第2話 『違和感』




 記憶を失ってから、初めて外に出る。
 街の景色も空気も、当たり前のように肌になじんで。これら全てを改めて、初めて見ているのだと思うと、逆に不思議な気持ちになった。
 ギルドハウスから一番近いカプラは東門の場所だと言うので、四人で歩いていく。いや、クレアだけはペコペコに乗っているが。
 リカードが速度増加をかけてくれているのでかなり早歩きだが、景色を確認しながら進む余裕はある。
 あたりを見ながら歩くと、街の地図が自然と頭に浮かぶ。
 これも常識として知っている範囲の事のようだ。迷子にならずに済みそうで良かった。
 ぽつぽつと露店の立つ道を進み、十字路で東に折れると街を囲む城壁が見え始める。
 大きな門の傍らにたたずむカプラの前まで来ると、また不思議な気持ちに襲われた。
 今の俺には初めて来る場所のはずなのに、とても馴染み深い光景だという感覚がある。
 もちろん、カプラの顔だって覚えちゃいない。ああ、こんな顔だったのか、と思う。
 それでも、俺の感覚だけは、この光景を知っている。珍しくもなんともない、当たり前のものとして認識しているのだ。
「どうした? 何か記憶の手がかりになる物でも入っていたか?」
 かなりぼんやりしていたらしく、クレアに声をかけられた。
「あ、いや。すまん、まだ開けてない」
 呆れるというよりも、仕方が無いといった表情で溜め息をつかれる。
「今のお前にはこの景色も珍しいのかもしれんが、お前の装備に合わせて行き先を決めようとここまで来たんだ。とりあえず何を持っているのか、確認だけでもしてくれないか?」
「ああ、そうだな。悪い。」
 珍しいとは感じていない。だが、それを訂正する気は起きなかった。
 初めて見る光景に懐かしみを覚える。
 この奇妙な感じをどう説明すればいいのかわからなかったし、今話す事でも無い気がしたので、言われたとおり倉庫を開けるようカプラに頼んだ。
「……………」
 カプラが提示した内容物の一覧を見て、俺はしばし唖然とした。
 なんだこりゃ。
「悪い。……ちょっと、時間かけていいか?」
「ああ、それは構わない。せっかくだ、装備品以外にも目を通しておくといい」
「うん、少しじっくり見てみるわ……」
 友達の名前が入ったチョコレートとかあるといいね、と、リカードの言う声が遠くに聞こえた気がした。



