第2話 『違和感』




 ありがたいクレアの手料理で昼食を済ませ、さすがにそろそろ申し訳ないので後片付けを買って出た。
 せめて洗い物ぐらいしないと、追い出されたらかなわない。
 ちなみに昼飯は兎肉を使ったパエリヤだった。
 美味い飯が食えるだけでも、生きてて良かったって気分になる。
 もちろん山盛り食った。遠慮はしない。だって美味いから。
 鍋と言うか、でかくて平べったいフライパンというか。なんか独特のパエリヤ用鍋の仕舞い場所がわからなかっただけで、後はちゃんと片付けられた。
 大きな食器棚の中には、やはりたくさんの食器があって。同じ種類の皿を探して仕舞いながら、実は結構な人数のギルドなんだなと推測する。
 皿は種類もあるし枚数もそれぞれ違うが、グラスとカップが十客以上あるのは確かだ。
 いくつかは来客用としても、本来なら十人近くがこのギルドハウスで暮らしているのかもしれない。
 ……そういや不在の理由は聞いてもいいもんかなぁ。
 クレアの言った『十日ほど前に少々問題が発生した』というのと、ギルメンの不在は多分、繋がっている。
 とはいえ、そこに突っ込みを入れるのが面倒くさい。
 リカードはうっかり話してくれそうだが、どうも身内の揉め事くさい気がしないでもないし。
 俺も本当なら自分の事で手一杯なはずだから、面倒事ならできれば関わりたくないというのが正直な気持ちだ。
 恩返しとかは、記憶戻ってからでいいよな。
 仕舞う場所のわからなかった鍋は、どっちにしろ乾かさないといけないので、食器置きの所に放置する。
 俺にとっての問題は、まず。思い出せない過去をどうにかする事だ。
 振り返れば三人とも居間のソファでくつろいでいる、ように見える。
 距離が離れているので話し声までは聞こえないが、深刻そうな雰囲気は無いからただの雑談ぽい。
(それは構わないが)
(本人に確認してもらうのが手っ取り早いんじゃない?)
(でも、どこにでも行けたよ?)
 さて、過去の記憶と同じくこいつも謎だ。
 読唇術ってやつだよな、どう考えても。
 正面からだけじゃなくて、横から見た唇の動きまで読めるのって、かなり熟練じゃないか?
 俺はなんでこんな事ができるんだ?
 もしかしたらアサシンのたしなみ?
 いやまさか。
 そんなのは聞いた事もない。というか、俺の常識の中には無い。
 一般には知られていないアサシンギルドの慣習とかなら、今の俺が知らないだけかもしれないが。そうでなければ、これは俺が独自に身に着けた技能だ。
 だが、何のために? 何の必要があって?
 どうしても、嫌な汗が背中をつたう。
 何か問題を抱えたギルド。そのギルド員に接触した、正体不明のアサシン。
 それの意味するところは、何だ?
 俺を警戒していたクレアを、もう笑う気にもなれなかった。



