ブラックスミスの惑い

なんとなく、朝の気配と言うものがある。
目はつぶっていて視界は暗い、眠っていて意識は混沌としているのに朝が来た、と思う瞬間。
夜の暗闇で目を閉じているのとはどことなく違う、光の中で目を閉じている事に気が付いた瞬間とでも言うのか。
とりあえず、もう朝なんだな。と思った。
けだるさと清々しさが混然としている気分で、すぐに起き出す気にもなれずにまどろんでいる。
寝入る前のうとうとしている時と、起きるまでのだらだらしている間は、結構幸せな時間だと思う。
今日は何をしようかと思い、昨日は大騒ぎな狩りをして、更に輪をかけて大騒ぎな酒盛りをしたのを思い出した。
昨日あれだけ騒いだなら、今日はゆっくり休むのも良いかもしれない。
最後に解散した場所は首都だから、久しぶりに露店でも開いてぼんやりしていようか。
そう思って。
何か、こう。
思いっきり記憶の一部をすっ飛ばしているような気がした。
とんでもない夢を見たような気もする。
欠落する部分を埋めようと、記憶をさかのぼる。
簡単に思い出すのは、一緒に狩りに出た連中と酒場で馬鹿騒ぎしている所。
女性陣二人が早めに引けて、顔見知りのアサシンが二人を送り届けて。
俺の相方のプリーストが笑いながら酒をついで回って、ウィザードの一人が吐いたり、もう一人が泣き出したり、ナイトが彼女自慢はじめてボコられていたり。
いや、そんな事はどうでも良い。その後だ。
ふらふらになりながら店を出て。……そういえばウィザードは二人ともナイトのペコペコに積み上げられていたな。あれ、どうするつもりだったんだろう。
じゃなくて。
ジェイド、……それこそ一次職時代からの腐れ縁のプリースト。恥ずかしい言い方すれば親友、みたいな奴と。お互いねぐらまで戻るのがかったるくて、近場で宿を探したんだ。
運良く一軒目に安い宿に当たりはしたが、仕事で首都に来る人間に向けた素泊まりの宿で。一人部屋しか無いと言われたんだった。
しかも所持金は酒代で底を尽きかけていて。
狩りで出た収支なんてトントンだったんだ。
揃いも揃って全員、消耗品やら回復薬やらいくつ使ったか覚えてないだとか。持ってきた数も覚えてないだとか。
おかげで黒字にはなったが、本当の所はどうだったのか。
あいつら次に会ったら覚えとけ。俺にも商人根性はまだ残ってるんだ。
………それは良いから。
なんだかこう、ぼんやりしていた感覚がはっきりしてくるにつれ、脳が記憶を掘り返すのを拒否しているような気もする。
嫌な予感というか、なんと言うか……。
あぁ、とにかく、そう。金が無くて二部屋借りられなかったんだ。
ジェイドを寝かせて、俺は野宿でもしようかと思ったのに。
なんでだか部屋まで一緒に行って。二人して一人じゃ歩けないほど酔っていたから、それはまぁ、仕方が無いんだけど。
まぁ、連れ込み宿じゃなくて良かったよ。と、ぼんやり思ったんだ。
ランプ一つきりの、薄暗い部屋で。
一脚しかない椅子に法衣を放り投げて、寝台にあいつがうつ伏せに倒れこんで。
橙色の頼りない光の中でも、白い、あいつの背中が。
目が、痛い。
さっきからきつく瞑りすぎているせいだ。それでも…。
そう、あいつが俺のシャツを掴んで。一緒に寝れば良いと。
抱き合っていれば落ちる心配も無いからと。
なぜそこで、離れなかったんだ?
手を振り解くことぐらい出来たのに。
俺はベルトや装飾品だけ外して、ジェイドの隣にもぐりこんだんだ。そうしたら、すぐに抱きついてきて。
なぁ、このままじゃ、あれは夢じゃなくなるだろう?
夢じゃなかったのか?