 まず、目に入るのは消耗品だ。
 ハイスピードポーション、おいしい魚、蝶の羽、ハエの羽。通常、狩りに行く時に持参するのが当たり前そうな品が並ぶ。
 だが、その種類が異様に少ない。
 品目を目で追っていくと、名前のついたホワイトスリムポーションやレジストポーションがあった。それぞれ百前後の数を溜め込んでいる。
 もし知り合いが記念にくれた物だとすれば、せいぜい一個か二個、多くても十個程度だろう。この数は明らかに使うつもりで持っている数だ。
 知り合いのアルケミストが定期的にまとまった数を作ってくれる。なんて事もあるのかもしれないが、それにしては違う名前ばかりだし。普通、知り合いに頼んでいるなら、全部お願いしているもんじゃないか? ホワイトスリムポーションなんか、違う名前で三種類もある。
 ふと思いついて冒険者証を取り出す。ブラックスミスとアルケミストは番付があるはずだ。
 案の定、上位十位以内に全ての名前があった。という事は、多分これらは露店で買った物だろう。この中に知り合いがいないとも限らないが、あまりそんな気もしない。
 そして、チョコやプレゼントボックスのたぐいは一つも無かった。りんごやにんじんのような、狩りに出るとうっかり拾ってしまうような、今ではもう滅多に食べることも無くなった食品も。つい倉庫の肥やしにしていそうな物が、何一つ無いのだ。
 ハーブにいたっては、緑ハーブしかこの倉庫にはなかった。赤ハーブなら使い道が無いからと、全部売ってしまう事もあるかもしれないが。白ハーブや青ハーブが一枚も無いなんて、そんな事がありうるか?
 なぜだか嫌な予感しかしない装備品を後回しにして、それ以外の雑多な品目に目をやる。
 こちらは、ほぼ空に等しい。
 レッドジェムストーンとべナムナイフが千個以上、後はサソリの尻尾と、サボテンの針? そんなほんの数種類の収集品が少量あるだけだ。
 おかしい、ありえない。
 空きビンもゼロピも、鉱石の一つも無いなんて。ポリンカードやアルゴスカードとか、どうにもならないカードの一枚や二枚、普通は死蔵しているものじゃないか?
 俺の中の常識が警鐘を鳴らし始める。
 これは、異常だ。
 こんなに徹底して無駄な物が無いのに、半端な数で並んでいる収集品が、何か意味のある物に思えてきて寒気がしてくる。
 軽く深呼吸して、意を決して装備欄に目を移す。
 そこに並ぶ品目の豊富さに、俺は逆に絶望的な気持ちになった。
 多分、これはもう。無い物が無い、と言って良いほどに、ありとあらゆる武器防具が揃っている。
 もちろんアサシンが装備できる物に限っているが。
 どこで使うつもりなのか、バックラーまで一揃いあるし、イミューンマントもあった。
 消耗品と収集品の品数の少なさに比べ、この揃え方は尋常じゃない。しかも、どれもこれも過剰精錬品ばかりだ。精錬していない物は、精錬不可能な物とその必要が無い物くらいだ。
 趣味装備らしき物も一つも無い。実用本位な特化武器と特化鎧が並ぶ。
 属性ダマスカス全種、一々確かめるのも面倒な特化グラディウスとマインゴーシュがたくさん。カッターやナイフも混じっているのは、持ち替えの利便性からだろう。金額を考えると気絶しそうな精錬度六の錐もある。
 短剣だけでなくカタールですら四色揃っているし、数は少ないが特化ジュルも何本かあった。そんな中にひよこちゃんが一匹ちょこんとまぎれているのが、ほほえましいどころか、かえって気味が悪い。
 そうだ、気味が悪い。
 この倉庫の持ち主に、人間性を感じられない。無駄な物が何一つ無く、必要な物だけは全て揃っている。
 おそらく属性短剣も、ランカースミスの作だろう。もう確かめる気も起きない。
 寒気が酷くなってきて、胃のあたりも重たくなってきた。
 俺はいったい、何者なんだ……?
「レイン? どうかした?」
 いつの間にかリカードが、俺の顔を覗き込む位置にいた。
 うつむき加減の俺の顔を、背を丸めながら覗き込んでいる。ただ純粋に、俺を気遣う表情。
 ああ、ずいぶん長いこと倉庫とにらめっこしてたからな。心配になったのか?
 お前、どんな奴とつるんでたんだよ。
 こんな得体の知れない、気味の悪い男と……。
 俺は思い切り息を吸って、大げさに溜め息をついた。
「だーめだ、手がかりになりそうな物が一つも無いわ」
「えー、そうなの?」
 残念そうにリカードが眉を下げた。
 俺が単に、記憶の手がかりが無い事に落胆していると思ってくれるといい。
 知らず知らずのうちにこわばっていた顔に、さりげなく手を当てて、気づかれない程度に顔の筋肉をほぐす。クレアが正面にいたらやばかったな。あの女だけは、ごまかせない気がする。
 試しにホワイトスリムポーションや属性ダマスカスに付いていた名前を言うと、やはり露店でよく見かけるランカー品だと言う。クレアやラズも買った事があると言うから、おそらく持っていたところで珍しい物でも無いはずだ。
「それで、どこら辺に行けそうかな?」
 とんがり帽子をかぶったラズが言う。その帽子一つでとんちきなお祭り衣装のようになるが、今はあまり和めない。
 あの品揃えで行けない狩場を考える方が難しい。ちょっと待ってくれと断って、もう一度倉庫の品に目をやった。
 出てくる前に確かめた、俺の冒険者の格を思い出す。
 この格で持っていても不審でない装備はどれだ? 二刀型でまず手に入れるべき短剣はどれだ?
 頑張れ俺の常識!
 ずらりと並んだ特化短剣の中で、クワドラプルサハリックとクワドラプルタイタンの文字が目に留まる。
 短剣二刀なら中型特化と大型特化は無ければ話にならない。水特化は安価でまず最初に手に入れやすい特化のはずだ。
 イズルードの海底洞窟あたりを提案しておこうか……。
 ……あれ? なんだ?
 何か変な感じがする。
 いや、別に変な物は無いんだが。
 普通に、……揃いっぷりは普通じゃないんだが、特化としては普通の短剣が並んでいるだけだ。
 じゃあ、何が変なんだ?
 妙に引っかかる物を感じて、もう一度ずらずらと並ぶ特化短剣を良く見る。
 重複も無ければ、やっちゃった神器も無い。特定のモンスターだけを対象とした、特殊な短剣も無い。
 種族に対する特化、属性に対する特化、大きさに対する特化、あとは状態異常を付加する特化。
 使うたびに収納順は変わるから、それらがきちんと分類されているわけじゃない。
 頭の中で分類しながら、上から順番に心の中で読み上げていく。
 ウィンディー、ケミカル、サハリック、フレーム、スターン、ビホルダー、タイタン、ドラウジー……。
 ……ギガンティック。
 ……………。
 …………ああ。
 ああ、……わかった。
 違和感の正体とその意味が、俺の中にゆっくりと黒いしこりのように固まっていく。
 そして、思う。
 俺をあそこまで警戒したクレアは、多分、悪くない。



 まるで事典のように並ぶ特化短剣の中で、ボーンドとブラッディの二種類だけが、見つからなかった。

2010.7.4

あとがき


倉庫のネタはもう少し後にすれば良かったと大後悔・・・_| ̄|○
狩りに出たら倉庫開けない訳にはいかないので、ここで入れるしかなかったんです(ノД`)
とりあえず連載開始二年目にしてようやく、普通の人間並みの不安を覚えてくれたようですレインさん。
普通よりはディープな気もしますが。
友人たちにさんざっぱら「この倉庫気持ち悪いwww」「怖すぎて笑う」と言われたので満足ですw
そしてこのレインさんの倉庫、上限100でも困らないんじゃないかと思います。
とりあえずこの中身を見て「ラッキー♪」っていうタイプの人じゃなくて良かった。

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル