転居報告

 先の事、将来の事。未来の事なんかそこまで深く考えてない。
 一週間も先の予定がわかれば万々歳だ。
 だから、という訳ではないけれど。
 どちらが先に音を上げるだろうか、と。いつの間にかそんな風に思うようになっていた。



 ―――悪い、晩飯なら一緒できそうなんだけど。

 不義理な相方からの耳打ちは、今日の予定がまったくの未定になった事を教えてくれていた。
 とはいえ特に約束があった訳でも無いのだから、向こうに用事があるのなら仕方が無い。
 晩飯と晩酌に付き合う約束をさせて、手短に耳打ちを切る。
 さて今日はどうしようか、と、大聖堂横の溜まり場に腰を落ち着けて一息ついた。
 ギルドの連中はまだ顔を見せていない。つつく相手もいないと退屈なだけだが、さりとて特に行きたい場所も無い。
 いっそ蛙でも虐殺して空き瓶集めでもしようかと思うが、連日そればかりだと虚しくなってくるというものだ。
 さて、どうしようか。
 と、再び考え始めたところで、目の前に人影が現れた。
「おはようございます。お暇なら一緒にどっかいきません?」
 声を聞くまでも無く、足元を見ただけで誰だかわかったが。一応礼儀として顔を上げれば、見知った騎士の無駄にさわやかな笑顔があった。
「相変わらず朝が早いな」
「ここの人たちがのんびりなんでしょー。普通の人はとっくに働いてる時刻ですよ」
 にっこにっこ笑いながら見下ろしてくる。
 にやけてさえいなければ男前な部類なのだろうが、いかんせんそんな顔ばかり見ているので、今更まじめな顔をされると笑いそうになるのだ。
「お前も普通に働いたらどうだ、騎士ならそれなりの役目もあるだろうに。毎日毎日よその溜まり場に顔を出してる暇があるのか?」
「うわー、俺の心配してくれるんですか? 嬉しいなー」
 若干奇麗事で諭してみようと思ったが、やに下がり方が増幅しただけだった。
 他のギルドに所属しているこの騎士は、何が楽しいのか毎日この溜まり場に顔を出す。
 しかも場合によっては日に何度も。
 いや、目的はわかっているが。
「それにしても、顔に暇だーって書いてあるんだけど。もしかして今日もまた暇ができました? 一日くらい狩りの相方取り替えたって、罰は当たらないと思うけどなぁ」
「または余計だし、自分の予定は自分で決める」
「つれないなぁ、狩りが駄目ならデートでも良いんだけど。たまには別の男も試してみません?」
「なおさらお断りだ」
「不機嫌な顔も綺麗だなぁ」
 つまりこの騎士は、日参しては俺を口説くのを日課にしているのだ。
 やたら背の高い相手を見上げるのにも、精神的にも疲れを感じて、俺は首を戻してため息をついた。
 俺の所属するギルドは自由気ままで、仲は良いが干渉し過ぎないところが気に入ってるんだが。こんな時に限って誰一人姿を現す気配が無いのは恨んでも良いだろうか。
 不意に目の端に銀色がちらつく。
 見ると騎士が俺の隣に腰掛けていた。
 午前中の光の中で、長い銀髪が涼しげに輝いている。
 目が合えばにこりと微笑むその顔は、確かに良い男なんだが、な。
 その向こうで、騎乗してきたペコペコが行儀良く待機姿勢を取っていた。
 お前の主人にも、お前ほどのつつましさが備わっていれば良かったんだが……。
「でも本当に、する事無いなら暇つぶしには付き合うんだけど」
 長い足を持て余すように座りなおしながら、そう言ってくる。
「ここで詰め将棋でもするか?」
「えー、それだったら飲み比べの方がいいな。その方がまだ俺にも勝てる見込みがある」
「うちのギルマスが判定員をしてくれるならいいが、そうでないならそれも却下だ」
「うーん、姉さん今日は巡回当番だから、夕方にならないと無理だなぁ」
「なら諦めるんだな。夜は約束があるんだ」
 ちなみにうちのギルマスを姉さんと呼んでいるが、姉弟でもなんでもない。
 たまたま同型の騎士で先輩だったのと、彼女の方が年上でもあったのでいつのまにかそんな呼び方をするようになっていた。
 呼ばれている本人は特に気にしていないようだ。駄目な弟分が一人増えたとか、その程度なのかもしれない。
 とにもかくにも、俺の身近で穏便にこの男を御せるのは、ギルドマスターである女騎士一人なのだ。
 俺や相方だと、どうしても実力行使になる。
「酔い潰すのは無理か……」
「……」
 下心が見え見えすぎて突っ込む気にもならない。
 それにしても、相方の野郎は三日もツラを見せないと言うのに、なぜ連日こいつの顔を拝まねばならんのだ。
 いや、昨日まではギルド狩りやらギルドの用事やらと、理由がわかっていたから構わないんだが。
 今日はいったい何の用があるんだ。
 今夜の約束まで反故にしやがったら本気で浮気してやろうか。
 そんな内心を読まれた訳では無いと思うが。
 はっと気がついたら、もう少しで唇が触れるところに騎士の顔があった。
「ホーリーライト!」
「ぐわっ」
 精密に急所を狙う余裕は無かったが、見事みぞおちに命中したらしい。
 腹を押さえてうずくまる騎士を見下ろして、俺は今日何度目かのため息をついた。