目を開けるのが怖くて。
それでもさっきから、完全に目を覚ましている感覚が、俺に教える。
肌に触れる感触、微かに聞こえる息遣いと鼓動。
最後の望みに賭けるように。
途中からは俺の夢であって欲しいと祈りながら。
恐る恐る目を開ける。
目蓋に力を入れていたせいか、目がチカチカした。
ようやくはっきりとした視界の中にあったのは、ジェイドの黒に近い茶色の髪。
腕枕をするように俺に頭を抱きかかえられて、穏やかに寝息を立てている。
丸まるように俺に寄り添って眠っているジェイドを起こさないように、気をつけて腕を抜いて起き上がる。
二人して、丸裸だった。
そのまま寝てしまったのか、掛布は足元に隅っこに引っかかるようにしわになって固まっていた。
風邪を引かなかった事だけが幸いだ。
あれが夢だったなら、良い夢ですんだだろう。
いや、そんな夢を見る段階で俺もそうとうキテるんだが。
今となっては現実が悪夢だ。
そっとジェイドの身体を覗き込むと、間違えようの無い痕跡がそこかしこに残っていた。
昨日の酒がほんの少し残っていて、重かった頭が更に重くなる。
「……………やっちまった」
思わず口に出して呟いて、膝を抱えて絶望感に打ちひしがれた。



しこたま酔ってたからと言って、普通は男を相手にこんな間違いをしでかすはずが無い。
例えばジェイドが成人男性にしては小柄だとか、女と見まがうような容姿だとか。そんなだったら少しくらいの勘違いも発生するかもしれないが。
そんな事実は一切無い。
背は俺よりも少し低いが、それでも平均から見れば十分長身だし。多少線は細いが男前の部類だ。
いや、一応美形なのかもしれないが。あんまり気にした事が無かった。
容姿が問題なわけでも無かったし。
ただこいつを女と見間違える奴がいたら、そいつにはホルグレンだって気さくな女鍛冶屋に見えるに違いないって事だ。
普通は間違えない。
つまり、俺が普通じゃ無いって訳だ。
いつからそんな感情を持つようになったのかなんてわからない。
いつの間にか当たり前のようにそばにいて。いつまでもそばにいて欲しいと願うようになっていた。
付き合いが長くて、親友と言っても良いくらいに息が合って。
今更その関係を壊すような真似をする度胸は、俺には無かった。
行き過ぎた友情で、ただの独占欲なのかもしれない。
そう思っても。
顔を見るたびに高鳴る心臓と、苦しいくらいの愛しさと。自分自身に嘘をつき通せない事実が。
そのうちまともに顔も見られなくなって。離れていれば寂しいのに、近くにいればただ苦しくて。
気が付かれないように、ただ、そばに居られるだけでも幸せだと言い聞かせて。
それなのに、自分で壊したんだ。
お前は知らないから。
俺がどんな気持ちでお前の事を見ていたのか、お前は知らないから。
俺なんか信用するから。
どうすれば良いんだよ。
酔いに任せて吐き出した告白。好きだと言ってしまった事は後悔しない。ただ、あいつの返事に我を忘れた自分に自己嫌悪する。
好きだとか、俺も愛してるとか。冷静なときなら、ただの冗談めいた会話でしかない言葉。
完全に目が覚めて、ジェイドを抱いた感覚だけが生々しく蘇る。
ほの暗い明かりの中で汗を浮かせてくねる身体、ろくな抵抗もせずに俺を受け入れてゆく身体。
苦痛にうめき、慣れるにしたがって甘い喘ぎに変わっていく声。
初めて見る、初めて聞く。良く見知った男の姿と声。触れ合った肌から伝わる熱。痺れるような快感の中で感じた熱さ。
昨日の熱がこみ上げて、すぐに後悔が襲う。
さっきからそれの繰り返しだ。
考えなければいけないと思うのに、何を考えれば良いのかわからない。
言い訳か?謝罪の言葉か?
ごまかすにしてもごまかしようが無い。冗談で済ませられるような事でも無い。
ジェイドが目を覚ましたら何と言うだろう。俺を罵るだろうか、嘲るだろうか。
許されない事をした。もう、そばには居られないだろう。
一番大切だった、誰よりも大事だった。後悔と自己嫌悪が俺を苛んで、重くのしかかるように押し潰す。
そしてまた、あいつの痴態が脳裏に浮かぶ。
とりあえず落ち着こう。落ち着いてどうなるものでも無いけど。
床に放り出してあった鞄から煙草を取り出して火をつける。
いつもは、そう。無くちゃいられないくらいなのに、今日は煙草を吸うことすら頭に浮かばなかったって訳か。
深く吸い込んで煙を吐き出すと、何も解決しちゃいないのに気分だけは落ち着いた気持ちになれる。
咥え煙草のまま、流れて行く煙を視線で追う。
これからどうしよう。
逃げ出したいのに、動けない。それはただの未練かもしれないけれど。
「おはよう」
斜め後ろから、やけにはっきりした声をかけられて。思わず硬直した。
はっきりと振り返ることが出来なくて、視線の端に俺が掛けなおした上掛けにくるまったジェイドが見えてきて。目が合ったとたん、思わず顔を背けた。
かけられた言葉は、覚悟していたはずの罵倒でも断罪の言葉でもない。
おはようって何だよ、おはようって。そんな普通の挨拶で良いのか!?
こういう時はなんかこう、もっとこう、…違うだろ!?
「………おはよう」
不機嫌な声が追い討ちをかけてくる。つまり、挨拶は返せと?
慌てて煙草を吸おうとして、くぐもった声が自分からもれるのを聞いた。
自分の一挙手一投足がすべて取り返しのつかない事になりそうで、どうしたら良いのかわからない。
頭が真っ白になるってのはこういう事か?
気が付いたら立ち上がっていた。それでも何をする目的があった訳でも無い。
壁際の机の上に灰皿を見つけて、そのためだとでも言い訳するように焦ってそこまで行って煙草をもみ消した。
どうしよう。する事が無くなってしまった。ジェイドに背を向けたまま、机に手を突いて動けなくなる。
こんな時はどうしたら良いんだ?俺から謝った方が良いのか?
だけどそんな話題にいきなり触れるのもどうだろう。いや、触れない訳にはいかないんだけど。
謝って許してもらえる事か?………普通の事なら、素直に謝罪すれば寛容に許してくれるのは知っている。だけど、これは。
怒るとかなり怖いんだよ。
口きいてくれないとか、それは俺には辛いけどさ。今回の事は、それどころじゃなくて。
あぁ、なんだかじっと見られている気がする。罵られた方がどれだけ楽だろう。
逃げも隠れもできないが、できれば逃げたいし隠れたい。
何でジェイドが起きる前に逃げなかったんだ、俺は。
………いや、そんな事をしたら一生こいつから逃げ続けなきゃいけなくなる。自分のしでかした事を放り出して、逃げ出すなんて卑怯な真似はできない。
自分で間抜けだと思ったが、もう一度煙草を取り出して火をつけた。さっき消した煙草はもう一度火をつけられるくらいの長さがあったが、勢い良くもみ消したせいでぐしゃぐしゃに折れていた。
駄目だよ、もう。謝っただけで済む事じゃ無いだろ。
どうしよう、チンコ切って差し出すか?
