第1話 『記憶喪失』




「じゃあ知り合ったのは三週間ほど前なのか?」
「うん、臨時で拾ってくれて、それから友達登録して……。あ、お茶のおかわり入れるね」
 クレアと話しながら、リカードが俺のカップに茶を注いでくれた。
 リカードがお茶の準備を終える頃にラズが外から帰ってきたので、現在は四人でテーブルを囲んでいる。
 ラズと言うのはリカードを引きずっていったウィザードだ。
 俺には改めてラズラスと名乗ってくれた。
 あの時はそんな場合じゃなかったのでろくな挨拶もしなかったが、明るい緑色の髪で、人好きのする好青年といった感じの人物だ。
 今は俺の向かいに座っている。
 ちなみにリカードは俺の隣で、俺越しにクレアと会話していた。
 そして俺は、リカードの運んできたお茶とマフィンを腹に詰め込む作業にいそしんでいる。
 日差しの加減から午後でもまだ早い時間だと思うのだが、丸一日以上意識が無かったと言う事は一昨日以来何も食べていないと言う事で。
 リカードの運んできたお茶とマフィンの香りで胃袋の存在を思い出した俺は、自己主張を始めた胃の命令に従う事にしたのだ。
 そのせいで話し合いを始めても俺が参加していないという、どうにもならない状況になっているが、気にしない。
「馴れ初めは、まぁ、不振な点は見受けないが……。聞いているのかレイン」
「おう」
 口の中のマフィンをお茶で飲み下しながら答える俺に、クレアはため息をついた。
「お前の事を話し合っているんだぞ」
「うん。……美味いなこのマフィン」
 生地そのものもふわっとしてて美味いんだが、ナッツ入りとかドライフルーツ入りとか、種類があって飽きが来ない。
「良かったねぇ、クレア」
「………」
 能天気なリカードの声と、その後に続く沈黙に思わず顔を上げた。
 左右を見比べると、嬉しそうなリカードと不機嫌に黙り込んでいるクレアの顔。
 クレアは答えてくれないだろうと踏んで、リカードに向けて首を傾げてみた。
「これはねぇ、クレアが今日のお茶請けにって作ってくれたんだよ」
「へえ〜」
「普通の料理も美味しいんだよ」
 クレアを見ると、不機嫌なままだがまんざらでもないらしい。
「良い嫁さんになれるな」
 その言葉で、不意にクレアの表情が硬くなった。
 無骨な事でも気にしているのかと思ったが、どうもそういう雰囲気でも無さそうだ。
 正面を見ると苦笑いを浮かべているラズ。
 リカードにいたっては別の話題を探そうとしているのが丸わかりな感じでおたおたしていた。
 どうやらクレアに『嫁』という言葉は禁句らしい。
 心に刻んでおこう、なんか怖いから。



