無いかと思うのだが。毎日彼はここから出て行き、ここへ戻ってくる。
彼を見送って、彼の帰りを迎えるのが日課になってしまっている俺には、この街から去られてはかなり寂しい事になるのだが。
そうも言ってはいられまい。
俺と違って彼のような冒険者は、世界を旅するのが生業のようなものなのだから。
彼の目指す所がアサシンなのかローグなのかは知らないが、着々とその道を進んでいるようだ。
夕方近く、そろそろ交代の時間。交代はしているのだ。俺達も休まなければ死んでしまう。
ただ、親戚のコネでこの職に就いた俺の代わりは従兄弟にあたる男で。お互いが死んだ爺様にそっくりと言われる目元のせいで、口元を隠してしまえばそう区別は付かない。
その従兄弟がそろそろやってくるという時間、少年はやっと帰って来た。
「ただいまー!」
いつも通りの元気な声にほっと一安心する。
たとえカプラの助けで街の南側に帰って来たときにも、なぜか彼はこうして挨拶にくるのだ…。
いつもはそのまま駆け去るのが、今日はなにやら立ち止まって俺の前に立つ。
また何か建物の場所を忘れたのだろうか。
「えーと、あの。……これ」
武器屋か?精錬所か?と身構えていた俺の目の前に、数本の花が握られた手が差し出された。
この少年にはカプラはどこかとまで聞かれた事があるが、これにはただ目を丸くして立ち尽くすしかなかった。
たっぷり十秒はその花を見つめただろうか。
花束などではない。
黄色い草が、たまに花を咲かせている事がある。おそらくはそれを集めたものだろう。数にして5本、少年の手の中で揺れていた。
「………これ…は」
「えと、受け取って欲しいんです」
照れたような上目遣いで少年は言った。
たぶん俺の目は今、点になっていると思う。
男から花を、というか。そもそもそんな物を貰う立場には無いのだ。
「いや、こういった物は受け取れない」
特に規則にある訳ではなかったが、軽く首を振りながら俺は言った。
だいたい袖の下をもらった所で、何も便宜をはかれる事など無いのだが。
それに、たとえ小さな花であれ。彼にとってはいくばくかの金銭になるはずだ。いつも鞄の中にミルクの瓶をガチャガチャいわせて出かけ、帰る時にはその音が無くなっている彼の事だ。たとえ僅かな金でも無駄にさせるのは忍びない。
しゅんとしてしまった彼には少し悪い気はしたが、自分のために使ってくれる方が嬉しいのだ。
「どうして、これを俺に?」
やはり、少し申し訳ない気がしたので。理由だけでも聞いてみる事にした。
「いつもお世話になってるし、色々教えてくれるし。……いってらっしゃいとか、おかえりなさいとか、言ってもらってるし」
いや、いってらっしゃいもお帰りなさいも、言う前に君は走り去っている……。
言おうと思った事は幾度と無くあるが、いつも間に合わない。声に出さない声を聞いてでもいるのか?
「教えるのは、職務だから…」
「でも、俺は嬉しいんです!」
花を差し出し続けるのを、受け取れないと辞した。
少年は小さく唸って、ようやく花を自分の鞄にしまう。
それを見て俺もほっとする。何かを贈られるとか、そういう事に慣れていない。贈った事も、初任給で両親にそれぞれ記念の品を贈ったのが最後だ。
贈り物をする女性もいないのだから、寂しい人生かもしれない。素敵な女性との出会いも無い。
出会いも何も、俺の前を通り過ぎる人は本当に通り過ぎて行くだけ。そのまま二度と会わない人も多い。
だからこうやって、特定のだれかと交流するなんていうのは、本当に初めてで。それだけでも、俺は戸惑う。
「うー、…じゃあ」
少年はそう言って被っていた笠を外した。
そこには寝癖のような跳ねた毛先が。……寝癖ではなく、こういった髪型なのかもしれない。