 出会ったのは何年前だったか。お互いまだ一次職の頃から、二人でよく狩りに行っていた。
 それぞれ別のギルドに所属して、それでも相方と言う関係が出来上がって。
 そのまま行くのかと思っていたら、あにはからんや恋人にまでなってしまった。
 もっともそれは、俺の望んだ事ではあったけれど。
 お互い職業も違えばギルドも違う。別々の用事を抱えるのはよくある事だし、数日会えないなんて事もざらにある。
 だから一々とやかく言いたくないし、俺も言われたくは無い。
 ささいな用事まで全て報告しろなんていう、鬱陶しい人間にはなりたくないのだ。
 とはいえ、会えると思っていたのが急に駄目になると、やはりそれなりに落ち込んでしまう。
 会えない間の鬱積は、今夜会った時に晴らさせてもらおう。
 そう決めてしまえば、いつまでもうだうだしているのは時間の無駄だ。
 やりたい事、かつ一人でないと出来ない事をしよう。
 そう決めて立ち上がる。と、傍らの騎士も顔を上げた。
 俺を見上げてくる顔は、期待を込めた笑顔。であるが、実のところ欠片も期待していないのを知っている。
 これで一緒に狩りに行こうと言おうものなら、逆に驚いて熱でもあるのかと疑われかねない。
「本来の仕事の手伝いでもしてこようと思うが、お前は懺悔でもしていくか?」
 そう言いながら大聖堂を親指で指す。
 ついてこられてはたまらないので適当な事を言っているだけだが、構うまい。
「ジェイドさんが聞いてくれるなら、いくらでも過去の過ちを悔い改めますとも」
「残念ながら担当が違う」
「ちぇー」
 口を尖らせながら残念そうに肩を落とす。
「それじゃ仕方ないな、俺は一人寂しく狩りでも行って来ますか」
 そう言うと立ち上がり、ペコペコの手綱を取る。
 隙あらば触ってくるし、とんでもない所にまで手を突っ込んでくる男だが、不思議と深追いはしてこない。
 はっきりと用事があるとわかれば、けして邪魔はしないのだ。
 今回も、適当な言い訳だとわかっているはずだが、追求する事もしない。
 正直鬱陶しいのは事実だが、引き際を心得ているところを見ると、決定的に絶縁もできないのだ。
 もっとも、俺に同性の恋人がいると知っているし、むしろその恋人を怒らせて楽しんでいる節があるのだが。相方がいない時の口説き方は、まれに本気が透けて見えるのでうかつに気も許せない。
「ああでも、気が変わったらいつでも呼んで?」
 ペコペコを引きながら笑顔で近づく男に、この不死身の精神はどこからくるのだろうと遠い気持ちになる。
 並んで立つ背の高い男の顔が自分と同じ高さに降りてきたので、今度こそ遠慮なく顔面にホーリーライトを見舞ってやった。



