第2話 『違和感』




 朝日がまぶしくて目が覚めた。
 そういえば昨日もこんなだったなぁと思って、記憶が続いている事に安堵する。
 というか、寝台が窓際にぴったりくっついて置かれてるのに、カーテンが無いってのはどうなんだよ。
 俺はぶつぶつ言いながら諦めて起き上がった。
 最初に目が覚めたこの部屋は、諸事情あって引退した仲間が使っていたのだそうだ。
 結婚を機に家業を継ぐため、って話しだったんで。まあ、めでたい事のあった部屋でいいんじゃね? みたいな。
 縁起の良い部屋で目覚めてはみたが、さて。
「………」
 相変わらず、記憶は昨日の一日分しかない。
 むしろ昨日の事を覚えていた事にほっとした。
 さすがに、目が覚めるたびにまっ白になってたらやってられない。
 記憶喪失が癖になっていなくて良かった。
 そんな事を考えながら、借りた寝巻きからアサシンの衣装に着替える。
 ちなみに貸してくれたのはラズだ。
 リカードが貸したがっていたが、なんとなく気持ち悪い気がしたので丁重に辞退した。
 なんつーか、こうね。
 あいつの服に包まれたくないっていうかね。
 なんか自分から既成事実を作るような感じがして身の危険を感じたのだ。
 しかも俺より背が高いから絶対に裾が余るし。
 むかつく。
 幸いラズは俺と背格好が似ているので、問題なく着られた。
 そのうち倉庫を見に行って、いらない物があったら売ってコットンシャツでも買うかなぁ。
 寝巻きにはなるだろ。
 そして相変わらず、余計な事を考えながらでもアサシンの衣装は問題なく着られる。
 どうやってこの布を巻いたのか、自分でもよくわからないってのもなんだが。それくらい、この衣装をまとう事に慣れているんだろう。
 俺はどれくらい、アサシンとして暮らしていたんだろう……。
 と、思いを巡らせたところで腹が鳴った。
 窓から差し込む日差しの加減からして、午前中だが朝もだいぶ遅い時間のようだ。
 朝飯ってどうなるのかな。
 自分で作らないといけないんだろうか?
 昨日の夕飯はクレアの手料理だったが、美味かった。
 この点だけはほんっとーーーーーに、この家で目が覚めて良かったと、しみじみ思う。
 今日の晩飯も楽しみだ。
 現在のところただの無駄飯食いなので、そのうち嫌な顔をされそうだが。
 とりあえず、朝飯にありつきに行くか。