……………それくらいならいっそ殺してくれ。
「俺にも一本くれないか?」
変な事を考えていたせいで、一瞬別の物が脳裏をよぎって血の気が引いたが。すぐに煙草の事だと気が付いた。
煙草を手放せない男は乳離れしていない証拠だと言うぞ、と言いながら。俺のは紳士の嗜みだ、と言って。いつも俺の煙草を勝手に抜いて、笑いながら吹かしている。
いつもどおりの声色が、俺を混乱させるばかりで。
何をどうしたら良いのかわからないまま、煙草の箱を手に振り返るとジェイドが寝台にひじを付いて、動かない。
後悔とか、自己嫌悪だとか。それどころのものじゃない。こんなに痛めつけていたのかと。
「だ、…大丈夫か?」
気が付いたらもう、枕元に駆け寄っていて。
脂汗の浮いた顔で、ジェイドの視線がちらりとこちらを向いた。
「大丈夫だと思ったら、………ちがかった」
力無い声で言って、布団に沈む。身動きするのも辛そうに身体を伸ばして…。
「す…まない。………悪かった」
もう、それ以外には言葉が出ない。膝を突いた床に、体温を全部奪われて行くような気持ちで。顔を見ることすら出来ない。
ずっと好きだった、だから。とか、もうそんな事は言い訳にもならない。
このまま体中全部冷え切って、死んでしまえたら良いのに。
「お前、昨日の事覚えてる?」
穏やかとも言える声が、枕元から聞こえる。
酒で全部忘れてしまっていたら良かったのに。
そう思いながら、うなだれたまま頷いた。
「そっか。………俺は、なんかあんまり覚えてないんだよな」
その言葉に、思わず顔を上げる。
何を期待したのか自分でもわからない。何もかも忘れてくれている事を願ったのか。俺が吐き出した、好きだと言った言葉だけでも覚えてくれている事を願ったのか。
「そんでも、何があったかはちゃんと覚えてるけどな」
ジェイドの言葉は、ただ現実がきちんと目の前にあるんだという事を俺に突きつけてくれた。
もう、本当に。死んでしまいたいよ。
自分の大切な世界の全てが壊れてしまった感覚に、無力と絶望感で寝台の角に頭を埋める。
それでもあいつは、やっぱりいつもどおりの声色で声をかける。
「なぁ、全部覚えてる?」
まるで昨日の晩飯の内容でも聞いているような普通の声で。なんでそんなに平気でいられるんだ?
「………何でだか、記憶無くした事は無いんだ」
「て事は、逐一覚えてるんだな?」
聞かないでくれ、覚えているから辛いんだ。こんなにしてしまったのに、胸が締め付けられるほど苦しいのに。頭をよぎるのは、昨日のお前のあられもない姿で。
現実になった欲望が、お前を歪ませて見せるのに。
「ところで、煙草。吸いたいんだけど?」
だから、何で、そんなに普通なんだよ。
それでも何かをする理由を与えられて、ほっとした気持ちで慌てて煙草を取りに戻る。
くすぶって灰になった煙草が残る灰皿を目にして、ようやく煙草の箱を握り締めていた事を思い出した。
灰皿と置き去りにしていたマッチを持って戻る。
やっぱり直視する事ができなくて、この後どうしたら良いのか…。
「起こして」
短い要求の言葉が、俺を助けてくれる。いつもはただの気まぐれでとっぴな行動に見えるこいつの言動が、今はなによりもありがたい。
引っ張り上げるのは負担になりそうで、抱えながら起こすしか無いだろうか、と。
拒絶されるんじゃないかと思うと、触れるのが怖かった。
俺が枕元に座るのも、肩に触れるのも、何一つ止めようとしないで。
片膝で寝台に乗り上げて、うつ伏せになっていたのを仰向けにさせる。裸の肩が、どうしても思い出させて。俺には拷問にしかならない事、わかっていないのか、わかっていてやらせているのか…。
肩を抱くように上体を起こさせると、掛けていた布が滑り落ちる。
そこにあるのは、ただの俺の罪の証で。
もう、見ていられない。
逃げるように体を離そうとした時、ジェイドが俺にもたれかかってきた。
そのまま、引く事も戻る事も出来ずに。体にかかる重みが、触れてくる肌の温度が。また俺を苦しめていく。
足の間の寝台の隙間に置いていた煙草が目に入って、そういえば煙草を吸うために起こしたんだったと思い出す。
吸うだけなら、寝たままでも大丈夫だったんじゃないかと思ったが、後の祭りだ。
見れば煙草は握り締めていたせいで悲惨な状態になっていた。右肩にジェイドがよりかかっているから、片手でなんとか吸えそうなのを選んで差し出す。
受け取ってもらえた事に一々安堵していると、短く「火」と要求された。
左手でマッチ箱を握るようにして、指先で弾いて火をつける。
こんな事ばかり器用で。もっと他の事も小器用にこなせたら良かったのに。
灰皿をジェイドと自分の間に置いて、俺は、もう動けない。
ジェイドの方から流れてくる煙が、部屋の中に静かに漂う。カーテンで遮られても明るい午前の光の中に、ゆっくりと煙が柔らかな軌跡で広がっていった。
それはあまりにも穏やかな光景で、いっそ幸せとも思えるような。狩りの合間の休憩で、俺の背中を背もたれにして休むジェイドと、口では文句を言っても、焦がれる気持ちを抱えていた自分を思い出す。
「なんでこうなったんだろうなぁ」
溜息のように吐き出された言葉が、俺を現実に引き戻した。
すまないと思いながら、どうしてお前はそんなに平気でいられるのだろうかと。
「………何も、覚えて無いのか?」
「かろうじてキスしてたのは覚えてる。あと、最中」
俺の質問に対する答えは、直球ど真ん中だった。
最中って……。それ覚えててどうしてそんなに平気なんだよお前はさぁ。
「その、………悪かった。………酔っていたとはいえ」
「あー、酔ってたのはお互い様だろ?どっちが悪いってもんでもない」
中途半端な俺の謝罪の言葉に、返ってきた答えは予想もしていないものだった。
「怒らない…のか?」
「俺より上手かったのがむかつくくらいだな」
だから何でそう………。
良いのか?冗談で済ませて良いのか!?
「いや、良かったぞ。あんまり覚えてないから多分」
「………そーじゃなくて」
頼むよ、俺は本当に。地の底まで穴掘ってもぐりこんで化石になりたいくらいの心境なのに。
あぁ、もう。わからない。
はぐらかしたり、言葉で遊ぶのはいつもの事だけど。こうやって、俺をからかうように言葉で遊ぶのはいつのも事だけど。
それともやっぱり怒っているのだろうか。当たり前だ。あんな事をされて。
「すまん。………どうしたら良いのかわからない、……俺は」
サクサクと灰の崩れる小さな音の後、俺の目の前に新しく吸殻の増えた灰皿が差し出された。
「邪魔だから、どっか置いてくれ」
「あ、…あぁ」
ジェイドが寄りかかっているから、体が動かせなくて床に置く事はできない。目に付いたのは窓枠のわずかな隙間で、とりあえずそこに灰皿を置いた。
「お前さ。俺が責任取れって言ったら、取るの?」
窓を向いている俺の頭の後ろからかかった声に、腕を伸ばしたまま硬直する。
どんな責任の取り方があるというのだろう。
俺はもう自分自身に、生きている価値を見出せないのに。
「謝っても、どうにもならない事なのはわかってるから。…お前がもう、俺の顔も見たくないって言うなら、消え…」
「そんな事は言ってないだろう」
呆れたようなジェイドの声が、怒っているのか許してくれているのかもわからない。
「馬鹿だなぁ」
あぁ、いつものジェイドだ。
不器用な俺に呆れて言う、いつもの言葉。それを聞いて安心する俺もどうなんだろう。
………どうせ馬鹿だし。
「でさ、責任取る気持ちはある、と。受け取って良いのか?」
「俺に出来る事なら、何でも…」
何をさせるつもりなのかまったくわからない。突然とんでもない事を言われそうな気もする。
それでもいつもの気安い口調で、あいつは続ける。
「じゃ、今日一日介抱してくれ。しばらく動きたくない」
「あぁ、わかった」
「それと」
それくらいなら、して当たり前だと思っていた。続く言葉に他になにをと思う暇もなく、シャツを掴まれて引かれた。
「こっち向け。今日はまだまともに顔をあわせてない。俺の顔見ろ」
何よりも、今は一番辛い要求だった。
それでも逆らえない。逆らう権利なんか、今の俺には無い。
必死の思いで顔を向けようとする。自分の体では無いような感覚で、ゆっくりとジェイドの顔が視界に入る。
やっぱり、真っ直ぐになんか見られない。どうしても視線は逃げようとして、顔を向けてしまえば目に入るジェイドの身体から、逃れようと俺の眼球は無駄な努力をしている。
駄目だ、どうしたって思い出すじゃないか。目の前に実物があるんじゃ…。
俺の胸倉を掴んで、ジェイドが更に身体を寄せる。自然と頬が熱くなるのは、仕方が無いだろう。
寄りかかるせいで低くなった位置から、真剣な目が俺を覗き込む。
「一つ聞きたい」
「あ、…あぁ」
何を聞かれても素直に答えないと駄目だ。せめてそれくらい。
ただ、言われた言葉はとっさに理解不能だった。
「俺、良かった?」
「は?」
自分でも間抜けな声が出たと思う。何を聞かれたのか理解できない。
「だから、俺の具合。良かったか?悪かったか?」
って、それはお前…。
「………怒っているならはっきりそう言ってくれ」
「いや、忌憚(きたん)無い意見を聞きたいだけだ。これで大したこと無かったなんて言われたら、何だかやられ損みたいな気がするじゃないか」
そんな風に言われたら、良かったと答えるしか無いと思うが?
良かったか悪かったかなんて、そりゃあもう、最高だったよ。
だからこう、あんまりくっつかれると辛いんだ。お前の身体なんか、もう俺の目には毒にしかならないんだから。
あんまり近すぎて、どこに視線を飛ばしたってあらわになっている肌が目に入る。
顔を見る事も出来ない、目なんか合わせられない。口を見れば濡れた唇が最後を求めて喘いでいたのを思い出す。
逃げ場がどこにも無くて、あきらめて中間地点の鼻の頭に視線を固定した。
やたらに色っぽくて扇情的だったジェイドが目にちらついて、答えようにも言葉が出てこない。
「どっち?」
「………あ、…いや」
「責任とって、はっきり、言え」
これも責任の一端ですか。
勝ち負けで言ったら完璧に俺の負けで、ぐったりとうなだれて目を閉じた。これなら目の毒も見えないから大丈夫。
「………良かった、……です」
なんでこんな事を確認するのか理解に苦しむ。
変なところで負けず嫌いなのは知っていたが、こんな事でその性格を発揮する事もないだろうに。
「そうかー、あんまり覚えてないのが残念だ」
「頼む、もう言わないでくれ」
お気楽そうな言葉がどんどん俺を追い詰めてくれる。
もしかして俺は今いじめられているんだろうか?