 大聖堂内からポータルで適当な街へ飛び、最終的に行き着いたのはジュノーだった。
 時間を潰すのにここの図書館ほど優れた施設は無いと思っているのだが、いまだ相方の賛同は得ていない。
 ざっと背表紙を眺め歩いた後、持ち出し禁止の図書に興味深い文献があったので、つい要約をまとめて書き起こすという真似をしてしまった。
 おかげで午前どころか約束の時間ぎりぎりまで本と睨み合い、退出すると申告した時間を過ぎても出てこない俺を心配して見に来た司書が、声をかけてくるまで没頭していたのだ。
 一時期通いつめていたので、どうやら司書には顔を覚えられているらしい。決まりだから貸し出しはしてくれないが、それ以外では色々と便宜をはかってくれる。
 要約をまとめたいと言ったら、学生の忘れ物だという紙とペンを貸してくれたのだ。忘れ物を勝手に使ってしまってかまわないのかと思ったが、すでに一年近く放置されているので気にしなくてもいいとの事だった。
 幸い書き留めておきたい部分は一通り書き写せたので、慌ててポータルでプロンテラへと戻る。
 これは後で本好き仲間に見せよう。
 見たらきっと、原書を読みにジュノーへ飛んでいくんだろうな。
 そんな事を考えつつ、司書が大急ぎで冊子状にまとめてくれた紙束を大事に抱えて、目当ての店へ急いで向かう。
 下宿に戻って要約を置いてくる暇も無くなったのは失敗だった。人に見せるつもりの物だ、汚さないようにしなければ。
 歓楽街ほどではないが、酒場や食堂が数軒立ち並ぶ界隈に足を踏み入れる。狩りから戻った冒険者や外食をしようと出かける人々で、このあたりは日が沈むまでにぎやかだ。
 目的の店はさほど大きくも無く、小さくも無い。黄昏時のもったりとした光の中で、すでに灯りの燈っている窓は、まるで帰るべき家のような、不思議な暖かさがあった。
 何のことは無い酒場兼食堂だが、店主が再婚してから一気に料理の味が上がったので、今は俺たちの気に入りの店になっている。奥方様々といったところだ。
 中に入ると、店内はすでに半分ほどが客で埋まっていた。
 本格的な夕飯時にはもう少しあるが、ゆっくり食事をしたい奴やら食事前に一杯引っ掛けたい奴らが、今からテーブルを抑えているのだ。
 ぐるりと見回すと、窓際の席に目当ての人物を見つける。街を塗りつぶしていた夕日の赤が、窓からしみ込んで金髪の半分と白いシャツの一部を紅に染めているようだった。
 窓から俺の姿が見えていたようで、こちらが見つけるのを待っていたように手を振ってくる。
 人とテーブルを避けながら近づいてゆくと、その視線が俺の顔から胸元に降りた。
「なんだそれ?」
「いや、ちょっとジュノーの図書館で……」
「……ああ」
 それだけでなんとなく察したようだ。
「すまないな、少し遅れた」
「いやまぁ、それじゃあ仕方がない」
 と、俺の抱える紙束を見ながら言う。
 何をしていたか、説明が要らないのが面倒が無くてありがたい。
 紙束を脇の椅子に置いて向かいに座る。店内は基本的にテーブル一卓に椅子が四脚。混み合ってくれば相席になるが、今はまだ大丈夫そうだった。遠慮なく荷物置きとして使わせてもらう。
 テーブルには、すでに口をつけたエールのグラスがあった。ろくに減ってはいないが、少なくとも注文して運ばれてきて、一口くらい飲む時間はあったという事だ。
「少し待たせたみたいだな…」
「いいよ。たまには待つのも楽しいし、心配になる前に来てくれたからな」
 そう言って笑うので、つい苦笑いが浮かんだ。
 特に心配をかけるような事はしていないつもりだが、心配してくれるというのはそれはそれで嬉しい。
 無駄に心配しすぎな気もするが。
「注文は?」
「いや、まだ。お前が来てから頼もうと思って」
 そう言って壁の品書きに目を向ける。
 仕入れた素材によってその日の料理が変わるので、テーブルごとに個別の献立表を置くわけにもいかないらしい。
 壁にかけられた大きな板に、毎日その日の献立が書き込まれる。その中で、ひときわ長ったらしい料理名が目にとまった。
「あれ、なんだろうな?」
「どれ?」
「おいしい魚とキノコのペコペコ詰め季節の野菜の淡白なソースに二種類の香辛料」
 以上が書かれていた品名だった。
 一気に言って横目でうかがうと、かすかに眉根を寄せている横顔が見える。
「……物が想像できるようなできないような」
「どうする? 具の詰まったペコペコの丸焼きがどんっと運ばれてきたら?」
「頼むのかよ!?」
 明らかにこのテーブルには収まりきらない大きさだろう。
 常識的に考えれば成鳥ではなくて、雛に近い、大きさも手ごろな若鳥を使うのだろうが。それでも一匹丸ごと使った料理が出てきたら困る気がしたので、笑いながら否定する。
 たまにあまりにも斬新な料理があってびっくりするが、それもこの店に来る楽しみの一つだった。
 出来る限り新しい奥さんには、やる気を失わないで欲しいと願うばかりだ。