 大きく取られた窓から明るい日差しが差し込む居間で、濃い金髪の向こうにお茶の湯気が立ち上っている。
 ……よりによってリカードしかいないのかよ!
 開けた扉を閉める訳にもいかず、何よりも腹の虫が盛大に暴れているために、俺は諦めて居間兼食堂兼台所の広い部屋に入った。
「あ、おはようレイン」
「……おはよう」
 すぐに気が付いたリカードが、俺に嬉しそうな笑顔を向ける。
 逃げたい!
 行くあてがあったらこんな所すぐにでも飛び出して逃げたい!!
「クレアもラズも出かけてるんだ。朝ごはんは用意できてるから、温めてくるね」
 そう言って立ち上がる。
 とてもかいがいしいんだが、何と言うかもう。
 これがただの友人とかだったら、俺も物凄くありがたがると思うんだ。
 恋人とか言われてるし、しかも記憶も無いときたらどうしていいものやら。
 かまどに火を入れているリカードの背中を見ながら、俺は食卓の椅子に着いた。
「一応、聞くけど。それってクレアが作ったのか?」
 スープらしい鍋をおたまでかき回すリカードの背中に声をかけると、すぐに肯定の返事が返ってきた。
「今はクレアが全部やってくれてるよ、人数少ないから楽で良いって言って」
 今は?
「もっと人がいたのか? ってゆーか、他のギルメンって帰ってこないのかよ」
 俺は思わず部屋を見回す。
 昨日から姿を見ているのはリカードとクレア、それにラズの三人だけだ。
 だが三人で暮らすには、この家は広すぎる。
 俺は当たり前のように他にもギルドメンバーがいるものと思っていたし、そいつらは単純に不在なだけなのだろうと思っていた。
 『今は』という言い方は、現在進行形の状況を表す。
 つまり『過去は』違ったという事だ。
 このギルドハウスの規模に見合った人数が、以前はいたという事だろう。
 そして『今は』と言う言葉は、少なからず現状がこの先も続くという言い回しだ。
「あ、うん。……ちょっと用事があって、みんな遠出してるんだ。……まだしばらくは、帰ってこられないんじゃないかな」
「ふーん」
 背中が明らかに動揺している。
 ここは突っ込むべきなのかどうなのか。
 しかしリカードを吊るし上げると後でクレアが怖い……。
 罰でご飯抜きとかされたら多分泣ける。
 若干挙動不審になりながらも、温めなおしたスープと冷めてしまったオムレツをテーブルに並べてくれた。
 後はサラダとパンとりんごジュース。絵に描いたような素敵な朝食のできあがりだ。
「クレアが多めに作ってくれたから、スープはおかわりあるよ」
「やった」
 俺は素直に喜んだ。
 クレアの料理が今の一番の楽しみ、っていうのもどうなのかとは思うが。
 リカードが居間のテーブルに置き去りにされていたお茶を持ってきて、向かいに座るが気にしないで食事に没頭する事にする。
 オムレツはチーズ入ってるし中身もとろっとしてて美味いんだが、これ出来立てだったらもっと美味しかったんだろうなぁ、勿体無い。
 てゆーか出来た時に起こしてくれればいいのに!
 半分くらいまでは無視して食べていたが、胃の方が満ちてくると視線が気になって仕方が無い。
 とりあえず何か話でもした方が良いんだろうか。
 じっと見られているよりはそっちの方がましな気がした。
「そういやさ」
「ん、なに?」
 俺から話しかけられるのが嬉しいのか、やたらとにこにこしている。
「お前って元からそういう趣味なの?」
「へ? 何が?」
 お茶のカップを両手で持ちながら、きょとんとしている。
 俺は掬ったスープを飲み下してから、改めてリカードに言った。
「男が好きなのか?」
「ち! 違うよ!!」
「んじゃ何で俺と恋人なんだよ」
「レインは、……だって、その。………特別って言うか」
 とたん、真っ赤になってもじもじし始める。
 うぜぇ!!
「何だよ、そんな趣味じゃなかったのに、俺がコナかけて落としたとでも言うのかよ」
「そんなんじゃないよ」
 慌てて顔を上げるが、照れたようにすぐに視線を落とす。
 ……我慢しろ、俺。がんばれ。
「何ていうのかな、ほっとけなかったって言うか……」
 それは恋愛に直結する重要な事だろうか?
 相手が女だったら理解できるが、同性相手にその理由は理解できんぞ。
「何か、一杯あるんだ。だんだん好きになっていったんだけど、色々ありすぎて、説明するの難しいな……」
 もじもじとカップの持ち手をいじくる姿は、女の子だったら可愛いと思うが、野郎がやってると張り飛ばしたくなる。
