第1話 『記憶喪失』
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今明かされる衝撃の事実。
なんかもうあまりの馬鹿馬鹿しさに、色々どうでも良くなってくる。
だがリカードについて一つ合点がいった。
記憶を無くす原因を作った張本人だからあんなに過剰な行動だったんだな……。
しかし。
この数時間で身のこなしにはそれなりに自信ができていたのに、なんだその間抜けな記憶の無くし方は……。
つい深いため息が出る。
もーちょっとなんかこう、劇的な事でもあったのかと思うじゃないか。
記憶喪失なんてなろうと思って簡単になれるもんじゃないってのに!
と、一人で拳を握り締めるが、問題が違うような気もうっすらとする。
俺はまた溜め息を吐いて、あてがわれた部屋の寝台に仰向けに倒れこんだ。
一人で考えたいと言ったら、最初に目が覚めた部屋を使って良いと言われたので引きこもっている。
なんとなく部屋の前をリカードがうろうろしているような気もするが、気にしないでおこうと思う。
奴と話し合っても何も解決しないような気がするし。
ああ、今のうちにわかってる事だけでも頭の中を整理しておこうか……。
俺は三週間前に臨時でリカードと知り合って、なんかリカードを気に入ったらしく翌日も声をかけた、らしい。
で、毎日会う訳じゃなかったが、その後は見かけたらお互い声を掛け合うようになった。
ここ一週間ばかりは固定パーティー状態になってて、俺が後頭部強打する前日に、なぜか相方申請すっとばして愛の告白劇があった、と。
……それを承諾したらしい当時の俺も理解できんが。
「奴の思考がわからん……」
普通はまず相方からとかじゃないのか?
それとも元々そういう人だとか……。
しまった、この点を確認しておけば良かった。
リカードが元から男色家なら、俺ってもてるんだなぁで済む……、済むか?
しかも了承してるって事は俺もそうだって事になるじゃないか。
どうなんだ俺、男好きなのか?
……考えてみたがよくわからない。
女好きかと聞かれても、今のところ知ってる女がクレアしかいないのでそっちもピンとこないし。
思わず起き上がって腕を組んでいると、扉がノックされる音がした。
「どうぞー」
声をかけて床に足を下ろす。
たぶん、そんな気がしていた。静かに扉を開けて入ってきたのは、やはりクレアだった。
クレアは寝台に座る俺と向かい合う位置に椅子を引いてきて座った。
特に俺の了承もなく勝手にやっている事だが、話しに来たんだから俺が座る場所を用意するべきだったか。
寝台に並んで座るとか、たぶんクレアも嫌だろうしなぁ。
「さて、何か思い出しはしたか?」
「さっぱりだね」
特に期待していた訳でも無いようで、その表情に変化は無い。
「そうか。……まあ、こういった事は焦らずに待つものなのかもな」
「かもなぁ」
そして、沈黙が落ちる。
何か話があって来たんだと思うんだが、すぐに話すつもりも無いようだ。
まだ記憶喪失を疑ってでもいるんだろうか。
「そういやリカードはどうしてる?」
「過失だから気にするな、と言ってなだめてはおいた」
「ちょっと損害賠償くらい請求したくなるけどな」
とたん、クレアの眉間にしわがよる。
冗談の通じない女だな。
「ところでさ」
「なんだ」
せっかく冷静に話のできる相手が向こうから来てくれたんだから、気になる事を聞いておこうと思った。
「リカードって元からあんな感じ?」
「あんなとは?」
「うーんと……」
俺は少し悩んだ。
どう言ったら良いかな……。
「なんて言うの? こう、優しいとか真面目とか誠実とか、そんなん?」
「ああ」
クレアは納得したように頷いた。
「私でも真面目すぎると思うくらい生真面目だ」
「クレアに言われるんじゃ相当だな」
「……私はこれでも、手を抜けるところは抜く程度に力加減はしている」
そうだったのか……。
とてもそうは見えないが、まあ良い。そこはツッコミを入れないでおこう。
「それでさ、リカードに呼び出された時って、紹介したい人がいるってだけで、恋人を紹介したいって言われてたわけじゃないんだよな?」
「ああ、そんな話を聞いたのはお前をここに運び込んだ後だ」
「その時に、どう思った?」
クレアは、軽く睨みつけてきた。
「騙されているんじゃないか、と、そう思った」
「だろうな、俺でもそう思う」
まだそこまで知っている奴じゃないが、それでもリカードなら簡単に騙せそうだと思う。
リカードと今まで親しく付き合ってきた人間なら、まず相手を見極めてからじゃないと素直に祝福はできないんじゃないだろうか。
「だから、俺に対してクレアの態度がきっついのも、わからないでも無いなぁ、とは思ったんだけど……」
俺がどこの何者か、実のところリカードも知らないのだ。
ただ臨時で知り合って親しくなった相手。
出身地も、住んでいる場所もわからない。冒険者証に記載されている、俺の名前も知らなかった。
そんなどこの馬の骨とも知れない男が恋人だと言われたら、疑わない方がおかしい。とは思うが。
「クレアも真面目なのはもうわかってるが、それを差し引いても、警戒しすぎじゃないか?」
俺の言葉を待つつもりなのか、クレアは何も言わない。
ただじっと俺の顔を、睨む寸前のような目で見ている。
「他に何か、リカードに近づく奴を警戒する理由とかあるんじゃないのか?」
「………なぜ、そう思う?」