 食事が進んで、奴はエールの二杯目を頼んだ。
 どことなくこちらを窺っている気配があるのは、今日は何をしていたのかと、俺が聞いてこないのが気になるのだろう。
 気にならない事は無いが、大人しく聞いてやるのもなんとなく悔しいのでほうっておく。
 新作らしいフィゲルチーズの海鮮グラタンに専念したいという気持ちもある。チーズに癖はあるが、味付けが良いので気にならないし、逆に磯臭さを消してくれているので食べやすい。
 しかしこれは、・・・ワインが欲しくなるな。
 そんな事を思いながら、まだ半分近く残っているエールに口をつけた。
 ちなみに目の前では、サベージのスペアリブ(蜂蜜とオレンジのソース付き)が着々と片付けられている。
 付き合いが長いだけに、何か言いたい事がある時はなんとなくわかるもので。
 骨付き肉にかじりつきながら、話し始める隙をうかがっているのが見て取れた。
 面白いので水はむけてやらない。
 ああ、酒も料理も美味しくて満足だ。
 いや、酒だけは、安いエールじゃなくて、もう一段上のやつにすれば良かったか。それでも、いつもより美味く感じるので構わないが。
 店内は俺が来た時よりも喧騒を増し、窓の外は薄暮の暗い青に塗りつぶされていた。店の中だけが明るく、窓際の席にいると、その温度差に不思議な気持ちになる。
 骨付き肉が残り一本になったところで、相方は意を決したらしい。
 店の中に渦巻く音の波がわずかに低くなった頃合いを見計らって、奴は言った。
「あのさ、一緒に暮らさないか?」
「は?」