「何だよ、お前は残念じゃないのか?それともなにか?自分は覚えてて満足出来るくらい何回もしたのか?」
あんまりなセリフに思い切り首を振る。
冗談じゃない。抜くのが惜しくて結果的に2回になったが、それ以上はしていない!
……………駄目だろう、俺。
「俺は残念だ。せっかくめったに無い事だったろうに」
本当に残念そうな声で言いいながら、ジェイドの腕が肩に回されて首筋に顔を埋めてくる。
心臓が、口から飛び出そうだ。
本当にそんな事になったら、普通は死ぬな。今死ねたら、俺は物凄く幸せな気持ちで死ねるだろう。
それでも次の瞬間にジェイドは俺を地獄に叩き落してくれる。
「しかも初体験の記憶が中途半端なのもすっきりしない」
「………やっぱり、……初めて…」
記憶の中の身体は、確かに。入れるまでに時間がかかったから、初めてだったろうと思っていたが。改めて本人から言われると衝撃が大きい。
一気に血の気が引いて行く。
とんでもない、取り返しのつかない、何て事を、俺は……。
「だから、もう一度しよう」
「え?」
理解できない言葉を、ジェイドはまた口にする。
「一度したら二度も三度も変わらないだろ?思い出せるかもしれないし」
何を言っているのかわからない。回転しない頭で言葉の意味を探しているうちに、柔らかいものが唇に触れて、すぐに離れた。
「責任、取ってくれるんだろ?」
間近で見る視線は、いつものあいつのどこか挑むような目で。
いつの間にか首に回された両腕に抱き寄せられるように口付けられて、柔らかく動く唇が薄く開く。微かに差し出された舌が俺を誘うように。
拒否なんかできない。
欲しくて仕方が無かったものが、今は自分から誘っている。
引き寄せるように体重が掛けられるのを、片腕で抱きながら寝台に崩れ落ちた。
止めてくれ。俺には止められないんだ。
お前は知らないから、こんな事をするんだろう?
俺がどんな薄汚い欲望を抱えてお前を見ていたのか知らないから。
ためらっていた舌は、俺の理性の抑止も無視して、貪るように深く口付けていく。
お前は知らないんだよ、ジェイド。
俺がお前をどうしたかったのか。
知らないままでいてくれたら良かったのに。



昨日の名残りの跡を、唇でもう一度たどる。
くすぐったさで身をよじっていた身体は、いつかそれ以外の感覚でか小さくはねるようになった。
何度も繰り返して唇でなぞり、もう一度跡を付け直す。
胸の飾りをくすぐれば、小さな悲鳴は艶めいてかすれていた。
カーテンを開けて、明るい日差しの中に晒したい気持ちを押さえつけて。昨日の再現のように、一度は通って知っている弱い箇所を攻め立てる。
ジェイドの息が上がり始めた頃、覆いかぶさる俺の身体に、あいつの熱があたる。
足の間に身体を置いて右ひざを持ち上げると、深い場所までが明るい部屋の中に晒される。
「や、止めろ!」
初めて上がる拒否の言葉を無視して足を広げるように抱え上げる。昨日の俺の残滓が流れ出たまま固まって、汚れている秘所が露になった。
内腿を伝うその跡に舌を這わせると、ザラリとした苦味が口の中に広がった。
「馬鹿!なにやってんだ!」
「汚れてるから」
「そうじゃないっ、そんなとこ舐めて…。止めろって、くすぐっ…た」
じたばたと暴れる足を押さえるつけるのは無駄だとわかっている。さっきだってそうだった。首筋に舌を這わせればくすぐったいと暴れて、わき腹を撫でればやはり暴れた。
それでもそれは、最初のうちだけだった。
同じ事を繰り返しても、こみ上げてくる感覚を耐えるように、小さく身体を振るわせるだけになって。
今は、ほら。
勃ち上がったお前の先端から、露がこぼれてる。
それにゆるりと指先をからめると、びくりと振るえて。とたん、大人しくなる。
ろくに力も入れずに扱き上げると、微かな震えが伝わってくる。
まだ思考がしっかりしているのか、けして声を上げようとはしない。昨日も、そうだったよな。
変な所で負けず嫌いで、意地っ張りで。
だからってこんな事、要求するお前が悪いんだ。
柔らかい内腿に頬を当てて、自分の残した物の始末を再開する。
ビクビクと痙攣するように震える足を、押さえつけるように抱えて。ゆっくりと、更に奥へと舌を進める。
「や…だ、……んぁ!」
舌の進む先に気が付いたのか。制止の言葉は露のこぼれる先端を俺の指先でえぐられて途切れた。
負けず嫌いだから、本当はこんな事をされるのも嫌なはずだろう?
きっと今は真っ赤になって、唇を引き結んでいるんだ。
足の付け根のその場所は、俺の無責任な行為がそのまま残っている。
なだめるように、それでもけして達してしまえるような刺激は与えずに。ジェイドの性器をゆるく扱き上げながら、襞の間にまで凝り固まっているそれを、舌先で丁寧に舐め落としてゆく。
「や……め、…や、はず……かし」
抗議するように弱々しく、肩に抱えた上げた素足が俺の裸の背中を打つ。
どんなに止めろと言われても、これだけは。俺が確かめないといけないじゃないか。
徐々に解されていくそこが、赤く色をさして微かにふくれる。中にも残っている気がして、軽く吸い上げると、ジェイドの背がびくりと弓なりにのけぞった。
「も、……止めろ、馬鹿…」
涙交じりの熱のこもって湿った声は、何の迫力も無くて。ただ俺の体温を上げる効果しか無いって、わかっていないんだろうと思う。
茎を撫でるようにしながら手を外して、ジェイドの露で濡れた指先をあてがう。
襞を広げるように指先に力を入れた瞬間、閉じようとした足が俺の身体にあたった。俺がいるんだから、閉じられるはずないだろう?
少しずつ広げるように撫でまわすと、両の足が小刻みに震えた。
濡れながらひくつき始めたそこには、何の傷跡も無く、擦れた跡も無い事を確認して、ようやく俺はほっとして顔を上げた。
無我夢中で抱いて、無理やりねじ込んだりはしなかったつもりだが。丁寧に扱えていたかどうかは自信が無かった。
ジェイドは顔を赤くして、口元を抑えながら胸を上下させて荒い呼吸を繰り返している。
俺はそれを見ながら、入り口を撫でていた指先をもぐりこませた。
「ひぅ!」
まだ爪の部分までしか入ってない、それでも。引きつるような悲鳴に似た声に手が止まった。
「痛いか?」
肩に掛けていた膝を外して顔を寄せると、小さく首を振る。
「驚いた……け、……ゆっく…り」
深呼吸するような深い呼吸の合間に言葉を発する。
耐えるようにひそめられた眉が痛々しいけれど。俺は言われたとおり、ゆっくりと指先を進ませた。
眉根が更にきつく寄せられ、決して快楽ではない感覚を耐えている。
「ジェイド、嫌なら、早く言えよ。今なら、まだ…」
瞬間もの凄い速さで伸びてきた手が俺の耳を掴んで引いた。思わずそのまま倒れこみそうになって。
「いて、いてて」
「うぁ、…っく」
倒れるのは回避できたが、中途半端に入っていた俺の人差し指が中で変な動きをして、二人してうめき声を上げる結果になった。
切れ切れの短い呼吸を繰り返して、目元を赤く染めた涙目で見上げるという、これ以上無いくらい心臓を鷲掴みにする顔でジェイドが俺を睨みつける。
でも色っぽいばかりで、迫力はこっれぱかしも無い。
「俺が、…しろと言ったんだから、やれ」
この期に及んで命令口調なのが、逆に可愛らしい。
俺はただ苦笑いしか浮かべられずに、頬に口付けを落とした。
「それでも本当に、痛かったら言えよ?……今の、大丈夫か?」
途中で止める事は許してもらえそうになかったが、本当に無理なら止めなければ、とは思っていた。
昨日の今日で、本調子では無いのだから。元々、そこまで体力がある方じゃないんだ。
「痛くは…」
そう言って、小さく首を振る。
「ただ、何か。……異物感が」
そうだろうな、と思う。指が一本、半分も入っていないのに、そこは押し返そうとでも言うように締め付けてくる。
「出きらなかった便が戻ってくるような感じ…」
「気がそげるような事を言うな……」
色気の欠片も無い。
痛みが無いのなら構うものかと、一気に残りを突き入れた。
「うあっ…っ」
声になりきらない叫びを上げて、ジェイドの身体がのけぞる。
逸らされた喉に唇を寄せて、今入れたばかりの指先を、ゆっくりと引き戻す。
「ん……んぅ…」
呻くようなくぐもった声。まだ、ただの異物感でしかないのだろう。
左側の首筋が弱い事を知って、そこに舌を這わせながらじれったい速度で出し入れすると、俺の指の動きにあわせて熱い吐息がもれる。
首筋で感じているのか、中が慣れ始めているのか、判断はつかない。
ただ少しずつ、指を動かすのが楽になってきているのは、内側もほぐれてきている証拠だろう。
「ジェイド、…ここだったよな?」
人差し指を入れられる限り奥まで差し込んで。昨日の夜、散々啼かせた場所に指先を擦りつける。
「ああぁ!」
初めて上がる高い嬌声。またきつく指先を締め付けてくる内壁。一度触れただけなのに余韻に喘いで、きつくシーツを握る手を引き剥がして俺の首に回させた。
一度触れたその場所に、触れないようにその周りを撫で付ける。切ない声を漏らしながら、ジェイドが両腕で俺にすがりつく。
「爪、立てても良いよ」
囁いてからその場所を指先で突くと、力一杯抱きついてきてあられもない声を上げる。
出し入れを再開させて、少しずつ速度を速める。小さなしこりのようなその場所を擦れば、短い悲鳴のような喘ぎ声を上げて。じらすように掠めれば、切ない吐息を漏らす。
「や…め。……も、や。…へん」
「何が変?」
途切れ途切れに紡がれる言葉に返事を返して、指の馴染んだそこから一度引き抜く。手探りでそのまま真っ直ぐ撫で上げて、蜜が溢れて濡れる熱い塊に指を絡める。しがみついてくる身体が震えて、熱い息を俺に吹きかけた。
「あ……イっちゃ…」
「もう少し待ってて…」
ただ指を絡めただけの、ほんのわずかな刺激で腰を振るわせる。
溢れた露を指に絡めただけですぐに離れれば、抗議する視線が俺を見上げた。
「もう少し慣らしてから、な」
そう言ってから二本の指を突き入れれば、悲鳴に似た嬌声が再び上がった。
「あっ……あ、あ」
もう堪える事もしなくなった甘い声が、耳に心地よく響くのを聞きながら。一度は俺自身を受け入れたそこが、二本の指で急速にほぐれてくるの指先に感じる。
湿り気を増やした指先を滅茶苦茶に動かすと、濡れた音がいやらしく耳に届いた。
「や…ぁ、も…いや、…だ。変、……変に、なる」
ろくに刺激を与えていないはずの熱い塊が、足の間に手を差し入れる俺の腕に当たる。解放を求めるように俺の腕に腰を擦り付けて、目じりに涙をためたその顔は、ただもう、快楽に追い込まれて耐えるだけの顔。
しがみつく腕をすり抜けて、下の方へと顔をずらす。
とめどなく蜜を溢れさせる先端に舌で触れると、びくりと腰が波打った。そのまま唇で押さえ込みながら飲み込んでゆくと、慌てたようにジェイドの手が俺の髪を掴んだ。
「や、やめろ!馬鹿!…っそんな、……あっ」
限界まで来ている事は、その熱と硬さでわかる。どこをどうすれば一番効くかは、男同士ならわかりすぎるくらいにわかる。俺の口の中に達するのを躊躇うような抗議の声は、やがてただの喘ぎにかき消されていった。
「やだ、やめ…っ。…あっ、……あぁあっ!」
深く飲み込んだ瞬間に二本の指で突き上げると、ひときわ高い声と同時に口の奥で熱がはぜた。
すべて飲み込んで、絞り上げるように吸いながら口を離す。
唾液で濡れそぼったそれは半分力を失って、それでも沈み切れない熱に浮かされるようにゆらゆらと揺れる。
もう足を閉じようともしないぐったりとした身体は、俺の指を咥え込んだまま大きく肩で息をしていた。
「……馬…鹿」
潤んだ目で力無く俺を睨みつけて、かすれた声で言う。
「……………飲んだ?」
「全部」
頷くともう一度、馬鹿野郎と呟いて顔を真っ赤にした。
それが可愛くて、仕方が無くなる。
付け根まで入れていた指を、ことさらゆっくりと引き抜く。まだ少しきつい気がして、三本に増やした指をもぐりこませる。
「ひぁん」
ついぞ聞いた事も無いような声を上げて、身体を振るわせた。
声を出した本人も驚いたのか、真っ赤になったまま口元を押さえている。聞いた俺も耳まで熱くなった。
もう引っ込みがつかないところまで来ていたが。
「まだ、続ける?」
「………最後までやらなきゃ、意味が無いだろ。だいたい、そうでなきゃ、…どうして……そこ」
段々と言いよどんで、消え入りそうな声で、指、と呟いて。首まで赤くしてそっぽを向く。
堂々としているんだか、恥ずかしがりやなんだか。
愛しさに自然に頬が緩んで、またゆっくりと指を沈めてゆく。
「ふ…ぁ、……あ」
声を上げる事には、もう抵抗は無いのか。素直に上げられる切ない声に、沈めきった指先を中で蠢かす。
柔らかく締め付ける内壁が、俺の指の動きに合わせて絡みつくように吸い付いてきた。
激しい快感を与えないように、ただほぐすためだけに指を動かすと、足りない感覚を求めるように腰が揺れた。
「ウォル、……も、いい…から」
泣き出しそうなジェイドの声が、俺の手を止めさせる。
「変…なんだ、……なにか。だ…から、早く」
「まだ、痛いかもしれないぞ?」
「いい、…もう、入れて」
胸で呼吸しながらの苦しそうな声が、止めろと言うのではなく早くしろと告げる。
もう少し我慢するつもりだった俺の身体も、とうの昔にジェイドを求めて痛いほどに疼いていた。
指を引き抜いたその場所は、ゆるやかに窄まりながら淫らに濡れてひくついている。
両足を広げるように持ち上げて、そのまま肩に付きそうなほどに自分の身体ごと押し付けた。
「つかまってろ。……それから、力抜いて」
顔を近づけて告げると、小さく頷いて首に腕が回される。小さく震える身体と吐息。先端を宛がっただけで吸い付かれるような感覚に、眩暈に似た快感を覚える。
傷つけないようにゆっくりと、身体を沈めていった。
「く…んっ、……う…ぁ」
目の前の顔が苦悶に呻き、酸素を求めるように口を開く。
まだ少しきついそこをギリギリまで押し広げて、もう、止める事も出来ない。
それは俺にとっても、きっとジェイドにとっても恐ろしく長く感じる時間をかけて。ようやく全てを収めた頃には、ジェイドの身体は硬くこわばって震えていた。
「ジェイド、……ジェイド」
涙を流し続ける瞳の焦点はぼんにやりと定まらず、俺を見ているようでどこか遠くを見ているような。
それでも声も無く動いた唇は、確かに俺の名前を刻んでいた。
