蹈鞴-3

最初のきっかけはなんだっただろう?
俺の記憶には残っていないのに、向こうは俺を知っていたようだ。
毎日のように同じ場所で狩りをしていた。たびたびそこを通る人であれば、俺の顔くらいは覚えていたかもしれない。
とにかくそいつは、いつの間にか俺の家に転がり込んできていた。
そこにあるのが不自然な物。露店を出す時にカートに入れようと思っていたアイテムや、まとめてから片付けようと思っていた武器の材料。そんな物で埋め尽くされた台所を見て溜息をつく。
それが俺の家に足を踏み入れて、あいつが最初にした動作だった。
手先の器用さでは負けていない。
とは言っても、得手不得手があるためか。そもそもあいつが合理的な性分なのか。
いつの間にか台所は片付けられていた。
俺が半日仕事場に篭っている間に。
とうに帰ったと思っていたのに、仕事場の扉から出てきたら、久しく見ていなかったカマドが現れている。
仕舞い場所がわからなかったのだろう、とりあえず分類されて山とつまれた雑多な物の脇で、床に転がってそいつは眠っていた。
茶色の柔らかそうな髪と、まだ少し幼さの残っている顔。綺麗になった床の上で、家具や物の隙間で丸まるように眠る。
それまでに何度も会って、話もして。
知人と言える程度にはなっていたはずなのに、初めてきちんと顔を見たような気がした。
生意気そうな顔をした、目つきの悪い少年は、あどけない顔で眠っている。
日はとうに暮れていた。
いつごろ眠ってしまったのかわからなかったが、起こして良いものかどうかわからずに、俺はただ毛布をかけてやっただけだった。
今になって思えば、床で寝たままにさせておくのもどうなのかと思う。
ただその時は、毛布をかけてやる以上の気遣いが思いつかなかった。
俺はそのまま寝てしまって、次の日にはブツブツと文句を言われた。
それでもそいつは俺の家に居ついて、二人で物置を片付けて、そこがそいつの部屋になった。
華奢なアーチャーの少年は、あっという間にハンターになって。俺とたいして身長の変わらない青年になった。
離れていたはずの格も今では追いつかれて、世話になり通しだ。
俺の何が良いのか、どうしていつまでも俺といるのか。
何一つ解らない。
あいつの益にはならない相方を、どうして解消しないのか。
ただ。
遠くない未来に失うはずだった光は彼に繋ぎとめられて、俺の光は彼になった。
優しい灯りは手放す事を許されず。
俺に生きて行く意味を問いかける。



「プロンテラまで行くのか?」
露店を開くために出かける仕度をしている俺の後ろで、朝食の後片付けをしているキョウヤが言った。
「いや、細々した物だけだからな。人通りのある所ならどこでも良いんだ」
「そっか……」
食器を重ねる音にまぎれて、小さな声が聞こえた。
俺を好きだと言ってくれたのはこいつだ。
それまでと、その後と。何も変わらないような生活をしているのに、ふとした瞬間に見た事も無いような表情をする。聞いた事も無いような声色で呟く。
「今日はお前も、好きなように過ごせば良いよ」
振り向いたその顔は、どこか不貞腐れているようだった。
出会った頃よりも精悍になった頬の線、引き結んだ口元は何か言いたげに薄く開いては閉じ。
睨みつけるような視線が急に緩んだと思うと、自分の爪先でも見るように足元に落ちた。
「まぁ、……気が向いたら、どこか行くよ」
きっと、言うべき事はもっと他の事なのだろう。彼が言って欲しい言葉は、他の言葉だったのだろう。
気の利いた事の一つも言えない俺の、どこが良いというのか。
そっと頬に手を伸ばすと、ゆっくりと顔を上げた。
たとえ大人になったとしても、出会った時の小柄な少年の影が垣間見える。
可愛いと言ったら怒るのかもしれない。
それでもこんな時はどうしても、小さな少年のように見えて可愛らしく思ってしまう。
「俺がついて歩ける距離を保ってくれるなら、少しくらい先を歩いてたって良いんだ」
「………馬鹿野郎」
意味がわかったのか、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
とうに、冒険者の格は追い越されていた。
俺が露店を出している間、仕事場に篭って鉱石とにらみ合っている間、こいつは一人で狩りに行っていた。
当然すぎる、当たり前の結果だ。
「ゆっくり歩いてやるから根性でついて来いよ。お前がオーラ纏うまで面倒見てやる」
きつい目元が楽しそうに笑う。
俺も笑って頷いた。
夕方近くに家路に着くと、待っていたのは使い終わった短剣を磨くハンターと、山ほどのゼロピと空きビンだった。
ゆっくり歩いてくれるのは良いが、ポリン島はゆっくり過ぎやしないだろうか……。



夜中に目が覚めると不安になる。
残った左目まで、もう見えなくなってしまったのかと。
弱り始めた視力は、カーテン越しの月明かりが部屋に射している事に気付くまで時間がかかる。
暗黒の中で、自分の目蓋が開いているのかどうかさえわからない。
本当に目が覚めているのか、まだ眠ったままで暗闇の夢を見ているのか。
傍らにある温もりが、夢ではなく現実だと教えてくれる。
うっすらと輪郭を取り始めたその温もりを抱きしめて、自分が震えている事に気が付いた。
覚悟していた事だった。
諦める事で平静を保っていた。
その日が来るのなら、たとえその日が近づくのが早くなろうとも、俺は自分に造れる物を造れるだけ造って、その後の事は何も考えないようにしていた。
炎を見つめ続けて、熱に焼かれた右目はもう戻らない。
残された左目が見えるうちに、お前の姿だけを焼き付けておこうと思っていた。
今では、これから先もずっと、お前を見続けて行きたいと思うようになった。
お前がいなかったら、俺はどうなっていたんだろうな。
………キョウヤ。



製造する時は合間に15分は休憩を入れること。
キョウヤに無理やり約束させられた事だが、プリーストを雇う時はそうも言っていられない。
幸い俺の暮らすフェイヨンはプリーストも多く立ち寄る街で、一つ造るくらいなら些細な謝礼で支援を引き受けてくれるプリーストもいる。
日ごろから材料を持ち歩いて、暇そうにしているプリーストを見かけては支援を頼んで一つずつ造ってきたが。
毎日都合よく見つかる訳も無く、プロンテラに寄る度に買い込んだ材料の方がしこたま貯まりはじめている。
そろそろ一気に造ってしまいたいが、休憩を入れつつ長時間つきあってくれるプリーストが上手く見つかるかどうか。
そもそも休憩が必要な理由を説明しなくてはいけないだろう。
今日の狩りで手に入ったオリデオコンを玩びながら思案していると、キョウヤが椅子を引きずって俺の隣に来た。
「何かまだ足りないのか?」
「いや、余るほど足りている……」
ふぅん、と。興味も無さそうに言って、それでも俺の手元から視線を離さなかった。
キョウヤは、かならず俺の左隣にくる。
眼帯をしている右側に立たれると、俺が良く見えないせいだが。
そのかわり、狩りに出ている時は必ず右側に立つ。俺の視界の狭さを補ってくれるように。
ぶっきらぼうで愛想も無いのに、本当はずいぶん気を使ってくれている。
感謝しているんだが、それをどう言葉にして良いかわからない。
早い夕食も終わり、窓の外は赤い夕日に照らされた木立が真っ黒な影を作っていた。
片目を無くして、残った目の視力も落ち始めてから、俺はほとんど日の入りと共に寝て、日の出と共に起きる生活をしている。
あとほんの数刻で俺は眠る時間だ。
最近ではキョウヤもそれに合わせてくれているらしい。以前に比べて起きてくるのが早くなった。
それまでは、夕食の片付けを終わらせたキョウヤと、ただのんびり過ごす時間。
夕焼けのオレンジ色に塗りつぶされたテーブルの上で、お茶から立ち上る湯気だけが空気を動かす。
もうそろそろ灯りを入れないと、俺の目は人よりも暗くなるのが早い。
「タタラ………」
呟くように俺の名を口にするキョウヤの視線は、相変わらず俺の手元を見つめている。
逆光で陰になったその顔はぼんやりとして、俺にはもうどんな表情をしているのか見る事が出来なかった。
茶色い髪が、夕日の色に輪郭だけ赤く染まって見える。
「あのさ……」
歯切れの悪い言葉の先を、俺はただ待った。
逡巡するような気配。
何かを言いたくて、それでも言えないような。
小さく息を吐く音の後に、俺の肩にキョウヤの頭が乗った。
「今日………、また、お前の部屋行って良いか?」
つい、苦笑いが零れた。
あぁ、こんな時に可愛いと言ってやれば良いんだろうか。
肩に手を回すと、自然にもたれかかってきた。軽い重さが心地良いのは、お前に教えてもらった事だな。
「暗くなる前に、灯り、入れないとな…」
「………あぁ」
それでもお茶が冷めてしまうまで、そのまま二人でそうしていた。



キョウヤの存在で、俺は視力を手放す事を止めた。
少しでも長く、見つめ続けられるように。
時間が無い訳じゃない。
それなのに、残された時間が少ないと思っているのか。何かに追われるようにキョウヤは俺の傍から離れたがらない。
寝室を共にする回数は増えた。
いっそこの部屋にもう一台、寝台を入れても良いのじゃないかとさえ思う。
何もわからずに求め合って、結局できなかった最初の時。キョウヤはその後も時たま照れくさそうな顔をするだけで、今までと変わらない生活をしていた。
俺もそうだ。
夕食の後、二人でのんびりと過ごす時間。時折ふれあって、離し難い気分になった時は抱きしめた。
正確に素早く、矢を射るために鍛え上げられた身体は細くしなやかで。
折ってしまう心配が無い代わりに、俺の手の中だけに留めておいて良いものかと迷いが出る。
まだ自由に成長してゆくこの若木は、俺さえいなければどこへでも行けるはずなんだ。
そんな俺の考えがわかっているのか、決して手を離そうとしないキョウヤを、俺自身も手放す事ができないでいた。
キョウヤを失う事は、俺にとっては光を失う事だ。
大事に仕舞って誰の目にも触れないように隠してしまえるものでもない。
キョウヤの行動を制限したいと思った事も無い。
ただ傍にいてくれるだけで、今は十分幸せだった。
寝室を共にする、とはいえ。
ほとんどはただ、抱き合って眠るだけだった。
男同士の場合の知識が、俺には無かった。それはキョウヤも同様だったようで、最初の時は、それはもう散々だったのだ。
どこを使うか、……考えても一箇所しか無い訳だが。ふざけた冗談や些細な猥談で、そこら辺の見当はついていたが。それだけだ。
そこまで痛みを伴う物だとは思ってもいなかった。
苦しそうな表情で我慢して、それでも耐え切れず痛みに泣き叫んだキョウヤを見て、とてもそれ以上をする気は起こらなくなってしまった。
いつかそのうち、我慢できなくなる日もくるのだろう。
どうすれば良いのか、調べようにも誰に聞けば良いのかさっぱりわからないが。
急ぐ必要も無いと、俺は思っていた。
それでも今日のようにキョウヤに寄り添われると、何かに急き立てられるような気持ちになってしまう。
見慣れた顔も、姿も。
寝台のある部屋、と言う場所ではまた特別に見えて、心拍が上がってしまうのも仕方が無い。
一緒に眠る機会が増えても、慣れるという事は無いらしい。
傍にいられる事も、触れていられる事も嬉しくて。狭い寝台で二人で眠るとなるとどうしても抱き合う事になるのを、密かな楽しみにしていると知ったら、流石に呆れられるだろうか。
俺にとってはもう眠る時間、寝台脇のランプにだけ灯りを入れて、二人で寝台に腰掛けていた。
世の恋人達はこんな時にはどんな話をするのだろうかと思いながら、軽く途方にくれる。
常に顔をあわせて生活していると、寝物語にできるような話も思い浮かばない。
寄り添うように隣に座るキョウヤの体温に幸せを感じるが、何も言わないでいるのも場が持たないような気がして。
内心あせり始めていると、キョウヤが体重をかけてきた。
その重みの主を見ると、顔を俯けていて表情は見えなかった。ランプ一つの明るさでは俺には不十分で、どちらにせよあまり表情は見えないのだが。
「キョウヤ?」
「………あの…さ」
良く見れば、組み合わせた手をもじもじと動かしている。
何か言いにくそうな様子に、よもや別れ話でも切り出されるのかと身構えた。
が、冷静に考えればこの状況で別れ話も無いだろう。
何か言おうとして止めているのか、途切れ途切れの息遣いだけが聞こえる。
こんな時に言葉の出てこない己の不器用さを呪いながら、肩に腕を回すとほんの少し緊張がほぐれたように堅さが抜けた。
「俺さ、……ちょっとくらいなら、我慢するから…」
言われている事の意味が、とっさにわからなかった。
日々、色々な事を我慢してもらっている自覚はあったが。はたしてそれのどれだろうかと。
「だから、………その」
キョウヤは言いよどみ、腕が腰に回ってきて抱きつかれた。
ここまで来ても気が付かないほど、俺も鈍くはなかったようだ…。
我慢する事の意味はわかったが、本当に………。
「良いのか?」
顔を上げたキョウヤの表情は、この暗さの中でもわかるくらいに真剣なものだった。



口付けは自然に交わせるようになった。
それ以上の事は上手くいかない。
手を繋いでいるだけでも、俺には十分だ。と、言ったら。一つ屋根の下に暮らしているのに、それは変だろうか?
そんな俺に、キョウヤの方が先に痺れを切らしたのかもしれない。
服を脱いで仰向けに横たわるキョウヤは、恥ずかしいのか顔を逸らしている。
肌の上に手を滑らせるほどに、息を詰めて呼吸が上がって行くのがわかった。
「他のランプにも灯りを入れておけば良かったな」
「………な…んで」
苦笑交じりについて出た言葉に、律儀に返事が返ってきた。
ランプ一つきりの明るさでは心許ない俺の部屋には、他に2つランプが置いてある。
芯を伸ばして最大限の明るさにしてあるとはいえ、一つだけの灯りでは薄暗くて視界がぼやけてしまう。
「もっとちゃんと顔が見たい」
「……………見なくていい」
「見ていたいんだ。お前の顔なら、どんな表情でも」
逸らした顔をそれ以上逸らす事ができなかったのか、口元に手をやってそれきり黙ってしまった。
顔を隠すようないじわるまでは、しないでくれるらしい。
胸の中心に口付けを落とすと、微かな震えが広がった。
脂肪の薄い皮膚の下から、筋肉の動きが直に伝わってくる。
緊張している部分とそうでない場所が、触れるだけで逐一わかった。
身体中を撫で回すような行為は、しつこすぎて嫌がるだろうかと思ったが。本当に嫌な事ならキョウヤは蹴りでも入れてくるだろう。
肌と肌を合わせるのが久しぶりで、触れている指先すら離すのが惜しい気持ちになってくる。
ふだん目にする事の無い身体の隅々まで、暗くて良く見る事が出来ない。視力の衰えがこれほど惜しいと思うことは無いだろう。
もっと早くに、お前を愛している事に気がついていれば良かったろうか。
それもまた、過ぎた後悔にすぎないが。
敏感な場所はおおむねわかっている。今まで触れもせずにただ並んで寝ていた訳ではないんだ。
お互いで触れ合って処理するくらいは、……まぁ、していたし。その時に、身体中に口付けを落とすくらいの事もしている。
そろそろ辛いだろう事も、わかっていた。
直に手を触れると、びくりと身体が震える。
「は……ぅ、……ん」
熱の先から溢れる液を指に絡めながら全体をさすると、乱れた呼吸に甘い声が混じった。
汗のじったりと浮かんだ身体に口付けを落とすと、キョウヤの腕が背中に絡みついてきた。覆いかぶさって抱き合うように、そのまま追い上げてゆくと、きつく目を閉じた顔がいやいやをするように首を振る。
落ち着き無く背中を這い回っていた腕の片方が、俺の身体を探って熱の中心を見つけ出した。
指先に絡めとられて、血が上った頭は何も考えられなくなる。
快楽にのけぞる首筋にむしゃぶりついて、ほとんど二人同時に熱が爆ぜた。
荒い呼吸音が輪唱となって部屋に響く。
お互いのものでべたべたした腹を合わせたまま、まだ息を整えているキョウヤの頬にキスをした。
このまま眠ってしまいたい気持ちで、重なった身体を少しずらすと、背中に回ったままだったキョウヤの腕がそのままついてきた。
キョウヤに抱かれるように、近づく顔に口付ける。
唇の離れた顔が視線を落とす。ぴったりと身体を擦り付けられて、どきりとした。
「また、……しないつもりかよ」
「キョウ…ヤ?」
「我慢するって、言ったじゃん」
きつく抱きつかれて、火照りの引ききらない身体は簡単に熱を呼び覚ました。
密着しているのだから、俺の変化などすぐにわかるだろう。
俺の目の前で上げられた視線は、暗くおぼつかない視界の中でも、熱に潤んでいる事だけがはっきりとわかった。
失敗したそもそもの原因と、それをするために必要な物は何かと考えた時、知識も無いのに最適な物など頭には浮かばない。ただ、濡らす必要があるらしい事。痛みを伴うのならば、少しはそれを緩和できる物が良いだろうという事。それだけを考えていくつかのポーションを物入れにしまっておいた。
あまり考えられないことだが、居間やキョウヤの部屋で事に及ぶ羽目になったら、そんな準備はまったくの無駄になるのだが。
やんわりと身体を離すと、少し起き上がって物入れに手を伸ばした。
引き出しを開けると、その中は完全に陰になっていて手探りで探すしかない。指先に当たる冷たいガラスの感触の中から、適当に一つ取り出した。
目の前まで持ってきても、それが何色をしているのかわからない。
この形の瓶で危険な薬品は無かったはずだ。そもそも変な物はしまっていなかったのだから、危険も何も無いとは思うが。
とはいえ、思いつく薬品系を適当にしまいこんでいたものだから、ふと不安になる。
いや、攻撃速度を上げる類の物は瓶の形が違う。
丸みを帯びた瓶にコルクで栓がしてある。種類はわからないが、回復剤である事だけは確かだ。
これから何をされるのかわかってるのだろう、キョウヤは妙に落ちかなさげに目をぱちぱちとしている。
俺自身も慣れない事をするために、とりあえずきちんと起き上がることにした。
今度は失敗しないようにしなくては。
先延ばしにしたところで、キョウヤの負担は変わらないのだ。
コルクを抜くと、妙な匂いがした。が、すでに二人の汗の匂いや、…色々で。結局この瓶が何のポーションかはわからなかった。
指先にたらすと、冷たい液体が手首までつたった。数滴がシーツに吸い込まれてゆく。朝になれば立派な染みになっていることだろう。
隣で仰向けに横たわるキョウヤの足の間に右手を差し入れ、その奥を濡らした指先で探る。
この場所に触れるのは久しぶりだ。
柔らかいその襞を傷つけないように、ゆっくり液体を馴染ませながら指先を動かす。
時折、液体を足すために手のひらから指先へポーションを流した。どのみち良く見えないのだからと、キョウヤの姿勢を変えさせる事も無く、そのまま指先だけの感覚に頼る。
どのタイミングで何をすれば良いのか、そんな事もわからずに恐る恐る指先を押し付けた。
人差し指のほんの少しが潜り込んだ瞬間、びくりとキョウヤの足が跳ねて、俺は慌てて手を離した。
「痛むか?」
「大…丈夫。……続けて」
口元に手をやったキョウヤはふるふると首を振った。
本当に大丈夫なのだろうか?
以前はこの段階で叫び声が上がったが、それが無いと言うことは前よりましなのだろうか。
改めて太腿の内側に手を這わせる。
ポーションの液体の色だろう、足の付け根とその周辺だけが、俺の目には黒く沈んで見えた。
せめてもう少し、痛み以外の感覚をキョウヤに与えたい。
意を決して指先をもう一度もぐりこませ、液体を注ぎ込めるように指先とキョウヤの足の間にたらした。
シーツの染みが広がったが、そんな事はどうでもいい。俺は瓶をシーツの上に置くと、目の前にあるキョウヤ自身に空いた手を絡めた。
「あっ」
予期していなかったんだろう、可愛らしい声が聞こえて俺は少しだけ充足感を覚えた。
両手を同時に少しずつ動かす。別々に動かせるほどの器用さは持ち合わせていなかったようだ…。
「ぁ……や、………っ…ん」
徐々に深く潜る指先の痛みか、もう一方の手の動きにじれったさを感じているのか。息遣いに艶かしい声が混じるようになっていた。
その熱の先から透明な液がしとどに流れ落ちる頃には、俺の指は根元まで潜り込んでいて。初めて感じるキョウヤの体内は、熱くてきつくて、そのくせ柔らかかった。
「痛まないか?」
「だ…いじょ…ぶ。………何か、変な感じ…するだけ」
キョウヤは肩で息をしながら口元を手で押さえ、もう片方の手は頭の下の枕を握り締めていた。
大丈夫とは言われても、人差し指一本でもこれだけきついキョウヤの中に、俺が入れるとはとても思えない。
どうしたものかと指を引き抜きかけた時、指先に何かが当たる。
「うあ!」
キョウヤの叫びに、俺はびくりと身体を震わせてしまった。差し込んだままの指先ごと。
「あぁ!」
再び上がる叫び声に、俺は身動き一つとれずに固まった。
何がどうなったのか、ただ肩で息をしているキョウヤが、小刻みに身体を震わせるのを見ているしかない。
「な…に、……そこ………何」
「い、痛かったか?大丈夫か、…すまない」
「ちが……」
ゆっくりと深呼吸するように息を整えて、キョウヤは俺を見た。
その顔は困ったようでもあり、当惑しているようにも見える。
「痛いんじゃ…なくて。今のとこ、何か…変だ。……すごく」
その先を言わずに、黙り込んでしまった。
今のところと言うのは、指先に当たったしこりのようなものだろうか。
指先をその場所にあてたまま、微かに指を動かす。
「んん!」
「もしかして、……感じるのか?」
「やっ、…やめ、…あっ、あぁ!」
そういう場所なのかもしれない。
そんな場所がこんなところにあるとは知らなかったが。
しかし、そうでもなければ男同士の行為は片方にとって不公平すぎるだろう。
指先を擦り付けるほどに乱れ始めるキョウヤを見ながら、そんな風に思う。
溶けそうなほどに熱いその中は、感じるほど指先を締め付けてくる。
この中に入れたら、と思うが。
まだとてもそんな事は出来そうに無い。
「あっ…やだ、も、いや……あぁ」
左手の中にあるキョウヤの熱が、びくびくと震えて限界が近い事を主張している。
片方の手だけを激しく動かす事が上手くできなかったので、右手の出し入れも早くなる結果になった。
「ひぁ!…やぁ、あぁ!……あっ、あー!」
のたうつように身体をくねらせ、腰を揺らして。
初めて聞く高い嬌声の余韻を耳に残して、指をつたう熱い液体が終わりを告げた。



朝になってから、完璧にキョウヤの機嫌を損ねている事に気がついた。
昨夜は頑張っても指は二本までが限界で、それ以上はちょっと、……といったところだったのだ。
強引に広げれば良かったのかもしれないが、そこまでする度胸も無かった。
指先に絡みつく感触と、キョウヤの痴態で俺はおおむね満足してしまっていたし。過敏になっていたキョウヤは何度と無く達してしまって、俺も何度かキョウヤの手の世話になった。
体力を使い果たしたようにぐったりとなっていたキョウヤを抱き寄せると、いつの間にか二人で寝てしまっていたのだ。
せっかく決心をしたのに、無駄になってしまったといったところだろうか。
不貞腐れて掛け布団の芋虫になったキョウヤはまだ俺の寝台を占領していた。
困るのは、まぁ。朝飯を作ってもらえないとかそんなものなのだが。
「キョウヤ……」
「………るさい」
シーツも掛け布団も色々とあれなのだが、それは放っておくことにして。
とりあえず俺は脱ぎ散らかした下着とジーンズだけを身に着けると、日ごろの習慣でカーテンを開けてから台所へ向かうことにした。裸足で歩いても困らないのは、日ごろからキョウヤがこまめに掃除してくれているおかげだろう。
………そのうち改めて感謝しなければ。
とはいえ、台所をいじるとキョウヤに怒られる。
俺が触るとどうしてか食器が壊れたり、調理器具がよくわからない場所に無理やり置かれてしまったりするからなのだが。
極力さわらずに、調理しなくてもどうにかなるものを見繕って部屋に戻った。
キョウヤは芋虫の状態のまま、寝台に身を起こしていた。
「………何?」
部屋に戻ってくると思っていなかったのか、吃驚した顔で俺が近づくのを見る。
りんごを差し出すと、そのままの表情で俺の顔とりんごを見比べていた。
「無理に起きなくても良いから、少しは何か食べないと」
そう言ったら、不意に吹き出した。
「起きられない訳じゃないよ」
笑いながら、それでも俺からりんごを受け取ると齧り始める。
起きる元気もあるようだが、食欲も普通にあるらしい。
最後までできなかったとはいえ、消耗がどの程度なのかわからなかったので安心した。
俺も寝台のふちに座って持ってきたりんごを齧る。
早朝の光の中、白く埃が薄く漂う中で、二人してりんごを咀嚼する音だけがしばらく続いた。
物音がしなくなり、食べ終わったのを見計らって俺はりんごの芯を受け取った。ろくに物を置いていない俺の部屋には、実はゴミ箱すら無いのだ。
手の空いたキョウヤは辺りを見回していた。りんごの汁で汚れた手をどうにかしたいらしい。
どうせシーツも掛け布団も汚れているのだから、気にせずそこらで拭えばいいものを。
べたべたしているのが気になるなら、何とかする方法を、と思い。思った時にはキョウヤの手を取って、その指に舌を這わせていた。
その時、俺は何も考えていなかったようだ。
「ちょ、……な、………うわっ」
驚かれて手を弾かれた。
真っ赤になったキョウヤは、腕を動かしたせいで包まっていた掛け布団がずれ、上半身が半ばあらわになっていた。
暗くて夢中だったとはいえ、きっちりと跡は残していたらしい。首筋から点々と、赤い斑点が散っている。
「何すんだよいきなり!」
怒っている、という表情ではなかった。俺が舐めた方の手を胸元でぎゅっと握りこんで、真っ赤になりながらただ驚いている。そんな表情。
「あぁ、いや……。他意はなかった」
「い、…も、いいよ。いーから早く捨てて来い!」
びしっと扉を指差して、今度はどうやら怒りの混じった表情で言い放たれたので、素直に従うことにした。
扉をくぐる時に、背後から寝台に倒れこんだらしい、ばふっと言う音を聞いた。
りんごの芯を生ごみの容器に捨てる。後で裏庭に埋めるのだ。これは数少ない家事に関連する俺の仕事だった。
手を軽く洗ってから扉の前に戻り、さて、どうしたものか。
普通に機嫌を損ねているだけならまだ構わないのだが。なんと言うかこれは、放っておけば悪化しそうな気がする。
朝から機嫌が悪い時などは、そのまま仕事場に直行して属性マインなど適当に造って時間をつぶしたりしていたものだが。今回それをやったらどうなるだろうと考え、想像の限界を超えていたので考えるのをやめた。
怒っているだけなら良い。
ただ、泣かせるのは嫌だ。
キョウヤが俺のそばから離れたがらないのも、俺が日ごろ構っていないせいかもしれないと、そんな風に思いはするのだ。
だからといって、どう構えば良いのかもよくわからなかったが。
靴もシャツも部屋の中に置き去りのままだ。このままでは出かけることもはばかられる。どのみち部屋にはもう一度戻らなければならない。
俺は深呼吸してノブに手をかけた。
キョウヤが服を着て、いつものナリに戻っていることを期待して。
だがしかし、芋虫は芋虫のままだった。
仕方が無いので、近づいて寝台のふちに腰掛けた。掛け布団の渦の先から、茶色い毛先がちょろりとのぞいていた。
「………キョウヤ」
「…んで、こーなるんだよ……」
布団の中から、くぐもった声が聞こえた。
「俺ばっかり、好きで。……欲しがってる、……みたいじゃ…ないか」
泣いている訳ではなさそうだったが、その言葉は、俺の心臓を締め上げるに十分だった。
「キョウヤ、…そんな事は無い」
「……ぃ…」
くぐもった声は小さすぎて、聞き取ることが出来なかった。
俺とて性欲が無い訳ではないし、昨晩のキョウヤを思えばたまらない気持ちにもなる。
ただ、その。
急ぐ必要は無いと思っていた俺がのんきすぎたのだろうか。
身体を求め合う行為も必要なんだな、と。焦る気持ちとは裏腹にそんな事を思ったりもした。
芋虫状の布団は、俺が台所にいる間に丁寧にくるまりなおしたものらしく。きっちりとぐるぐる巻きになって、簡単に剥げそうに無かった。
寝台の上でころころ転がっていたのかと思うと、可愛らしくも思うが。
上の部分だけを剥がしてみたが、その下には当然まだ布団の層がある。
「キョウヤ、…その、………だから」
軽くゆすったり、撫でてみたり。
がんとして動こうとしない芋虫を解除する事は俺にはできそうもなかった。
仕方がなく、その上から抱きしめる。
まるで抱き枕のようだった。
「お前が欲しくない訳じゃない、……ただ。………その、嫌がる事とか、痛くなるような事は」
「……から、…我慢するって……」
「我慢させるとかでも…」
どう言えば良いのだろう?
自然にそういう事を成し遂げたいと、それも無理な話かもしれないが。
あぁ、だから。
「お前にだけ我慢させるような事は嫌なんだ」
「……っかやろ」
ば、の部分は聞き取れなかったが。いつも言われている言葉だけに聞き間違いは無い。
もう十分すぎるほどに独り占めしているキョウヤを、本当に俺のものにできるなら。
あのきつく湿った熱の渦を味わえるのなら。
指先で知ったあの感触を思い出すだけで、自分も欲望を持った男だった事を知る。
キョウヤのことだ、壊れてしまう事は無いだろう。変わってしまう事も無いだろう。
それでも、キョウヤにとって、俺は酷い事をしてしまう。
そしてきっと、それを止める事ができなくなる。
だからこそ、我慢させるような事はできないのだ。お前に余裕が無くなれば、誰が俺を止めてくれるというのだろう。
俺には最初から余裕などないのだから。
「……昨日の………は」
腕の中、布団越しにもぞもぞと動く気配があった。
「…………悪く、……無かった」
照れくさそうな小さな声に、俺は思わず強く抱きしめた。
どんな意味で悪く無いのかがわからないが、まさかこんな事で気を使って言ってくれている訳では無いだろう。
それに、嫌で無いのならまたあんなキョウヤを見られるという事だ。
「く、苦し…、息………む…」
芋虫がじたばた暴れ始めたので、慌てて腕の力を緩めた。
「………そろそろ出てこないか?」
「……………」
まだ駄目なのだろうか。
「俺だけじゃないって、……思ってて良いんだな?」
芋虫がうごめきながら呟いた。
「俺ばっかりじゃ、…ないって」
「俺は………」
お前が痛みに苦しむ事さえなければ、最初の時にでも奪っていただろう。
苦痛に歪む顔なんか見たくない。
それさえなければ。
「俺も、…お前が欲しい」
自分で身動きも取れなくなっていたキョウヤを、布団の渦巻きから開放するのには手間がかかった。