 何か言いたい事があるのだろう、とは察していたが。あまりにも予想外だったために、しばらく思考が停止していたらしい。
 気がつくと、青い目が二つこちらを心配そうに覗き込みながら、おーいなどと言っている。
 とりあえず気を取り直そうと、残りのエールを一気に飲み干した。
 都合よく近くを通りかかった店員に、今度はワインを注文する。色は赤。
 厳密には魚料理なのかもしれないが、このチーズの濃厚さには赤ワインが欲しくなるのだ。
 半分は飲むのが目的でこの店に決めたんだ、飲んでやる。
 改めて向かい合うと、相方はどことなく心配そうというか、自信無さげというか。出された問題を解いて提出したが、それが正解か不正解なのかわからず、教師の判定を待つあまり出来の良くない生徒のような顔をしていた。
 なので、つい。
「何で?」
「何でってお前、それは…」
 言葉を続けようとした所に、仕事の早い店員がワインを持ってきたので、酸欠の魚のように口をぱくぱくさせている。
 軽く礼を言って受け取り、ゆっくりと口をつけた。
 うん、やはりチーズを使った料理にはこれだな。
「だから、えーと……」
 頭を抱えるようにしながら後頭部をがりがり掻いている。
 俺は大変気分良くその光景を眺めながら、もう一度ワインを飲んだ。
「会えない事もけっこう多いじゃないか」
「まぁな」
「せめて、同じ所に帰るっていうのも、良いかなって」
「あのな、お前は今だって月の半分は外泊だろう」
 この男はプロンテラに下宿を借りているのに、出先で面倒になるとその街で宿を取ってしまうのだ。
「……そのまた半分は一緒に泊まってるだろ」
 否定はしない。
 一緒にいられるのなら別に構わないのだ。たとえどんなに無駄な出費だとしても。
「あとそれに、どっちの家に行くかで一々悩まなくてもよくなるんじゃないかな、とか」
「そして、帰ってこないお前を思いながら、一人夜を過ごせと?」
「いやだから」
 困ったように更に頭をかきむしる。
「同じ所に住んでるなら帰ってくるよ。夜遅くなったって、寝顔見られるだけでも良いんだ。別々に住んでたらそれだってできないだろ? プロンテラのカプラと契約するし、蝶の羽も忘れず持ち歩く」
 この男は、自分がかなり求婚に近い事を言っている自覚があるんだろうか。
 幸いなのは、さざ波のような喧騒にまぎれて、この会話が他のテーブルまで届いていない事だろう。隣のテーブルの話しもはっきりとは聞こえてこないので、逆もそうである事を祈る……。
 真剣な顔を眺めながら、俺はゆっくりとワインを口に運んだ。
 その気持ち自体は、とても嬉しい、のだが。
「いつからそんな事を考えてたんだ?」
「けっこう前から、もう少し一緒にいられないかな、とは……」
「一緒に暮らせば良いと思ったのはいつだよ」
「えー…と、……三四日前?」
 そういえばこの前会った時に、月々の収入に余裕はあるのかと聞かれた覚えがある。単純に金銭効率の話かと思っていたが、家賃の事だったか……。
 グラスの中の赤い水面に視線を落とし、俺も諦めて小さく息を吐いた。
「今日は何をしていた?」
「えぅ」
 視線を上げると、何か図星を突かれたような顔。
 改めて俺はため息をついた。
「不動産屋を回るなら俺も呼べ」
「そう……する」
 要約を読書仲間に見せるのは、しばらく後になりそうだ……。



「あら、やっと気がついたの?」
 事の顛末をかいつまんで報告すると、ギルドマスターは呆れた顔で言った。
 いつもの溜まり場、大聖堂横の木の下に、二人並ぶように座って話している。
「やっとって……」
「だって、一緒に暮らせばあんたの不満なんて、半分くらい解消するんじゃない?」
 愚痴や悩み相談を一番聞いてくれる女性は、さすがに容赦が無い。
 俺の不満なんてものは基本的に会えないとか、他の事を優先されるとかな訳だが。
 自分のギルドを優先されるのも正直不満ではあるのだが、そこら辺の融通の利かない義理堅さも好きでいる一因なので、それは仕方がないと諦めるしかない。
「もっと早いうちに一緒に暮らし始めるかと思ってたんだけど、意外と長くかかったわねー」
「そんな風に思われてたのか……」
「だってあなたたち、簡単に別れたりしそうにないじゃない?」
「………」
 それに関しては、肯定も否定もできなかった。
 結婚できる訳でもない、子供が作れる訳でもない。
 お互いを縛るものは何も無く、ただ互いの感情だけで関係を維持している。どちらか片方が揺らいだら、それでおしまいだ。
 手放すつもりなぞ毛頭無かったが、俺でもあいつでも、少しでも疲れたらそれで終わる。そう思っていた。
「どうしたの? 何か新しい不満でもできた?」
 黙りこくっていると、顔を覗き込みながらそんな事を言われた。
 心配そうというのではなく、どちらかと言えば惚気話を諦めて聞いているときの顔だ。
「いや。俺よりもあいつの方が先の事まで考えていたのかと思うと、なんとなく納得できない気分になるなと思って」
「大丈夫よ。ウォル君がそこから更に先を考えてるとは思えないもの」
「………」
 何が大丈夫なのかわからないが、人物評は間違っていないと思う。
「それに、あんたもウォル君に負けず劣らず夢見がちなこと考えてたりするけど、それ以上に現実的に物を見てるじゃない? 長続きしないと思ったら、そんな提案は受け入れないでしょ」
「夢見がちって、……まぁ、なぁ」
「先々なにかあっても、ジェイドが舵取りすればいいのよ」
 それはつまり、延々尻に敷いておけと言うことか。
 多分ここで異議を唱えようものなら、今までとどう違うのかと逆に問いただされそうな気がするので黙っておく。
「でもとりあえず新居が決まったら教えてね、お祝いするから」
「決まったらちゃんと教えるけど、気は使わないでくれ……」
「あ、あと家具とか新しく選ぶなら呼んで。付き合うから」
 なぜだかとてもうきうきしているように見える。
 女の子は買い物好きだと言うが、他人の買い物でも楽しいのだろうか……。
「おそろいの食器なんてそろえちゃったりとか、ねーー」
「……そろえても使う機会が無いんじゃないか?」
 自慢じゃないが、長年まかない付きの下宿に暮らしていたので、料理などした事が無い。ウォルサードも似たような環境の下宿だったから、きっと俺と同じくらい料理に関しては壊滅的だろう。
「カーテンはやっぱりあれ? 新婚にふさわしく白いレースとか桃色?」
「やめてくれ……。そういうのはミレスが結婚したときにプレゼントしてやる」
「えー、あたしはそういうの柄じゃないってばっ」
 そう言ってばしばし背中を叩かれた。
 両手剣騎士の照れ隠しはとても痛い。
「姉さん結婚でもするんですか?」
 突然頭上から降ってきた声に顔を上げると、銀髪長身の騎士が立っていた。
 皆勤賞継続中だな。
「違う違う、ジェイドが引っ越すからー……」
「え? それはぜひ転居祝いを持って駆けつけないと。ついでに合鍵なんか恵んでもらえると、俺は物凄く嬉しい」
「やらん」
「あのね、コール君。ジェイドはウォル君と一緒に住む事に決めたのよ」
「何ですと!?」
 ミレスの言葉を聞いた長身の騎士は、大げさなほど目を見開いて驚いた。
 後ろに数歩よろけたと思うと、すぐに立ち直ってにじり寄ってくる。
「ジェイドさん、あなたは俺の手の届かないところへ行ってしまうんですね」
「最初から届いてないと思うんだけど……」
「ジェイドさん!」
 ミレスの突っ込みも聞こえないのか、それともはなから無視しているのか。にじり寄った勢いで俺の手を取り両手で包み込むと、妙に深刻な顔でじっと俺の目を見つめてきた。
「眠るときは窓の鍵をかけ忘れてください」
「戸締りには気をつける事にしよう」
 こいつは本当に、どこまでが冗談でどこからが本気なのかわからない……。
 全部が冗談の振りをした本気だ、という説が有力だが。それはそれで厄介だ。
「くそう、ウォルサードめ。すでに独り占めしているというのに、更に囲む気か恨めしい」
「人を妾みたいに言うな」
 掴まれていない方の手で頭をはたくのと、同時にミレスが後頭部に突っ込みを入れていた。
 いつまでも構っていると埒が明かないので、ついでに手を振り解いて立ち上がる。
「お出かけですか?」
 ミレスの突っ込みが痛かったのか、かすかに涙目になりながら見上げてくる。
 その様子がおかしくて、つい口元に笑みが浮かんだ。
「新居探し。まだ決まった訳じゃないんでね」
「ぬ」
 とたん、神妙な顔になり腕を組んで考え込む。
「という事は、まだ阻止できる段階……」
「コール君。変に邪魔したら、あたしが容赦しないからね」
 間髪いれずに、マスターはとても良い笑顔で言った。
 それを聞いたコールは、神妙な顔を続けながらこくこくと頷いている。
「……おとなしくしています」
「そうしていてくれ、平和のために」
 むしろお前のためかもしれん。
 しっかり手綱を握ってくれる人間がいるうちに、俺はその場を退散した。