 気詰まりでも感じ始めたのか、気分転換に狩りでもどう? と言い出したのはリカードだ。
 誰かかならず留守番しているのかと思ったが、別に家を空けるのは構わないらしい。
 俺の持っていた武器は、クレアが持ったままだ。このままではどうにもならんので、とりあえずカプラ倉庫を見に行く事になった。
 いくらなんでも、所持していた短剣しか武器が無いなんて事は無いだろう。
 リカードの話でも、どこの狩場に行ってもたいして困っていなかったと言うから、それなりに種類は持っているはずだ。
 冒険者証を確認したらいい加減それなりの格だったし、属性ダマスカスくらい全種類あるだろ。
 そこで俺の常識が言った。
 倉庫を開けるのに金がいるだろう、と。
 俺は、金を持っていた覚えが無い。
 服を着込んだ時も、小銭の音ひとつしなかった。
 まさか記憶と一緒に所持金もゼロ!?
 と、思ったが。そんなはずもない。
 だが自分の事も覚えていないのに、財布の記憶だけ残っている訳もなく。
 どこかで落としたのかもしれないと思っても、そんな事覚えてたら俺は記憶喪失じゃねーよ。
 最悪、あれだ。
 頭をぶつけて倒れた時に落としてそのまんまとか……。
 いくら持っていたのか知らないが、いくらなんでも倉庫代くらいは持ち歩いているだろ。どこにやったんだ、せめてそれだけでも思い出せ!
 ……そんなもん思い出せるくらいなら他の事も思い出すよな。
 仕方が無い、どっかそこらでポリンでも殴ってくるか……。あれなら素手でも楽勝だろう。
 脳内でそんな算段をしているところで、身支度をしに部屋に戻っていたリカードが降りてきた。
 俺はなんも準備するものなんか無いので、居間で待っていたのだ。
 しょうがねぇよ、着の身着のままなんだから。
 リカードは右手にアークワンドとバックラーを持ち、左手になぜか大荷物。
「あ、レイン。これ、クレアから返すようにって」
 そう言って、俺に大荷物の方を差し出す。
 返すと言われたので何だかわからないが素直に受け取る。
 風呂敷にでも包まれたようなそれを、居間のテーブルの上で広げてみる、と。
 出てきたのは悪魔のヘアバンド、忍者スーツ、ブーツが一足、クリップが三つだった。そして風呂敷と思った物はマント。
「これ…は」
「レインが持ってた装備だよ。……そんな事する必要無いって言ってるのに、クレアがとりあえず預かっておくって、今まで保管してたんだ」
 武器だけはまだクレアが持ってるんだな。
 そんな事を思いながら手早く確認していく。
 ヘアバンドの精錬度数は四。まあ、妥当だよな。忍者スーツが七っていうのは、……馬鹿か俺。もっと精錬する物あるだろう、特化とかさあ。
 ブーツも七で、マーターカードが刺さっていた。アサシンとしては、偉いな良くやった、って感じ。うん、偉いぞ俺。クリップは二つがククレ、残りの一つがテレポートクリップだった。
 そしてマントを確かめたところで、微妙な気持ちになる。
 精錬度数七の、モッキングマント。
 いや、物は良い。十分だ。むしろこれ以上無いくらいの、標準装備。
 ただ、なんというか……。
 廃っつーか、頑張ったんだな、俺……。
 これで武器も返してもらえたら、倉庫開く必要も無いかもなー。などと思いながら、もそもそと装備を身につける。
 でも、なんていうか……。
「なあ、リカード」
「うん、なに?」
「俺って金持ちだった?」
「え? ……困ってそうでも無かったけど、特にお金持ちってほどでも無かったと思うよ」
「そーかー……」
「……どうかした?」
 リカードに心配そうな顔をされたが、まあいいや。
「なんか精錬しっかりやってるからさ、資金に余裕でもあったのかと思って」
「最近は出来合い品とか安く買えたりするから、そういうの買ってたんじゃないかな? 全部自力で精錬してたら、お金もそうだけど手間もかかるし」
「ああ、なるほど」
 確かに忍者スーツあたりは、過剰精錬品でも安く買えそうな気はする。ただ、それがマントとブーツと三点揃うと、俺の中から疑念が湧いてくるのだ。
 揃いすぎている、と。
「それとこれも、クレアから返しておくようにって」
 俺が装備を身につけるのを待っていたようで、リカードが小袋を差し出してくる。
 元は俺の物なら素直に受け取るぞ。
 それが手のひらにずしりと乗った瞬間、思わず大急ぎで口を開けて中を確かめた。
「財布!」
「うん、無いと困るでしょ」
 良かった! ちゃんと金持ってたんだな俺!
「ポリンを殴らずにすんだ……」
「なんの事?」
「いや、気にするな」
 倉庫代くらいすぐにどうにでもなるとは思ったが、アサシンが素手でポリンを殴り歩いている図というのも間抜けで、あまりやりたいとは思えなかったのだ。
 中身の金額は、だいたい三十万(300k)ゼニーくらいか。
 とりあえずもう倉庫やら移動費やらの心配はしなくて済むし、消耗品を買うのにも困らないですむ。
 つか、とにかくこれで着替えを買おう……。
 思わず安堵の溜め息が出た。
「どうしたの?」
「……懐があったかいっていいな」
「あはは、そうだね」
 居間に戻ってきたクレアとラズが、妙に和やいだ雰囲気になっている俺たちに驚いた顔をした。
 気持ちはわかるが失礼な。

2010.7.1

あとがき


ほぼ1年ぶりの続きです・・・。
そして狩りに行くネタは早すぎたと早々に後悔・・・。
全体の流れは決めていても、一話ごとのエピソードとか決めずに書いている行き当たりばったりなもので;
途中で中だるませて時間を稼ぐしか・・・;(どうかなそれ
しかしそれでも話は進めなきゃと思うと、さじ加減が難しいです;;;

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