「ちょ、……明る…すぎ。………や」
布団を剥ぎ取れば昨日の晩、見る事の叶わなかった身体の細部が、午前の光に照らし出される。
残した跡に舌を這わす。汗ばみ始めた身体が陽光を反射して、身動きするたびにきらきらしていた。
カーテンを閉めてくれとの要求は、この光景を失う事が惜しすぎて聞き流した。白茶けた薄いカーテンは、引いたところでそれほど光を遮るわけでも無かったが。
明るくなってわかったのは、昨晩のポーションは青かったらしいという事。はたしてあれが、精神的な疲労を取り除くポーションが肉体的な痛みの緩和に役立ったのかどうか甚だ謎だ。
だがまぁ、悪くは無かったと言うのだから、役目は果たしてくれていたのだろう。
所在なさげな腕が絡みついてくるのを、心地よく感じながら口付けを落とした。熱い吐息、確かな体温が俺の腕の中にある。
俺の背に回っていた手が、眼帯を留めている紐にかかった。
「キョウ…」
「俺だって、全部見せてるんだ」
間近で見る顔は上気して、照れたように睨みあげてくる眼差しは、眼帯が外れて白濁した瞳が現れても揺らぎはしなかった。
「気持ち悪くないか?」
「それだって、お前の一部だ」
抱き寄せられ、引き寄せられる。
右目のまぶたに、キョウヤの柔らかい唇が触れた。
「そういうのだって、生きてきた証とかなんじゃないの?」
傷は男の勲章って言うじゃないか、と。
生きた証というよりも、どちらかといえば焼けていくまま放置していた怠惰の証拠と言えなくもなかったが。
仕返し、では無いが。
キョウヤの右頬にキスを落として、そのまま耳朶に唇を這わせた。
「!」
途端に、腕の中の身体が強張る。
日ごろ髪に隠れて見えないキョウヤの右耳は、修行時代に幾度と無く弓の弦に弾かれて、度重なる衝撃と裂傷で変形していた。
だいぶ薄れて見えなくなってきたが、右頬にも矢羽で擦った細い切り傷のような跡がいくつも残っている。
「俺の右目よりもお前の右耳の方が、よほど勲章に相応しいよ」
「………っか、……同じだよ」
火照って赤くなっていく歪な形をした耳。
耳朶に沿って舌を這わせれば、小さく震えた。
出会った頃はまだ、よく頬を矢羽で切っていた。怪我をしたと言って右耳を押さえていた事もあった。
今ではもう、そんな事も滅多に無くなってしまったが。
あの頃は、こんな関係になるとは夢にも思っていなかったはずだ。
ほんの些細な表情の変化や、しなやかなキョウヤの肢体を目で追うようになる事も。
恥じらいながら俺に身体を開くキョウヤを想像できただろうか。
「……ぁ、……あっ」
目の前で変化していく様に、至福感がこみ上げる。
「キョウヤ…」
撫で下ろすように手をずらせて、熱の塊に触れると身体がびくりとしなった。
「あっ、…や!」
濡れ始めていた先端から、馴染ませるように指先を動かしていると拒絶するように腕が俺を押し止めた。
「キョウヤ?」
「ちが、……やめ…ろ」
目元の赤く染まった、潤んだ瞳が睨みあげてきた。
「俺いかせて終わり、って。……そればっかりじゃないか、お前」
否定は出来なかった。
感じてくれているのが嬉しいし、その姿も正直たまらないものなので。それだけで良いと言えば良かったんだ。
むぅと口をつぐんで睨む、その視線がさまよった。
「だ…から、それは……後回しで良いから」
さまよった視線が物入れの方に向けられ、すぐにそらされた。
真っ赤になっているその顔が愛おしくて、思わず抱きしめて口付けた。
物入れといえば昨夜は手探りだった。
今度はきちんと選べる。引き出しを開けて、手探りしたせいでごったになった中から、ポーションの色を確認しながら一つを取り上げる。
「止めろよ、もったいない」
その途端に突込みが入った。
せっかくだからと取り上げた白ポーションをしぶしぶおろす。
「赤で良いんだよ、赤で」
「それはそれで、血みたいで見ていて痛いじゃないか…」
「見るな」
顔を赤くしたキョウヤも起き上がってきて引き出しを覗き込む。
「なんだ、全色はいってるのか?」
引き出しには全色2〜3本ずつしまってある。そこまで用意していた自分が急に恥ずかしくなったが、そこに突っ込みを入れるつもりは無いらしく、内心胸を撫で下ろす。
「昨日は青ポーションだったみたいだから、緑はどうだ?」
「それ、何だか逆に身体に悪そう」
キョウヤはそう言ってけらけら笑うと、無造作に一つを取り上げた。
「間とってこれなんかどうだ?」
俺が紅ポーションを受け取った瞬間、それが何に使われるのか思い出しでもしたのだろう。首まで真っ赤に染まりなおして、枕をつかむと顔を押し付けて突っ伏した。
「キョウヤ」
「………なんだよ」
「いや、……顔が見えないと寂しい」
「……………」
さすがに、見えないとつまらない、とは言えなかったが。
「………見なくていい」
消え入りそうな声が枕から響いてきた。
枕を抱きかかえるようにうつ伏せたまま、動く気は無いらしい。仕方が無く、諦めてポーションの栓を抜いた。
しかし、改めて目の前に用意された状況に、心なしか緊張してくる。
どこから触ったら良いのだろう、と、白い双丘に手を伸ばす。
柔らかい感触の下で、キョウヤの緊張が手のひらに伝わってきた。
暗く手探りだった時の方が、見えないぶん勢いはつけやすかったかもしれない。
その谷間にポーションをたらし、ゆっくりと馴染ませる。手のひらの下で、さざ波のように小さな震えが全身に広がっていった。
聞こえてくる息遣いが少しずつ荒くなる。昨日開いた扉は、やけにあっさりと濡れた指先を迎え入れた。
「あっ」
そんなつもりは無かったが、昨夜の、あの場所に触れてしまったらしい。
柔らかな襞の中にある、小さなしこり。
「そこ、……や…め、だめ」
肩を震わせて、抗議のためにか少しだけ上げた顔は艶めいて。俺まで身体が火照ってくる。
「また………俺だけ…」
つまり。どうしてもそれを、こう、……しろと。
なるべくその場所には触れないようにと手を動かすしかない。
「……ふ、…く……っ」
漏れ聞こえてくる声だけで俺までどうにかなりそうだ。
息を詰めるのは痛みのせいでは無いと祈りたい。
こんな場所がきつくて狭いのは仕方が無い、そもそもそんな目的に使う場所ではないんだ。それでもそろそろ、と、指を引く。
窄まっていた襞がほんのりと色づいて膨らんでいた。
こんな風に変化するのかと思いながら、二本に増えた指がもう一度進入を開始する。
柔らかくきつく締め付けられて、思うようには動かない指をそれでも動かそうと努力する。そのたびにキョウヤは切ない声を上げる。
真っ直ぐに寝ていたはずの身体は身悶えるたびにシーツにしわを寄せ、もがく腕が新たな波を作ってゆく。
だいぶ指が自由に動くようになったところで引き抜くと、切なそうなため息が聞こえてきた。
「キョウヤ」
「……ん」
肩に手を置いて上向かせる。抵抗も無くこちらを向く顔に口付けた。
熱に浮かされたような熱い舌が絡む。抱き寄せるキョウヤの身体も、同じように熱かった。
「タタ…ラ」
「………うん?」
「……止めるなよ?」
…………多少、心理面を見抜かれるようになってきたな。
キョウヤの熱くなった身体を抱いているだけで、満ち足りて幸せな気持ちになってしまうんだ。
「痛んだりしてないか?」
腕の中で茶色い頭がふるふると首を振った。
「……なんか、ジンジンするけど…」
痛くは無い、と、消え入りそうな声が言った。
ジーンズを脱ぐのがもどかしかった。用を足しに駆け込んだ時だって、ここまでもどかしくは感じなかったろう。
本当は、まだきついのじゃないか、とわかっていた。
それでも。
もう、じらすような真似は止めようと思った。欲しいと思う気持ちを隠す事も。
足の間に移動すると、キョウヤが手を伸ばしてきた。
首にかかる手をそのままに、引き寄せられるようにしながら膝の裏を抱えるように持ち上げる。
不安そうな影が一瞬よぎって消えた。
柔らかな中心を探して腰をずらし、口付けられるほど顔を寄せる。照れたような顰め面が視界の中で大きくなった。
「あ、……っ」
一瞬息を吸い込んだ口は、すぐに歯を食いしばり。
「キョウ…ヤ」
密着してゆく感覚が俺を包む。
どうすれば痛まないように済ませらるだろうか、と。そんな悠長な考えは長続きしなかった。
熱くてせまいその場所が、少しでも奥へ進むたびに締め付けて。
息が出来なくなるほど俺を絡み取った。
細く流れるように、キョウヤの目尻から涙がこぼれた。
「…はっ、………く…ん」
「キョウヤ、……痛いなら」
「いた、……て、いうか。……苦し…」
息も絶え絶えなその顔に、脂汗が浮いていた。
「……っからって、…止めるな」
逡巡したのが伝わったのか、苦しそうなくせに睨み付けてくる。
まだ全部が挿りきっているわけでも無いのに。
「本当に……」
「ここまで来て、止めたら、……怨むよ」
動きの止まっていた間に少しは呼吸を整えたらしい、顔色は少しだけマシになっていた。
ほんの少し腰を押し出すと、それだけで喉がのけぞった。
「止めない…から、キョウヤ。……後で殴ってくれても良い」
苦しそうな呻き声を聞きながら、それでももう後戻りは出来なかった。
一気に押し進めた方が良かったのかもしれない。ただ、押し戻してくるような締め付けが、それをさせてくれない。
「う……あ、…っく」
呻き声には甘さの欠片も無くて。
首に回された手が、固まったようにきつく握り締められていた。せめて爪でも立ててくれれば良いものを。
そうすれば、痛みの一端でも知る事ができるのに。
「キョ……ヤ…」
じりじりするような長い時間、どれ程かかったのかわからない。ようやく収めた頃にはお互い肩で息をして、今から疲れていてどうするのかとひっそり思った。
「は…いった?」
「……ああ」
付け根まで、とはいかなかったが。もう良いだろう。
「………んだよ、……俺とたいして、変わんないくらいなのに、………こんな」
こんな時まで悪態をつく。顰めた眉はまだ苦しそうではあったが、口をきく元気があるならば心配ないだろうか。
「つらくないか?」
「聞くな、…馬鹿。………だいたい、……だからって」
この期に及んで止めたら殺されそうだな。
苦笑いしてから頬に口付けを落とす。
汗が浮いて乾いて、体温を奪われた頬はひんやりしていた。
少し身動きするだけでも、苦しそうに眉が顰められる。息はだいぶ整ってきているようだが、それでも苦しそうな事に変わりは無かった。
だが、俺も苦しいといえば苦しかった。
キョウヤはせまく、きつく締め付けてくる。
さすがに急所だけあって、そこまで締め上げられると頭がくらくらしてくるのだ。
「動いても良いか?」
「………ん」
小さな頷きは、そんな事まで聞くなと言っているようだった。
十分に濡らしているにもかかわらず、せますぎるそこは動く事もままならない。
千切られそうなきつさに歯を食いしばり、じりじりと腰を引く。
きつくて苦しいのに、密着して擦れる内壁の感触は俺に快感を与えてくれた。
眉を顰めて堪えているキョウヤの顔を見つめながら、キョウヤが目を開けていれば、俺の顔はどんな風に映っているのだろうかと考える。
俺がもし欲望にまみれた顔をしているのなら、どうかその目はまだ開かないでいて欲しい。
キョウヤの苦しげな様子に変化は無い。すぐに馴染めるものでも無いだろう。
だが、行きと比較すれば帰りはまだ楽だった。
途中まで引いた腰を、もう一度押し込んでみる。
開いた口が空気を求めるようにあえいだ。
「………くっ、……あ」
じりじりと戻ってくる圧迫感に苛まれているようで、無意識だろう、身体が逃げようとしている。
指で探っていた時とは感覚が違う、加減も何もかもが難しくて。確かそろそろだと思う場所まで押し込んだ時に、ほんの少し揺らす程度に動いた。
「うあっ、あぁ!」
色気も何も無い声が上がる。
それでも場所は間違っていなかったようだ。びくびくと震えるキョウヤ自身がそれを教えてくれる。
「っふ…ぅ、……ん、あ」
眉は相変わらず苦しそうに顰められて。
さっきまでと違うのは、少しずつ顔が上気しているところだろうか。
小刻みに揺らすたびに首を振られる。しがみついてくる腕が心地よかった。
「あ、……や…だ、……あぁ!」
きつさは変わらない、締め付けが苦しい事も。
小さく動いてただ一箇所を刺激する。キョウヤがどう感じているのかがわからない。苦しくは無いだろうか、辛くは無いだろうか。
涙が乾いて、目尻からキョウヤの顔にほの白い線を引いていた。
痛みはもう無いだろうか。無ければ良い。時折混じる甘い声を聞いてそう思った。
「タ……タ、………タタ…ラ」
うなされてでもいるような、途切れ途切れの声。
薄く開いた目は潤んで、苦しそうに開かれた口元すら扇情的だった。
「だいじょぶ……だから、もっと、動いてい…よ」
「キョウヤ、だけど……」
「お前だって、このままじゃ……、辛いんじゃ…ない?」
ニヤリとしたような、悪戯めいた笑いを浮かべる。余裕があるところでも見せたいんだろうか。
それすらも俺にとっては健気に思えた。
ずきずきと痛み始めているのは、きついばかりじゃないだろう。
勃ちっぱなしというのは身体に悪いんじゃないかという気がしてくる。
「………それとも、……そんなに、…………良く、ない…か?」
「ばっ……」
馬鹿な事を言うな、と、口を出そうになった言葉は、キョウヤの不安げな表情で止まった。
「だから、……お前は…どうして」
「……な…に、…くっ……ぅあ!」
ほんの軽く動いただけのつもりでも、こんなに苦しそうな声を上げるじゃないか。
動けば動いただけ、もう止める事もできなくなるんだ。
「ひっ、……いぁ、タ…タラ……ぁ」
呻き声と荒い呼吸音と濡れた音、寝台のきしむ音が部屋に響く。
しがみついてくるキョウヤの腕が、俺の背中で汗に滑った。
そこはきつすぎて目眩がする。クラクラして、部屋中にあふれる音が遠くに聞こえた。
「う…ぁ、や、く…るし、………んっあ」
止められない、もう。
キョウヤがどんなに苦しそうに顔を顰めていても、喉の奥から風を切るような呼吸の音が聞こえても。
我慢すると言って、大丈夫だと言って、それでもお前はこんなに辛そうにしている。
突き動かすほどに苦悶の表情を浮かべる、苦痛を取り除いてやりたいと思うのに、増してゆく快楽の衝動を止める事ができない。
加減していたはずの動きは徐々に大きくなっていた。
ぎりぎりまで腰を引いて、深くまで突き入れて。
もっとキョウヤを感じるために。
一度は乾いた涙が、再びキョウヤの目尻を濡らすのを見ていた。
「くっ、…うぁ……んっ、……ふ…」
目が霞んでチカチカした。
キョウヤの頭ががくがく揺れるのを、自分が揺り動かしているせいだと気づくまで時間がかかった。
なぜこんな事をしているのか、瞬間わからなくなる。
わかる事は、ただ熱い、直に触れるキョウヤの体温。
「タタ…ラ、……あっ、………あぁ!」
キョウヤの声が遠い。
窓からそそぐ午前の光がまぶしい。なぜこんなに、この光景は現実味が無いのだろう。
「…っい、いぁ、……も……や…ぁ、いっ…か、いかせ…」
「キョウ…ヤ」
「ん…ん、……あっ、…うぁっ……あ!」
キョウヤの足を抱えていた腕は、固まったようにすぐには動かなかった。
手を伸ばしたそれは、熱くはちきれそうで。手の中で素直に震えた。
「いっあぁ!…あっ…く、あ……あーー!」
迸りの熱を手に感じながら、吸い込まれて落ちてゆくような感覚に身をひたして、急激に開放される安堵感を味わう。
クラクラしていた頭は今度は羽根でもついて飛んでいるようで。
まるで雲の上にいるようだ、と思った。