「毎日毎日、嬉しそうに出かけていくなぁと思ってたら、……ねぇ?」
 ラズがニヤニヤしながら俺とリカードを見比べる。
 ちなみに「世の中にはそういう人もいるし、俺は個人の趣味に口を突っ込む気は無いから安心して」とか、にこやかに言ってくれた。
 いらんわそんな気遣い。
 そしてそんな風に言われたリカードはほっとしたのか、さっきまで俺との狩りで培われた触れあいの数々を披露してくれていたのだ。
 ぶっちゃけいらねぇ。
 つーか物凄くいたたまれない。
 何かそこら辺に刃物があったら、恥じらいながら嬉しそーに話しているリカードを刺していたと思う。うん。
 とはいえ、おかげで自分が二刀型と言われるアサシンだった事がわかった。
 格のわりに強いとか、状況判断が的確だったと言うから、それなりに腕の良い冒険者だったのかもしれない。
「ソロばっかりだったから、支援もらえるのも嬉しいけど、誰かと一緒にいるのが嬉しいって言ってくれたんだ」
 うっとりとリカードは言う。
 うわー、殴りてぇ。
 膝の上で拳を握り締めながら耐えていると、クレアがうろんな目で見つめているのに気付く。
 そんな目で見られても、覚えて無いものは仕方が無いだろう。
 もうこいつ殺して俺も死にたい!
「でもなんか、話を聞いてるとレインってすいぶん控えめな感じだったんだねぇ」
 話の切れ目にラズがしみじみと言った。
 まるで今の俺がずうずうしいと言わんばかりだ。
 否定はしないが。
「うん、もっとこう……」
 リカードは俺を申し訳無さそうに見て、言った。
「落ち着いてて物静かな感じだった……」
「別人のようだな」
 クレアが止めを刺す。
「おう、どうせ今の俺は落ち着きが無いぜ」
 さっきまでマフィン貪り食ってお茶飲みまくってたのは隠しようの無い事実なので、思い切り開き直ってみた。
「ある意味ですごい落ち着いているとも言えるけど」
 ラズが面白そうに言う。
 何と言うか、この場で一人だけ事態を楽しんでいる風だ。
「俺は記憶無くしたこと無いからわからないけど、不安とか無いの?」
 単純に興味があって言っているだけなんだろうが、ラズは何気に失礼な事を言う。
 まあ、俺でもそう思うが。
「いや、人っ子一人いないような荒野の真ん中とかならともかく、雨風しのげる家の中だったし。なんか俺の事知ってるみたいなのがいるし。とりあえず心細くは無いかなー、と思って」
「肝が据わってるって言うか、いい度胸だよねー」
 何かツボに入ったらしく、ラズは膝を叩いて笑っている。少し横を見れば、クレアがこめかみを揉み解していた。
 クレアの態度が、もしかしたら一番普通なのかもしれない。
 俺の隣で気遣わしげに俺の横顔をじーっと見ている男も、知人であったとしたら普通、なのかも、なー……。
 とりあえずこの三者三様の人々に囲まれているのも、不思議と居心地が良いと感じている。
 クレアの棘の有る態度も、こんな女なんだと思えば特に気にもならない。
 むしろ生真面目に物事を考えていそうで、一番信用できそうだと思っている。
 問題はこの突き刺さる視線の主なんだが。
 馴れ初めを聞いても恋人っていうのが納得できない。
 仮に俺がそういう趣向の持ち主だったとしても、もうちょっと他にも相手はいるだろうよ。
「あのさぁ、恋人って言うけど、知り合ったのが三週間くらい前なんだろ? じゃ、付き合いだしてからどれくらいなんだよ?」
 納得がいかないとはいえ、それが事実だとすれば記憶をたどる手がかりはここにしか無い。
 とりあえず譲歩する気持ちでリカードに聞くと、とたんにもじもじし始めた。
 ……ほんと殴りたいんだけど、どうしてくれよう。
「その、えーと。……実は、告白したばっかり…で……」
「それ本当に付き合ってたのか? お前の勘違いじゃないだろうな?」
「酷いよ! ちゃんと好きだって言ったし、嬉しいって言ってくれたじゃないか!!」
「覚えてねーよ!」
 だって記憶喪失だし!!
 ええい、すがるような目で見るな!
「そこら辺は二人きりでじっくり話し合ったらどう?」
 楽しそうにラズが言った。
 できればそれは遠慮したい。
 というか、面白がってんじゃねぇぞお前。
 しかめ面でため息をついているクレアと、俺は本気で仲良くなりたいと思った。
「仮に、互いに了承済みのそういった関係だったと仮定しよう。……話が進まん」
 疲れた顔でクレアはそう言った。
 話し合いをまだ諦めていなかったらしい。
「それで一応納得するとして」
「いや、しないでくれ」
「……話が進まないと言っているだろう」
 睨まれた。
「一昨日の午前中の話になるが、私とラズはリカードに呼び出されたんだ。会わせたい人がいると言ってな」
「お前、告って速攻紹介するって早くねぇか?」
「最初は相方っていう風に紹介するつもりだったんだよ!」
「茶々を入れるな……」
 また睨まれたのでしばらく黙っておく事にしようと思った、が。
「あ、っていうか質問」
 思わず片手を上げて言うと、クレアは軽く頷く。
 発言を許可されたらしい。
「呼び出されたって事は、どっか別の場所まで出かけていったのか?」
「ああ」
 そう言って、またクレアは頷いた。
「臨時公平やら臨時広場は、わかるか?」
「ああうん、プロンテラの南?」
 基本的に俺の記憶が無いという前提なので、クレアはわりと細かい事も確認しながら話してくれる。
 そういう所は俺も覚えているらしい。
 何を覚えていて、何を忘れているのか自分でもよくわからないが。
 改めて言われてみれば、ああそうだったと思い当たる感じで、常識的な事は知っているのだとわかる。
「街から出てすぐに門番の詰め所があるだろう? その裏と言うか……」
「あ、何となくわかった」
 あのあたりは賑やかだった、と俺の常識が言っている。
 人が多いから、わかりやすい場所で待ち合わせでもしたんだろう。
「私たちが行くと、お前は背を向けて……」
 そこで、クレアは言葉を切って考えるそぶりをした。
 どうやって説明しようか悩んでいるようだ。
「僕が門の方を見ていて、レインは僕と向かい合って立ってたから、門から出てきたクレアたちには背中を向けてたんだ」
「ああ、なるほど」
 リカードの説明で、なんとなく状況が頭に浮かぶ。
 たぶん人ごみを避けて詰め所の影に二人で立っていたんだろう。
「そこにいると聞いていた場所にリカードがいたので、私達は近づいた」
「それで僕が二人に声をかけたら、レインも振り返って。……それで、その」
 と、言いにくそうにリカードが口ごもる。
 見ると無駄にでかい図体を小さくして、なぜか俺の顔色を伺っている。
「それで、何だよ?」
「ええと、あの……」
「私たちの方に歩こうとしたリカードがお前に躓いて一緒に転んでお前は詰め所の柱に後頭部を強打したんだ」
「それで意識失っちゃってさ、俺たちでここまで運んだんだよ」
 …………………………。
「何だその冗談みたいな記憶の無くし方!!!!」
「角にぶつかってたら死んでそうな勢いだったよ。当たった場所が平らで良かったよね〜」
「良くねぇよ!! なんなんだその間抜けな理由はーーーーーーーーー!!!」
「現状を受け入れるんだろう? これも現実だ、受け入れろ」
「受け入れたくねぇぇぇ!!」
「あ、あの、その。……ご、ごめんなさい」
 記憶を無くしている事に気が付いた時以上の衝撃に、俺は頭を抱えた。

2008.11.3

あとがき


前回から5ヶ月あまり間が空いてしまい、改めて話を考えていたら初期のプロットと企画の趣旨を忘れていました。
何と言う企画倒れ!
「読む人をあっと言わせよう」とするあまり、王道的展開が微塵も無くなったという(笑)
でもちゃんとプリ×アサのつもりで書いてます。・・・・・一応;

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