第2話 『違和感』




 朝飯を食い終わると、後は何もする事が無かった。
 リカードが食後のお茶をいれてくれてしまったので、居間のソファで差し向かいで飲む羽目になっている。
 とはいえ二人きりで語らうような事も無いし、ぶっちゃけご遠慮したい。
 ありがたい事に、リカードは持参した本を読んでいるが。
 というか差し向かいで茶を飲んでる相手をほうって本を読むのもどうかとは思うが。
 もしかしたら静かに考えさせてくれているのかもしれないし、リカードも今の俺と何を話していいのかわからないのかもしれない。
 本当は色々話し合った方が良いんだろう、とは思う。
 奴が恋人でさえなければ……。
 今の俺にそんな感情は無いし、この先こいつを恋愛対象として好きになる予感もしない。
 正直、いたたまれない。
 早く新しい恋を見つけてくれ!
 と言う訳で早々に退散したいのだが、そうは言っても行く先なんてあてがわれた部屋しかない。外に出たところで、どこに行けばいいのかもわからないのだ。
 ギルドハウス内を探検するにしても、他人の部屋に勝手に入るわけにもいかんしなぁ。
「あ、そうだ」
 思わず口に出すと、リカードが本から顔を上げた。
「どうかした?」
「ここん家って風呂はどうなってるんだ?」
 トイレの場所は昨日の内に聞いていたが、風呂をどうしているか聞いてなかった。
 昏倒する前にいつ入ったかわからないが、少なくとも丸二日は風呂に入ってない事になるし。まだ臭ってくるほどじゃないが、集団生活していると思うとなんとなく気になる。
「あ、まだ教えてなかったっけ。こっち、案内するよ」
 そう言って本を置くと立ち上がった。
 追い出されない以上はやっかいになる気満々なので、大人しくついていく事にする。
 記憶が戻るまではここで生活する事になるんだろうしなぁ。