キョウヤが寝込むと本当に大変な事になる。心底それを痛感した一日だった。
まず、台所で茶器以外の物がどこにあるのか、さっぱりわからない。
いや、皿ぐらいは見つけられるが。せめて食事らしい物を作ろうと思ったが、鍋やら調味料がどこに収納されているのかもわからなかった。
そもそもいじると怒られるので、もう諦めて今日の食事は買って済ませる事にした。
それ以外にも、テーブルを拭く布巾はどこか、とか。雑巾はどこか、とか。
洗濯のための洗剤のしまい場所も知らなかった。
「明日になったら俺がやるから、お前も大人しくしてろよ」
何か見つからないといちいち聞きに行っていた俺に、キョウヤが呆れて言った。
家にいる時は鉄を溶かしたり、武器を造っていたりしたものだが。今日はそんな気分にもならなかった。
身の置き所が無くて、台所から椅子を一脚持ち込んで寝台のそば、キョウヤの枕元に座った。
キョウヤはまだ俺の寝台で横になっている。
見事に動けなくなっていた。
「………なんだよ」
「いや、その……」
あんな事の後で、顔を見られているのが照れくさいのか、布団を鼻の上まで引き上げて軽く睨まれた。
「する事が無くて……」
「ポリン島に空きビン回収にでも行ってきたらどうだ?それくらいなら平気だろ?」
「………そばにいたいんだ」
頭の上まで布団をかぶられてしまった。



