第1話 『記憶喪失』




 まぶしくて、目が覚めた。
 薄目を開けると、日差しが直接目に飛び込んでくる。
 思わず顔をそらすと、近くで軽く金属が擦れるような音がした。
「気が付いたのか」
 冷たい女の声。
 顔をそらした方向から聞こえた声に、ゆっくりと目を開ける。
 飾り気の無い部屋が見渡せた。どうやら寝台は窓際に置かれているらしい。
 枕元のあたりに、艶のある栗色の髪を長く伸ばした女騎士が立っていた。
 俺を見下ろすその目はとてつもなく冷ややかで、今にも抜刀しそうな雰囲気がある。
 反射的に、身体の芯に力が入った。横たわっているこの状態から、すぐにでも動けるように。
 殺気らしい物は感じない。だが、敵か味方かと問われれば、迷う事無くこれは敵だと言い切れる。
 初見でもそれだけは判断できるほど、女は拒絶の意思を漂わせていた。
「誰だ、あんた」
「それはこちらが聞きたい事だ」
 俺の問いに、女騎士は片方の眉を微かに上げて言う。
 殺気は無いものの、ある意味で敵意むき出しの相手に自己紹介なんて間抜けな事をする趣味は無い。
 とはいえ状況はこちらに不利だろう。
 横になっている俺と、いつでも抜刀できる女。おまけに得物になりそうな物はあたりには無い。
 相手が剣を抜くその一瞬に、どれだけ早く飛びのけられるか。
 肩までかけられた毛布の下で、軽く指先を動かす。
 つま先から順に意識を集中していく、身体に痺れや痛みも無い。
 と、頭に鈍い痛みがあるのに気が付いた。
 さっきまでは気にならなかった程度だが、気が付くと気になるものだ。
 いや、そもそも。
 俺はなんでここに寝かされているんだ?
 この女の雰囲気からすると、拘束されていても不思議じゃないんだが。そういった感覚は無い。
「……起きても良いか?」
「………」
 特に返事も無いが、構わないという事だろうと勝手に判断した。
 身体の向きを変えながら肘をつく。
 大丈夫、自由に動かせる。どこにも不具合は無い。頭の痛み以外は。
 その時、扉の開く音がした。



「気が付いたんですね!!」
 そう叫んで男が一人飛び込んできてから、一言では説明しがたい状況になった。
 思わず飛び退った俺と、おそらくは俺の気配に反応したのだろう、剣の柄に手をかけている女騎士。
 そして、無人になった寝台に突っ込んでその向こうの窓に手を打ち付けて悶絶しているプリースト。
 女騎士が「ここには入ってくるなと言っただろう!」とか叱り付けているが、よほど痛かったのだろう、まったく聞いていない。
 床に飛び降りた俺はなんとなくそのまま座ってそれを見物している。
 女騎士は俺も気になるがプリーストも気になる風で、交互を見比べながら優先順位が決められないでいるようだった。
 なんだこれ?
「避けるなんて酷いですよ〜〜〜」
 やっと顔を上げたと思えば、情けない顔と声でそんな事を言う。
「いや、避けないか? 普通」
 満面の笑みの男が自分に向かって突っ込んできたら避けるだろう。
 同意を求めるように女騎士の顔を見上げると、苦々しいというか、疲れたというか、複雑な表情をしていた。
「ああ、でも。気が付いて良かった。丸一日以上意識が戻らないから、心配したんですよ」
 プリーストはそう言って、目尻の涙を拭う。
 ちなみに安心したせいで涙が浮かんだのではなく、手をぶつけた痛みでさっきから涙目だった。
 それはともかく、一日以上意識が無かっただと?
「……頭が痛いのはそのせいか?」
「痛むんですか!?」
 瞬間移動でもしてきたかのような勢いで、プリーストが俺の目の前に飛んできた。
 その後ろでは改めて女騎士が剣の柄に手をかけている。というかすでに鍔が切られ、わずかながら現れた刀身が銀色の光りを放つ。
 心配と不安で一杯になった表情で、プリーストが視界一杯に迫ってくる。俺は命の危機を感じてじりじりと後退した。
「ああどうしよう、お医者様を呼んだ方が良いでしょうか……」
「いや、そんなに痛むわけじゃ……」
 さっきまでの位置からはだいぶ後退したというのに、女騎士の間合いは変わらない。
 ちょっとずつ付いてきているのか、律儀な女だ。
「リカード、本人が大事は無いと言っている。私はその男と話がある、席を外してくれ」
 女の言葉にプリーストが振り返る。
 見える横顔は不平で塗りつぶされていた。
「でもクレア、君は彼をいじめるだろう?」
「……いじめる訳じゃない。聞きたい事があるだけだ」
 女騎士は困ったようにため息を吐いた。
 この二人はどんな関係なんだ?
 偉そうな雰囲気で言ったら騎士の方が立場が上そうに見えるが、能天気な上司に苦労の耐えない部下、という風に見えない事も無い。
 そして、俺の立場がまったくわからないんだが。
「レインに酷い事したら、いくらクレアでも許さないからね」
「……わかった」
 真剣な眼差しで言うプリーストに、女騎士はしぶしぶ頷いた。
「それじゃ、レイン……」
「待ってくれ」
 心残りと言った風に俺に向き直るプリーストを、俺は片手を上げて制した。
「……誰だ?」
「は?」
 プリーストは目を丸くした。
 その向こうで、女騎士が眉を顰めるも見える。
「あんた、俺の知り合いなのか?」
「な!? 何言ってるんだよレイン! 僕がわからないのかい!?」
 プリーストは取り乱して俺の手を取り、顔をぐっと近づけてくる。
 思わず顔がのけぞった。
 それにも構わず、プリーストは更に顔を近づけて、言った。
「僕は、君の恋人だったんだよ!!」
「………」
 目が点になると言うのは、こういう事を言うのだろうか。
 蒼白になったプリーストの顔から、のろのろと視線を外し、女騎士を見上げる。
 困惑と猜疑心と苦々しさを隠そうともしていない女騎士からは、答えはもらえそうになかった。
 またのろのろと視線をプリーストに戻し、俺はようやく、言った。
「意味がわからん」

2008.6.4

あとがき


ギルメンであり参謀と呼ばれている私の畦仲間(w)が、「Eclipse」というハイプリ×アサの記憶喪失物を書いていたのがそもそもの発端。
というのは「王道検証企画とは」のページに書いてありますので、詳しくはそちらを参照していただく事にして。
テーマが同じだというのに、のっけから全く違う物になっているのが自分でも笑えました。
企画説明ページにリンクがありますので、良ければ読み比べてみてください(笑)
いつもそうなんですが、私はキャラクター設定を作らずに書き始めるんですよね。
この段階では私にもレインさんは謎の人でした・・・。
薄らぼんやりしたイメージだけでなんとなーく書き進んでしまうので、実はこの先リカードの言葉遣いが二転三転していたりします(^^;
初期からがっちり決めて、現在でも立ち位置も性格も何も変わっていないのがクレアたんだけ、ってどうなんだ自分・・・。

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