 風呂場は、一階の廊下の一番奥だった。
 途中トイレを通り過ぎ、風呂の手前の扉は納戸だとついでに教えてもらう。
「入るなら外で沸かさないとだめなんだけど、入る?」
「んーと、順番とか何か決まってんの?」
「今は特に。……クレアが入ってる時だけ注意してくれればいいかな」
 また『今は』か。
 まあ、いずれギルメンも『用事』を済ませて戻ってくるんだろう。
「で、どうするの? お風呂にするなら、下着は貸すけど?」
 確かに着替えなぞ持っていない。
 持っていないが。
「……買ってからまだ使ってないのがあるから」
 よほど嫌な顔をしていたらしく、注釈してくれる。
 それなら良いかなぁ、と思っていたところで。なんとなく声が聞こえた気がした。
「誰か来たか?」
「え?」
「いや、なんか、こう……」
 家の中に響く感じだったんだが。
「クレア達が帰ってきたのかな?」
 リカードは不思議そうに言いながら、廊下を戻り始めた。
 もしそうだとしても、ここは玄関がある居間とか食堂からは一番はなれているはずなんだが。
 よく聞こえるな、俺。もしかして地獄耳なのか?
 リカードが居間への扉を開けると、やはりクレアとラズが帰ってきていた。
 どうやら「ただいま」とか、そこら辺が聞こえたらしい。それだったら、ちょっとは大きな声だったのかもな。
「いやー、まいった」
 おかえりーとか言っているリカードに、ラズがにこやかに言った。
「テロに巻き込まれちゃってさぁ、うっかり時計前に死に戻っちゃったよ」
 あははは、とか無駄に爽やかに笑っている。
「ラズ、契約カプラってまだアルデバランだったの?」
「うん、最近蝶で戻る事なかったから忘れてたよ」
 いかにもウィザードだな、と、妙なところで感心する。
 リカードとラズの会話を他所に、クレアは疲れたようにソファに座り込んだ。
 なんとなく、その向かいに俺も座る。
 さっき飲みかけたお茶が目の前にあるので、ついでに口をつけた。冷め切っているが、まだなんとなく香りが残っているので不味いってほどでもない。
「クレアはテロ鎮圧に協力でもしてきたのか?」
「いや、私もラズ大差ない。早々に倒された。……ソードガーディアン相手に、私にできる事もないしな」
「えーと……」
 あれ?
 時計前と聞いて、アルデバランにある時計塔だってのはすぐにわかった。
 臨時広場の場所も知っていたし、そこら辺は常識として知っている事なんだろうと思う。
 うん、ダンジョンとかそこらの狩場とか、生息してるモンスターも一応わかってるはずだ。
「……レイン?」
「そりゃまた、ごっついのと。一太刀くらいはあびせられたか?」
 とりあえず、当たり障りの無い事を言っておく。
 クレアは「とんでもない」と言って、溜め息をついた。
 俺も曖昧に笑ってから、もう一度お茶を口に運ぶ。
 テロというのが古木の枝でモンスターを召還する、枝テロの事だというのはわかる。
 だが、ソードガーディアン?
 ガーディアンてのは砦の中にいるもんじゃないのか?
 少なくとも、俺の中にある常識ではそうだ。
 嫌な汗が背中をつたう。
 俺は、そのモンスターを知らない。
 記憶をなくしてからこっち、初めて足元の床が抜けるような感覚に襲われる。
 俺が飄々としていられたのは、生きて行くのに必要な常識は”知っている”と思っていたからだ。
 だが、その常識は。いや、俺の中にある情報は、どうやら古い。
 いつ頃までの情報を持っているんだ? 俺が”知っている”と思っていた情報と、現在のそれと、どれほどの隔たりがあるんだ?
「どうした、レイン? ずいぶん神妙な顔をして」
 クレアが、いぶかしげに俺を見ていた。
「なぁ、クレア」
「何だ」
「今日の昼飯って、何?」
 クレアは眉間にしわを寄せて溜め息をついた。
「お前は他に悩むべき事があるだろう……」
「だってさー、それしか楽しみがねぇんだよ」
 わりとそれは本音だ。
 クレアは説教を続けようとしたようだが、何か気が付いたように表情を変えた。
「すまない、耳打ちだ」
「おう」
 別にたいした話をしていた訳でもないのに、わざわざことわるあたりが律儀だ。
 クレアはソファの肘掛に手を付いて、俺に横顔を向ける。耳打ちの会話に集中するつもりらしい。
 なんかこー、話す相手とは正面に向き合って話す、みたいな感じで。つくづく礼儀正しい女だな、と思う。
 向こうが視線を外してくれたので、俺は俺の思考に没頭しようか。
 部屋に戻るラズを見送ったリカードが、冷めたお茶のカップを二客とも持っていった。どうやら入れなおしてくれるつもりらしいのでほうっておく。
 さて、とりあえず俺の問題は……記憶が無い事が一番だが。
 常識だと思っていた情報がなぜ古いか、だ。
 頭打って記憶を無くしてるくらいなんだから、それくらいの不具合は出ててもおかしくは無いのかもしれない……。
 時折モンスターが生息地域を変えたりするのは知っている。
 何度かそんな事があったはずだが、その変遷がどうもはっきりしない。
 リカードがお茶を運んできてからもしばらく考えて、ふと気が付いた。
 時系列が整理できない。
 つまり、モンスターの勢力図がときおり変わるのは常識の範疇として知っているが、その変遷は俺の経験に基づく知識なのだろう。
 これは、色々と確認する必要がありそうだ。
 胃の辺りがなんとなーく、冷たくなる。これが不安というものだろうか。
 クレアあたりに言ったら、もっと早く感じているものだとか言われそうだが。
 リカードが入れなおしてくれた温かいお茶がありがたい。
 当のリカードはクレアの隣に座って本の続きを読み始めている。
 元々は今クレアが座っていた場所に座ってたんだが。まあ、正面に来られても隣に来られてもなんか困るんで、少しほっとした。
 しかし、これは相談した方がいい事だろうか?
 記憶が無いってのが一番とんでも無い事なだけに、なんか物凄くささいな気がしてくる。
 生まれてから今までの事を覚えていないのに比べて、最新……かどうかは知らないが、最近の情報を知らないから不安、ってのもなぁ。
 どうしたもんかと思いながら、ゆっくりとお茶を飲む。
 クレアは本当に耳打ちに集中しているらしく、わずかに唇が動いていた。
 本を読む時につい口が動く性質なんだろうか。
(ええ、こちらは大丈夫。……リカードも変わりない)
 会話の相手はギルメンか何かだろうか。
(私は、平気だから。……大丈夫。無茶もしていないから、心配しないで。……だから)
 だったらギルド会話ですむはずだし、そうでないって事は個人的な知り合いとかか?
(……お願い、もう少し、そこにいて)
 無意識に凝視していたクレアの口元から視線を逸らす。
 俺は、悩む事柄がもう一つ増えた事を自覚した。
 クレアはさっきから、一言も声を発していないのだ。
 なのになぜ、俺はクレアの言葉を把握している?

2009.8.8

あとがき


この後、仕事が立て込んだり、パソコンが何度も不調をきたしたりで、ものすっごい間が空きます。
間が空くと本当に何をしたかったのか自分で忘れるので困ります。
小出しにしてる分、一回一回何か山場が欲しくなって、うっかり展開が速くなりがちなので気をつけねば・・・。
と、この一本後に書いた分をアップしてから思いました・・・。
作中時間で1日に1エピソードでいいのに詰め込みすぎちゃったよやべぇ・・・。

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