引き換えにという訳では無いのだろうが、オリデオコンをねだられたので収蔵していた中から欲しいと言われた数だけ渡した。
数日後、意気揚々とハンターボウを片手に帰ってきたところを見ると、過剰精錬に成功したのだろう。
+8になったと、嬉しそうに言った。
過去どれほどの弓を無駄にしたのかは、聞かないでおこうと思う。
キョウヤは、すばやさを鍛えている。
敵に矢を当てることよりも、まず攻撃を避けるために。
角弓が欲しいとか、特化弓が欲しいとか。日ごろそう言いながら、まだハンターボウで十分なんだよな、と自嘲気味に笑っていた。
つい今しがた作ったばかりらしい普通の矢を持って家を出たので、俺もカートを引いて後に続く。
家の前に生えている木に板を立てかけ、キョウヤは数歩後ろへ下がった。
それを横目で見ながら、俺もカートを前に小さな木の椅子に腰掛ける。
造り置いていたマインゴーシュに刃を入れなければ。
木に立てかけた板との距離を測るキョウヤからは離れた所で、俺はカートから砥石と水筒を取り出して砥ぎの準備にかかった。
キョウヤは、鍛えたばかりのハンターボウの弦に指をかけてぐいぐい引いている。
強度としなりを確かめているのだろう。
不意に真剣な表情になったかと思うと、無造作に指先で引っ掛けるように持っていた矢を番えた。
はたで見ていて目標を見定めているのかどうかもわからないうちに矢を放つ。
最初の矢が的に当たるのも確認せずに、続いて二矢三矢と解き放った。
風を切る音と、矢尻が板に突き刺さる短く甲高い音が連続して響く。
流れるような動作で矢を撃ちつくし。立てかけられた板の中心あたりにまとめて刺さっている矢を見て、キョウヤは満足そうな笑みを浮かべる。
俺も思わず笑みがこぼれた。
試し撃ちのために作ったらしい矢の残りを、全て撃ちつくすつもりらしい。
数本を右手に持っては連続して弓を引く。
狩りに出れば、どうしても身体を守るための装備に身を固めなくてはならない。
こんな風に身軽な装いで弓を引くキョウヤを見られるのは、こんな時くらいだろう。
的を見据えるキョウヤの横顔と、弓を引き絞る腕の緊張感。
水を落とした砥ぎかけのマインゴーシュが手の中で乾いてしまうまで、矢を射るキョウヤの姿に見とれていた。
狩りの時にオペラ仮面をつけるのを止めて欲しいと言ったら、たぶん殴られるような気がする。
望遠鏡が欲しいと言っていたが、………もっと勘弁して欲しい。
矢を撃ちつくしたキョウヤが、俺の視線に気づいて照れたように軽く睨む。
「良い感じか?」
「……ん、少しは強くなったかもな」
マインゴーシュは研ぎきれなかったが、片付けてお茶の用意をしよう。
俺は荷物持ちにしかならないが、新しく狩りに行く場所を相談するのも良い。
日差しは優しく、木々が風にざわめく。
それとも夕暮れまでの間に、少しどこかへ出かけようか。
きっとお前は、いつか俺をもっと遠くまで連れて行ってくれるだろう。