頭のてっぺんが俺の目線よりも低い彼は、近付くとやおら口元のケープを引き下ろして、爪先立ちして……。
………。
……………。
何をされたのか、と、気が付いた時には彼は身体を離して。にへっと笑って、少しだけ頬を染めて。
踵を返すとそのまま走り去ってしまった。
また明日ー、と。ちょっと遠のきかけた意識で聞いた気がする。
「……………」
口元を押さえて、俺はしゃがみこんでしまった。
膝を折るとはなんたる失態。
いや、そうでなく。
あれは、…いや、これは。
口付けなんて色っぽいものではなく。
キスなんていう可愛らしい響きのものでも無かった。
むにっと力任せに押し付けられた唇は、砂漠の熱で少し荒れていて……。
「………うわぁ」
「もててるじゃないか」
「うわぁ!」
嘆息した後に叫び声を上げて、俺はしりもちをついた。
声のした方を見上げれば、俺と同じ格好をして、同じ顔をした男が立っている。
「………お前か」
従兄弟の青年は俺よりも二つ年上だが、背格好も似ている。同じ制服を着ると、本当に鏡でも見ているようで妙な気分だ。
「女に縁が無くてそっちに走ったか?」
「馬鹿言え」
「やんちゃそうだけど、結構かわいいじゃないか」
「そんな趣味は無いって」
立ち上がって砂を叩きながら言う。
「顔を真っ赤にしながら言われても説得力が無い」
俺は慌ててケープを口まで上げた。
まったく同じ見た目で、奴は笑いをかみ殺し。俺は、きっとまだ真っ赤になっていると思う。
「……………」
「……………」
「そんなに笑うな」
「………いや、すまん。……お前がそんな百面相するのが珍しくて、つい」
表情に乏しいとは、昔から言われているが。鉄面皮じゃあるまいし、俺にだって表情はあるんだ。
従兄弟はまだ可笑しそうで、目が笑っている。
俺よりも表情豊かなこの男は、どこでどう知り合ったのか知らないが、すでに結婚までしている。たった二歳の違いだが、たまに憎くなる。
………年齢は関係ないのかもしれないが。
「まぁ、随分なつかれているみたいじゃないか。俺達がこんなに気にしてもらえる事も滅多にないんだ、ありがたく思っておいた方が良いんじゃないか?」
持ち場を代わりながら、俺は軽く首を振った。
「あの子も、いずれはこの街から出て行くよ」
「………そうかな?」
早々に立ち去ろうと思っていた俺は、つい足を止めた。
従兄弟は、軽くあごに手を当てながら小首をかしげている。
「俺の持ち時間の間に、あの子が訪ねてきた事があるんだが。しばらく不思議そうに俺の顔を見た後に、何時もの人はどうしたのかと聞いてきたんだ。きちんと見分けられているぞ、お前」
その言葉の意味を、俺にどう受け取れと言うのか。
昔から双子のようだと言われていた俺達を、身長と体格が変わらなくなってから見分けられるのは両親以外にはいなかった。
それ以来、自分の時間にあの少年を見かける事は無くなったと。従兄弟は微笑むような目で言った。
「愛されてるなぁ」
「馬鹿な事ばかり言うな」
今度こそもう帰ろうと歩き出すと、ちょっと待てと止められた。
「今度は何だ?」
いらいらしながら振り返ると、従兄弟が差し出したのは、一輪の花。
「落ちていた。これくらいは受け取ってやれ」
鞄に戻す時に零れたのだろうか。すでにあたりは夕闇に支配されていて、気が付かなかった。
小さな赤い花は、気が付くと俺の手の中にあって。あれほど受け取ることを拒んだ物に、妙な居心地の悪さと、チクリとした胸の痛みを覚える。
「お前が何を恐れているのか、わからないでもないが。好意は素直に受け取っておけよ」
何の返事も出来ず、俺は小さな花を手に。その言葉に背を向けて宿舎に帰った。