 昨日ウォルサードが目星をつけた物件を改めて見て回り、協議した結果、小さな一軒家を借りる事にした。
 日中誰もいなくなるのは物騒かもしれないが、大事なものはカプラ倉庫に預けてあるから大丈夫だろう。
 上下左右の隣人に対して、物音に気を使いながら生活するのは面倒だし。というか、面倒だったし。野中の一軒家ほど隣家と離れている訳ではないが、それでも壁一枚隔てて隣人が暮らす環境に比べたら、よほど気が楽というものだ。
 一軒家に決めた時、ウォルサードはやけに嬉しそうな顔をしていたが。……まぁ、深くは考えないでおこう。どうせ理由は察しがつく。
 むしろいっそ買うか、という話も一瞬出たが、さすがにそれは止めた。
 ようは俺に、ここから先の事が想像できなかったからだ。
 こんなに天気の良い日、気分も良くて、狩りに行くでも無いのに、当たり前のように隣にいる。
 当たり前のように、その事を幸せだと思う。
 それでもどこかで、いつまでこうしていられるだろう、と思っている。
 だからこそ、いつか終わってしまう時に、共通の所有物を持っていたくは無かったのだ。
 けれどこのブラックスミスは、きっとそんな事は考えていないのだろう。
 考えていないから信じていられるのか、考えてなお、未来を信じているのか。
 俺にはわからない。
 けれど。
 いつまでも俺といるつもりでいてくれるこの相方と、奴が信じる未来まで突き進むのも良いだろう。
 きっと俺の迷いも不安も、ウォルサードは笑って跳ね除けてくれる。
 俺がしがみついているつもりの腕は、きっと俺の手を握って離してくれないから。
 当面は、そんなあやふやな未来に悩むよりも、目の前の問題を片付ける事を考えよう。
 そう、買い物に張り切るミレスをどうなだめるか、と。その気になれない夜に、家飲みに誘っても安全なのは誰か、という問題だ。
 優先順位はカーテンが先だが、どちらも大問題だ……。
 どうか、新生活が平穏でありますように。

2010.6.19

あとがきっぽいもの

お久しぶりです。
数年前まであぷろだにたびたび投稿していました、紺と申します。
初見の方には甚だ不親切な内容で申し訳ありません;;;
唐突にはじまって何の説明も無いまま終わってますね酷い話だ。
いえ、すみません、本当にすみません;

とりあえず、なんでこうなったか。

えー、実はリアル引越しのどさくさで、サーバーレンタル料の支払いを忘れていまして・・・。
気がついたら通知が来てから一ヶ月たっていたのです;
データ保存期限が一ヶ月ほどで、今から入金してもデータ復元できないかもー・・・。
という事で、サイト引っ越しました。
今度は支払いを忘れても大丈夫なように無料レンタル鯖です!(←駄目な人
いかんせん跡地に転送URLを載せておくという手も使えないので、とにかく人目につく所で報告しないとな、と;
関係のない方には全く持って人騒がせで申し訳ありません;
そんな訳で、リンク張りなおし、及びブックマーク付け直しをお願いいたします;;;
二度ととんずらこきませんから_| ̄|○

新居→http://eggplant.g.ribbon.to/ro/

という訳で、私の転居報告でした・・・。


*****


以上、あぷろだに投稿した内容です。
あぷろだ用に書いたあとがきまで転載すると結構まぬけなんですが、まあ、これはこれで記録という事で・・・。
とりあえず大急ぎで書いたので、あまり過去作品を確かめる余裕も無く。
話し言葉とかこれであってるのか!? とか、かなり怪しい状態で書いてました;
そして相変わらずアホ騎士を書いているのが楽しいです。
どうしよう、こいつただの狂言回しなのに、ウォルより目立ってるよ・・・。
しかもサイトが引っ越したからこいつらも引っ越す話にしようと思ったのに引っ越せてないし!
なんつーか、詰めが甘くてぐだぐだです;;;

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