蹈鞴-1

隻眼の鍛冶屋は、今日も鎚を振るう。
一つしかない目で火を睨みつけ。
鉄を鍛える。







木々に囲まれたフェイヨンの町。木霊するように鉄を打つ音が響く。
俺が居候しているこの家の、仕事場から毎日のように響く。耳慣れた音。さすがに、もう慣れた。
ここで何か造っても、売りに行くのはプロンテラで。交通の便を考えたら手間がかかるばっかりじゃないかと思うんだが。
プロンテラは人が多すぎて苦手。ゲフェンは鍛冶屋ギルドに見張られてるような気になるから嫌だ。モロクは砂埃と昼夜の温度差が駄目。アルベルタの海の潮風は鉄の大敵。イズルードも同じ理由で却下。
そんな理由で俺の大家はフェイヨンに居ついている。
ここじゃ知らない間に茸とか生えてきそうだけどね。
ともあれ、あいつの鉄を鍛える音を聞きながら、明日狩りに使う矢を作るのが俺のここしばらくの日課になっている。
この間までは材料を集めるための遠征に二人で出かけていた。
狩るのはもっぱら俺、あいつは荷物持ち。
申し訳ないとか言われたけど、家賃の代わりならどうって事は無い。日ごろは一人で狩りに出かけている。金目の物ならその時集めれば、生きていく分は間に合うさ。
いつの間にか鉄を打つ音がやんだ。時間はぴったり。晩飯の後に少し仕事して、後はお茶でも飲んでのんびりするんだ。毎日がその繰り返しで、いい加減、あいつのペースは掴んでる。
音がやんでから、俺は削った木屑や矢じりの残りを片付けて、ヤカンに水をためて火をおこした。
別に付き合うギリも無いけれど。特に広い訳でもない家に、俺の居場所は元物置の寝床とこの居間兼台所しかない。
ヤカンから細く湯気が立ち始めた頃、あいつが仕事場に続く扉を開けて入ってきた。
「ごくろーさん」
声をかければあいつは片手を上げる、挨拶なんだかよくわからない動作。そのままお茶の用意を始めるのを、ぼんやりと眺めた。
青い髪に、それよりも濃い青の瞳。右目は眼帯に隠されている。
ずっと炎を見ている仕事をしているから、いかれちまった。と言って、眼帯の脇を指先で叩きながら笑っていた。
本当かどうかはわからない。俺はあいつの右目を見た事が無い。
ヤカンがヒステリックな音を立てて湯気を吹き上げ始めたので、俺も席を立った。気付いたあいつを手で制して、ヤカンを火から下ろして、テーブルの上の置きっぱなしの鍋敷きの上に乗せた。
こんな時間、二人で話すことなんてろくに無い。それでも沈黙が苦痛にならない。こいつといるのが有難いのはそんな所。
あぁ、でもそういえば。
「今度は何を作るんだ?」
席に戻ってお茶の準備を続けるあいつを見上げる。片目が茶葉から俺に移った。
「いや、まだ。……とりあえず鋼鉄の数を揃えないとな」
ここんとこ毎日鉄ばっかりこねていたのか。ご苦労な事だ。
いや、でも、あの音は。
「鉄、打ってなかったか?鋼鉄造るのにあんな音したっけ?」
俺の方にお茶を入れたカップを置きながら、片眉を上げる。見える方の目が少し笑った気がする。
「たまには武器も造らないと腕が鈍るからな。マインゴーシュなら、それほど手間じゃない」
自分も席について、香りを楽しむようにカップを顔に近づけた。火を扱う仕事をしているくせに、こいつは猫舌だ。
「それが溜まったら、またプロンテラに売りに行くのか?」
「あぁ。それで、オリデオコンが少しでも買えたら良い」
「それぐらいなら俺が集めてくる」
「……いや、いつも頼る訳には」
「家賃だ」
「………あぁ」
諦めたように息を吐いた。
自分で集めた材料でこんな風に造る、ちょっと初心者が扱うには毛が生えた程度の武器は、こいつは阿呆みたいに安い値段で売る。だからいつだって貧乏で、俺が稼がないとやってられない。
山ほどの鋼鉄やオリデオコン。大物の依頼でも入っているんだろうか。急いでいる風に見えないから、それは無さそうだったが。
お茶を飲みながら、冷めた上澄みだけをすする姿を盗み見る。
付き合いは長い。俺がまだハンターになる前から、こいつはもうブラックスミスで鉄を打っていた。
それでもまだ理解できない部分はある。その片目を無くした理由が本当なら、それこそが俺には理解できない部分だ。
お茶を熱そうに冷ましながら少しずつ飲んでいるのは、手先が器用なくせに生きるのに不器用な男で。俺がこの家に来るまでは、台所は台所としての役目をはたしていなかった。
仕事の後にお茶を飲む習慣は、俺が居ついて暫くたってから始まった。
元々お茶は好きらしいのに、お湯を沸かすのに仕事場の炉を使うような男だったんだ。
不器用に生真面目に、目を潰すまで仕事に打ち込むなんて理解できない。
「なぁ、今度アマツでも行かないか?」
「?…行って来ればいいだろう」
「あんたはもう少し外に出ろ。あそこだって鉄やらなんやら落とす奴はいるさ、無駄足にはならないよ」
「あぁ……、そうだな」
興味無さそうに呟いて、残りのお茶を飲み干すと立ち上がった。水場の方に茶器だけ置いて。洗わせると陶器は必ずってほど壊すんで、洗物は俺の担当だ。………掃除も洗濯も料理も任せられないから俺がやってるが。
「それじゃ、俺はもう寝るよ」
「まだ早いぞ」
ずいぶんと明るいうちに夕飯を済ませて、今はまだ日が沈んでからそれほど経っていない。こいつは本当に日の入りと共に就寝して、日の出と共に起きるつもりなのか。
扉へ向かっていた姿がゆっくりと振り返って、微笑んだ。
「暗いと見えないんだ」
「見えない?」
黒い眼帯に片方の目を覆われた、その顔は小さく笑っていて。
「見えないんだよ」
笑っている、片方だけの群青の目。
「見えない、って、…何だよ」
勢いよく立ち上がった俺の後ろで椅子の倒れる音がした。
「言葉の通りだよ。……こっちもそろそろ、ガタが来てるらしい」
左目の横を指先で軽く叩いて、苦笑いを浮かべる。
気が付いたら俺は、あいつの胸倉を掴んで引き寄せていた。真正面の群青の瞳が、驚いて丸くなった。
「もう止めろ。これ以上やって、本当に見えなくなったらどうするんだよ!」
「仕方ないさ、鍛冶屋なんてやってる以上、これは」
「だから止めろよ!!」
お互いの息がかかるほどの距離で、その顔はゆっくりと首を振った。
「いつかそんな日が来るのはわかってたんだ。だからこそ、見えるうちに。俺は自分で納得できる物を、出来る限り造っていたいんだ」
その顔は、何もかもを諦めている人間じゃなく。悟ったようにおおらかで。
「お前、馬鹿だ」
「うん、そうだな。見えなくなって、鍛冶もできなくなったら。本当に俺は足手まといだ。だから、お前は自由に好きな所に行けば良いよ」
「本当に、大馬鹿野郎だ」
唐突に合わせた唇は驚きに一瞬震えて、目の前の瞳が見開かれていた。
拒絶する気配は無かった、きっと驚きすぎたんだろう。すぐに離れたその顔は、訳がわからないと、そんな表情をしている。
「何のために俺がいると思ってるんだ?お前一人ぐらい、養ってやる」
「俺は、……だけど」
「だから、お前の目をくれ」
顔が霞んで見えるのはなぜだろう。
驚きすぎた顔は唖然として、言葉も無く片目が俺を凝視する。
「いつか見えなくなるまで、その最後まで。……俺の顔を見てろ」
頬が熱いのはなぜだろう。
こいつがひどく優しい顔で俺を見ている理由は?
「キョウヤ……」
静かな声が俺の名前を呼んで、荒れてざらざらした指先が頬に触れた。そこで初めて泣いている事に気が付いた。
腰に回された腕に引き寄せられて、もう一度交わした口付けは今度は深く、溶けそうなほど長かった。