俺の仕事はこの街に来た人へ、街の案内をする事だ。
ただ場所を教え、少しの話をするだけ。
それ以外に、冒険者として旅をする彼らの助けはできない。
いつも見送るだけだ。………そして、帰ってこない人も多い。
他の街へ定住したのだと、自分に言い聞かせる。
いつも賑やかに旅立っていたパーティーが戻ってこなくなった時。
忙しく行き来していた商人がぱたりと姿を見せなくなった時。
他の街に用が出来、そこに居ついているのだと。
何ヶ月もしてから、ふらりとまたこの街へ来る人もいる。
だから、もう姿を見かけなくなった人たちも。いつかはまた来るのかもしれない、と。
本当にもう、どんな手段を使っても、二度と会う事が叶わないと。そんな風に、思いたくはなかった。
俺と言葉を交わした人が、この世から消えてしまったとは思いたくなかった。



少年は、いつものように元気に走ってくる。
俺の姿を見ると、嬉しそうに笑って。
行ってきますと言って走り去る。
今日の少年は、だが。俺の手の中にある一輪の花を見て、足を止めた。
「それ……」
「昨日、君が落としていった」
「……あ」
どうやら落とした事に気が付いていなかったらしい。
その顔が、怯えたように俺を見る。
「いや、これは受け取っておくよ」
そう言うと、ぱっと表情が明るくなった。俺に付き返されるのではないかと思っていたようだ。
ころころと表情が変わるし、なにより元気だ。たしかに、可愛いと言えば可愛いのかもしれないが。
「一つ、聞いても良いだろうか?」
「ん?」
笠の下の目は澄んだ青で、このモロクの空のようだ。その目が、興味深そうにきらきらとしている。
「夜にこの場所を担当している男と、どうして俺の区別が付いたんだ?」
「あぁ、それ?」
俺を見上げる顔は、なにか拍子抜けしたようだが、次の瞬間にはまた笑顔に戻っていた。
「だって、兄さんの方が優しい目してるもん」
「優しい?」
無表情だとか目が死んでるだとか、気持ち悪いとか怖いとか言われた事はあったが。優しいは初めて言われた。
「うん。……だから好きなんだー」
えへへー、とか笑いながら。照れたように頬を掻いている。
この少年にはあっけに取られてばかりだ。少し気が遠くなりそうだったが、なんとか持ちこたえた。
それじゃ行ってきますと言って駆け出そうとするのを、慌てて袖を掴んで止めた。
「うわっ、なに?」
俺に掴まれたせいで後ろに転びそうになりながら、彼はこちらを振り向いた。
「約束して欲しい、一つだけ」
「うん?」
訝しげなその顔は、何の邪気も無いようで。
「生きて、必ず生きて、戻ってきて欲しい」
きょとんとした青い目が、俺を見ていた。
「俺は、街の外へ出る君のそばにはいられない。何も助ける事ができない。だから、せめて。元気な顔を見せに来て欲しい」
きょとんとしていた顔が、なぜだか嬉しそうにほころんだ。
「それならお安い御用さー、絶対に帰ってくるよ!」
「無理はしないで、…いってらっしゃい」
「うん!行ってきます!」
そう言って、元気に走り去っていった。
こうやって、二度と帰らない人を、何人も見送った。
どうか、君まで。
消えていなくならないで欲しい。
俺の知らない所で。



それ以来、いや、以前と変わらないのだが。
少年は行きと帰りに必ず俺の元へ寄る。
それ以上に、ただ話し込むだけの時もある。
仕事が明けた後に一緒に食事をする機会も増えた。
たわいもない話や将来の希望。少年の名前と年齢と、アサシンになりたいのだという事を知った。
俺と並んでは、身長差をぼやく。
「俺もう16なのに、このままじゃ追い抜けないよー…」
「俺より背が高くなりたいのか?」
「……う…ん。でも、身長差とか年齢差とか関係ないよな」
と、にっこり笑う。
最近、頓にくっつきたがる少年の、その言葉の意味はなるべく考えないようにしたいと思う。



モロクの北に、今日も俺は立つ。
相変わらず誰かに物を聞かれなければ、何もする事も無く。
近頃、俺の目は優しくなったと、従兄弟は笑って言った。
「行ってきます!」
その声の主は元気に門を走りぬけ。
そして、必ず帰ってくるのだ。
砂漠の中の、オアシスのこの街へ。

2004.3.3

あとがきっぽいもの

目に光が無くて、死んだような眼差しのモロク案内要員さんにドキドキです(馬鹿
いえ、なんかちょっとこう。ね。あの細い腰がね!(黙れ
本当のお気に入りは伊豆にいる案内要員さんなんですが。案内のついでにお兄さんの話をしてくれて可愛いのですv
でも、プロと伊豆の案内要員さんは女の子であって欲しいと願っているのですが。駄目ですか?;(ショタ趣味なくてスイマセン;;;
それはともかく。
ホルグレンとか、名前があって一人しかいないNPCならともかく。名前の無い複数存在するNPCに手を出すと、後々辻褄あわせが大変だとわかっているのですが;
とにかく萌えの方が勝ってしまい、しかもあっさりカプまで浮かんでしまって。手が止められませんでした;
この先どうなるんだろうなぁ、とか考えたりしながら書いていたんですが。
どうなるんでしょうねぇ(おい
このまま一生案内要員っていうのと、案内要員辞めて冒険者になるとか、っていう2パターン考えたりはしましたが。
見送るだけ、待つだけと言うのは、正直つらいなぁ。と。
実際に書くかどうかは別問題ですが;

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