あの時、俺の腕の中にいたのは小さな少年ではなかった。
俺を追い越して、俺の前を歩くようになった一人の青年。
憎まれ口をきいて、対等に接する。
フェイヨンの緑と木漏れ日が似合うハンター。
ずっとお前を、見つめ続けていけたらいい。

2005.6.22

あとがきっぽい言い訳


長っ;
ついうっかりと、今まで書いた中で二番目の長さになりました;;;
何もかもタタラさんがヘタレなのが悪いんです。
私は書いている間中、何度タタラさんに呪詛を吐いたかしれません・・・。
舞台は整えてやった、相手も良いと言っている。
やれよ!!!!!
ヘタレキャラは好きですが、ヘタレも度が過ぎると恐ろしい強敵になると知りました・・・_| ̄|○<進みゃしねぇ
あまりのヘタレっぷりに、書きながらギルメンに愚痴ってましたごめんなさい;
さらには校正をしてもらったりと、本当に今回は助かりましたですよ;;;(かなり羞恥プレイでしたが;

しかし、思えば長いこといじくりまわしていたなぁ、と。
前回書いた話を書き終わってから、ほとんどすぐに書き始めたのに;
2ヶ月たってますよ!!
ヘタレに主導権(一人称形式)を渡すと本当に話が進まないと痛感しました・・・(遠く
なんかこう、いくら餌をまいても食いつかないってゆーか。
ちょっとかじっても「食べても良いのかしら?」みたいに、やめるんじゃねぇ!!!
おかげで物凄い中途半端なエロ未満シーンに半分以上ついやしてしまいました;
本当にこんなヘタレのどこが良いの、キョウヤ君;
+8ハンターボウは、これさえあればオーラまで行けるだろうという親心です(´▽`;
頑張ってね、キョウヤ君。・・・・・二人分;

前回のあとがきに書いた「もう一つのネタ」はここには入ってません;
だから後もう一回続きます;;;
こんなに長いのは二度と無いと思いますが・・・。そう願ってますが・・・;

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