見えなくなる、その最後の瞬間に、俺の顔を映していれば良い。
この先に待つ暗闇の中に、俺の姿だけが鮮明に残れば良い。




「ダマスカス、造ってくれよ」
抱き合ったまま言うと、首をかしげる気配がした。
「護身用に持ち歩くから。俺にも一本くらい、お前の名前を預けてくれ」

強欲な奴

と、あいつの声が耳元でした。

馬鹿なお人好しには丁度良いだろ?

笑い声がそれに答えて。
夜の闇が、どんなに長く続いても。
この手は離さない。
この手を引いて、この温もりと一緒に、俺はずっと生きていこう。




タタラ、お前の目がいつか闇に閉ざされても。
俺がお前の目になるから。




隻眼の鍛冶屋は、今日も鎚を振るう。
一つしかない目で火を睨みつけ。
鉄を鍛える。
オリデオコンと鋼鉄とジルコンを前に。
振り上げられる鎚を、俺は見ている。

2004.2.5

あとがきっぽい言い訳


イッポンダタラと言う妖怪(一つ目で一本足)は、鍛冶屋の神だという説があるそうです。
鍛冶師の使うフイゴをタタラと呼び。鍛冶師は火を見続けるために目が潰れて、タタラを踏み続けるために片足が萎える。
と、そんなどこで見たのかわからない記述を思い出してこの話となりました。
最初は入れるつもりだったエロシーンをごっそり省いたら(長くなるから;)どっちが上だか下だかわからないよアァン
と言う、微妙な物になってしまいました;
どっちがどっちでも構わないんですが、私の事だからまたBSさんが攻めなのでしょう・・・・・。
書こうと思ったものは全部書いとけ、って事なのかもしれません;

ハンター・キョウヤ・身長:176〜7cmくらい・DEX>AGI二極・マジデフォの茶髪

BS・名無し・身長:178cmくらい(キョウヤとはほぼ身長差無し)・DEX>LUCの完全製造・BSデフォの青髪に眼帯
失明後はきっと目隠し装備

つまりあれです。
BSさんの眼帯って良いですよねっっっ!!!!
と言う私の萌えです。

そしてここまで書いといてなんですが。
BSさんが本当に失明するかどうかは私にはわかりません(先の事は考えてない


*****


サイト改装でhtmlを組みなおしていて気がつきましたが、作中で「タタラ」って呼んでるのに「BS・名無し」ってどうこっちゃねん。
BSの名前にするつもりは無かったんだろか、私・・・。
しかも次回はキスシーンの後からの続きになってて、ダマスカス製造は丸無視かよ!?
こんな何年もたってから辻褄の合わない所に気がつくとかどうよ;
(10.6.29追記

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