「レインは何となく、いつも距離感があったんだ」
 カップを抱えるように持ち直しながら、リカードが話し始める。
 聞きたいような聞きたくないような気もするが、覚えていない過去の俺の事なので大人しく聞いておこう。
 とりあえずリカードの視線がカップに向いている間に、残りの食事を片付ける事にした。
「臨時で組む人は、すぐに馴染める人とか、最後まで馴染めない人とかいるけど。レインの場合、何か、違ったんだよ」
 食いながら聞いているので返事はできないが、ちゃんと聞いている意思表示に俺は頷いた。
「初めて会った日に、すぐ親しくはなったんだけど。翌日も声をかけてくれたり、狩りに行くのも楽しそうにしてるから、しばらく気が付かなかったんだけど……」
 そこで一度、言葉を切る。
 上目遣いに盗み見ると、勿体つけているわけではなく、言葉を捜して考えているようだった。
「本当は、違うんじゃないか、っていう気がした……」
 俺は思わず顔を上げてリカードを見た。
 昨日はそんな事は一言も言わなかったし、どれだけ楽しく狩りに行っていたかという話ばかりだったのだ。
「あ、もちろん本当は僕と一緒にいるのが嫌なんじゃないかとか、そういう意味じゃないよ。モンハウに当たって二人してぽっくりした時は、本気で笑ってたし。誰かと狩りに行くの楽しいんだろうなぁ、って」
 楽しいのは別にお前とじゃなくて、他の奴でも良いんじゃないのか? と突っ込みを入れたかったが、我慢しておいた。
 だって実は一人は寂しいから、こいつが嫌でも我慢して一緒にいるって可能性もあるじゃないか。
 一度は俺に向いた視線が、またカップに落ちる。
「何て言えばいいかな。近づきすぎると、やんわり避けられるような。それ以上は近づけさせないし、近づかないって線があるみたいだった。……それでも僕には近づいてくれる。今日はどこに行こう、明日はあそこへ行ってみよう、って。本当に楽しそうだったし、そこに嘘は感じないんだけど。……なんだろう、何か、違うのかもしれないって思ったんだ」
 言わんとする事はなんとなーくわからないでもないが、要領を得ない。
 ようするに隠し事があったとか、そういう事だろうか。
 それでもリカードと狩りに行くのは楽しくて、毎日のように会いにきていたと? 俺が?
 ……実感が湧かない。
 とりあえず平らげてしまって空になったスープ皿を押し出してみた。
「あ、おかわり?」
 いそいそと立ち上がっておかわりをよそってくれる。
 いい奴なのは認めるんだがなぁ……。
「そういえばね」
 皿を俺の前に置きながら、リカードがまた話し始める。
「狩場の話しとかしている時に、前に誰かに連れて行ってもらったとか、そんな事も言ってたんだ」
「俺が?」
「うん。……だから、友達とかいたと思うんだけど。……耳打ちとか、来てない?」
「いや、無いな」
 そもそも、友達として冒険者証に登録してあったのはリカードの名前だけだ。
 他に友人知人がいたとしても、今の俺には確かめようが無い。
 俺の友好範囲がどの程度の物だったのかまったくわからないが、運よく誰かが連絡をしようとしてくれるのを待つしかない状態だ。
「そっか。……心配してるんじゃないかと思ったけど」
「まだ三日もたってないし、心配するには早いだろ」
「そ、そっか」
 何故だか赤面するリカード。
 殴りたい!
 本当に記憶無くす前の俺はこいつのどこが良かったんだ!
 最後の一切れのパンをスープで流し込んで、ごちそうさまと言うと、今度は食器の片づけをしてくれる。
 いい奴なんだろうけどさぁ……。
 俺は思わず溜め息を吐いた。

2009.7.28〜7.31

あとがき


最初にSNSでアップした時は、挿話と出だしの部分が一緒でした。
倉庫に入れる時まで同じ形にしてると、なんかおかしい事になるので続きとまとめてます;
ちょっとくらいリカードさんと触れ合ってください・・・。と思って強引に二人きりにしてみたんですが、1mmも進展しませんでした・・・。
この二人のカップリングって確定なんですけど、本当にこのレインさんがどうやってリカードを好きになってくれるか、自分でも謎すぎて困ります;
記憶を無くす前と記憶が戻った後なら、違和感無くリカード×レインで展開できるんですけどねぇ・・・。
・・・記憶を戻せばいいのか。
いや、そしたら話が終わってしまう・・・。

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