「仮に俺がリカードを騙して近づいていた場合、利点が思い浮かばない。もし奴がどっかの大金持ちの坊ちゃんだったとして、金目当てでたらしこんだんなら、ギルメンに紹介されるとわかっていてのこのこ着いて行く理由がわからない。金を巻き上げるつもりなら、標的と親しい友人はなるべく排除しておきたい危険因子じゃないか? 紹介してもらうならもう少し長く付き合った後で、確実に取り込んだ後にするだろ?」
「プリーストとして利用する、という可能性は?」
「あいつの腕前がどの程度かは知らないけど、……というか覚えて無いけど。単にプリの相方が欲しいだけなら、たらしこむまでする必要は無いんじゃないか? 相方以外の事に利用するにしたって、……例えばプリ好きの変態に売り飛ばすとか。それにしたってたらしこむまでは納得できるけど、やっぱりギルメンに紹介されに行くのが理解できない。そう考えていくと、あいつを騙す必要がどこにあるのかわからなくなるし、クレアの警戒の仕方も過剰すぎる気がしてくるんだ」
クレアは少し視線を落としてゆっくり息を吐いた。
「お前、本当に記憶が無いんだろうな?」
「あったら騙してる可能性とか考えてねーよ」
まだ信じてなかったのか、ある意味でさすがだな。
クレアは睨むような目で俺を見続けている。
どこかに嘘がまぎれていないか見定めようとでもするように。
「あと一つ仮定として考えて、あんまりなんで自分で却下したのがあるんだけど」
「何だ?」
「実はリカードが好きとか」
そう言って俺はクレアを指差す。
クレアはその指先をたっぷり十秒は凝視してから、疲れきったように肩を落として溜め息をついた。
「却下して正解だ」
「だよな〜」
どっからどう見ても頼りない弟の心配をしている姉ちゃんって感じだったしなぁ。
恋心があっての態度なら、もうちょっとなんかそういう気配の一つもあるだろう。
クレアは髪をかき上げ、なぜか諦めたような表情をして視線を降ろしたまま話し始めた。
「……十日ほど前に少々問題が発生した。時期的にお前が絡んでいるのかどうか、私には見極めがつかない。だが、まるで無関係とも思えん」
「どんな問題か聞いても良いか?」
うつむき加減のまま、視線だけをまた俺に合わせる。
「その前に、少し聞け。お前が頭をぶつけた時の事だ」
あの間抜けな顛末にまだ何かあるのか。
俺はとりあえずちょっとだけ居住まいを正した。
「リカードが私達の名前を呼んで、お前も私たちの方へ振り返った。そして私を見て、目をそらしたんだ」
「へ? 前にどっかで会った事でもあるのか?」
知り合いだったから気まずくて目をそらしたのか、と思ったが。
それだったらクレアが俺に何者かと問うのはおかしい、とすぐに考え直した。
クレアも首を振る。
「いや、私の顔を見たくなくてそらした、という風では無かった。あれは、……私達の方を見て、その瞬間、何かが目に入って気を取られた。そのように見受けた」
冒険者で賑わう南門の前。俺はまだ見た事の無い光景を頭に思い浮かべる。
臨時で組める相手を探して、もしくは自分に合うギルドを探しす人々。ただの待ち合わせや、そこで談笑しているだけの冒険者達。
行きかう人の中で、自分たちに向かってくる緑色の髪のウィザードと茶色い髪の凛とした女騎士。
その二人に目を向けただけで、きっとたくさんの人間が目に入ったに違いない。
「リカードも、ラズも気が付いていないが」
クレアは言いながら、俺にまっすぐ視線を向けた。
「ほんの些細な動きではあったが、お前はその瞬間に身構えたんだ。何気ない風に、けれどその一瞬で指先まで緊張が走っていた。いつでも動けるようにだろう、重心が前方へ傾いた。リカードの進行方向へ」
そこでぶつかって一緒になって転んだのか。
俺は無意識に後頭部へ手をやっていた事に気がついた。触るとまだ少し痛い。
「……俺は避けると思ってたんだろうなぁ」
「そうだろうな」
たぶん、普通だったら俺は一歩下がってリカードを先に行かせるはずだ。
少し下がって紹介してもらうまで待つのが常識というか、普通はそうするだろうと思う。
リカードもそう思っていたから、無意識に俺が避けるものと思ってまっすぐ歩き出したんだろう。
「今のお前には不本意かもしれないが……」
そう言って一度言葉を切る。
「一応リカードを守るような感じで倒れていたぞ。その点はまあ、恋人と言うならそうなんだろうと今にして思えば納得する」
「しなくていいから」
「まあ、それはともかく。私もすぐにあたりを見回したが、お前が何に気を取られていたのかわからなかった」
あたりには臨時やギルドメンバーを募集している冒険者であふれていたが、かなり派手な音を立てて倒れた俺たちに驚く人々の中に、不振な者は見られなかったという。
「レイン、お前。あの時に何を見たんだ?」
クレアがじっと俺の目を覗き込む。
そんな事は、俺が一番知りたいよ。
2008.12.20
あとがき
相変わらずクレアたん大プッシュ。
すいません、お気に入りです(´Д`*
そして、この段階で考えうる可能性を全て消してみました(笑)
それなりに謎な展開になってきたので自分では満足です(´ω`*)
ここに来てもまだリカードの外見が決まっていなかったために、今までに外見的な特徴とか一切書けなくて実は結構困ってました・・・。
髪の色とか初対面の時に書かないと、あまり言及する機会が無いんですよね;
この後「moeca」の作業やら公式で出すmoecaの同人誌原稿とかやっていて、半年以上続きを書いてませんでした。
一度組みなおしたプロットにその後変更は加えていないので、一応結末までの流れは決まっているんですが。
本当にリカードとレインの間に恋愛が成立するのかどうかが自分でも謎すぎる;;;
ていうかレインさん、もうちょっと悩もうよ・・・。