泣きたくなるような愛しさがこみ上げて、ただの後悔が胸を締め付ける。
こんな方法で手に入れたかった訳じゃない。
腕の中の熱の醒めた身体。繋がっている箇所と、また首をもたげて俺の下腹部に当たる塊だけが異様なほどに熱くて。
「ウォ…ル……サード」
小さなかすれた声が、今度はしっかり俺の名を呼んだ。
「ジェイド!………大丈夫か?…ジェイド」
「死にそうな顔…してるのは、お前だ」
首に回されていた腕が滑り落ちて、俺の頬に添えられた。穏やかに微笑む顔が、俺を見上げる。
どうしてこんな時に、そんな風に笑えるんだよ。
「馬鹿だなぁ、……しろって言ったのは、俺なんだから」
頬に添えられた手が、俺を引き寄せるように動いた。導かれるままに口付けて、絡めた舌の溶けそうなほどの熱さに何故か癒される。
唇の隙間からもれる、熱い息が頬に当たった。
「ウォル、……このままじゃ、…辛いよ」
唇が触れたまま漏らされる呟きに、俺の全身にもう一度火が点いた。
「気持ち良く、してよ。…ウォルサード」
甘えるような呟きが、耳を打つ。
してやりたいよ。
お前の全身に俺の全てを刻み込んで、忘れられないくらいに。
身体を労わるつもりでいたって、俺は結局自分の欲望に負けて、お前を犯しているだけなのも同然なのに。
「ジェイド…」
愛してる。
その大事な一言だけが、どうしても喉の奥から外に出てくれないまま。俺はゆっくり腰を引き始めた。
とたんに苦痛に歪む顔が、俺の動きを止めかける。
ただ、見つめ返すその目が。続けろと俺に言っている様で。
それは思い込みだけだったかもしれないが、何よりも自身の体の欲求が、動きを止めさせてくれなかった。
最初に受けた行為からさほど時間を空けずに行った行為でも、受け入れること自体に慣れていない身体には苦痛以外の何ものでも無いのかもしれない。
早急に動きたがる腰を押さえつけるようにゆっくり動かして、この行為にその場所が慣れてくれるまで。
ジェイドの中に垂れ流している俺の先走りの汁が、ぬるぬると注挿を容易にし始めると。苦しげだったうめき声が、掠れた喘ぎに変わり始める。
縋り付くように回されている手が、汗で滑りながら俺の背中をまさぐって。それだけでももう、どうしようもないほどに追い上げられる。早くなってくる腰の動きを、もう止める事も出来ずに。ただひたすら突き上げて、かき回して。
ジェイドが高く啼くその箇所を攻め続けた。
「や…ぁ、…ウォル、……ウォル」
か弱くただ繰り返される震える声、俺に揺すられて上げられるジェイドの啼き声に、理性も何もかも剥ぎ取られて行く。
叩きつけるたびに濡れた肌が触れて離れる音と、俺の物を咥え込んだ箇所が立てる淫猥な音。ジェイドの喘ぎ声と湿った音だけに満たされて、甘く締め付けてくる快感に溺れて上がりすぎた熱に頭の芯がぼやけてくる。
「…はっ、……あぁ!…やだっ、あっ。も…や」
「何が…いや?」
がくがくと揺さぶられながら零れる言葉の意味を、知っていてもどうしてもその先が聞きたくて、意地悪な気分が頭をもたげる。
「あ…あ、……イか、イかせ……て…ぇ」
涙を流しなが開放を求める言葉を吐き出す、その口を自らのそれで塞ぐ。
腰を揺すりながら軽く差し出しただけの舌先に、乱暴にジェイドの舌が絡み付いてくる。
「は……ん、……ふ」
熱いと息と声が唇の間から漏れて、溢れた唾液が頬を伝い流れた。
最後まで舌を絡めて唇を離す。それまでもがいやらしく見える動きでちろちろと蠢いて、濡れた唇を舌先で舐めていた。
「お…願い、ウォル。……も…ぉ」
すすり泣くような喘ぎの合間に、それだけどうにか口に出して。哀願する顔は快楽に溶けて淫靡に震える。
俺の腹を打ち付けて震える熱の塊を握り締めれば、細く高い声が上がった。
俺の名を呼びながら上げられる嬌声。自然と速度の上がる腰は内側を激しく抉り、前立腺のあるその場所に、しつこいほど自分の欲望の塊を擦り付ける。
握り締める熱を扱き上げると、哀しいほどに細く高い声が響き渡る。
「ウォル…!……や、イくっ、んっ…あっ、ああぁ!」
最後の最後で引きつった指先が俺の背中に食い込んで、手の中に熱を吐き出したとたん震える腰が俺をきつく締め付ける。
眩暈がするほどの快感の中で、ジェイドの一番深い所に俺も熱を吐き出した。
ぐったりとした身体が、俺の下で余韻に喘いでいる。
柔く蠢く暖かい場所に未練を残しながら、それでも引き抜こうと身体を引くと、力の抜けた腕が、それでも俺を抱きしめて離さない。
「行…くな」
「ジェイド、このままじゃ…」
昨日の二の舞だ。昨夜はただ、余韻に浸って抜かずにいた間に、俺が勝手にまた盛り上がっただけだが。
「待って、まだ。……変なんだ」
切羽詰った声は哀願の響きを含んで、引ききらない俺の熱と疼きを刺激する。
「熱くて、むずむずして……」
触れている熱を帯びたままの身体も、頼りない細い声も、快楽の熱に浮かされた顔も。
何もかも、俺の猛りの呼び水にしかならない。
「…あ…ぁ、もう一度、それで、…擦って」
自分の中にある物が大きさを増したのを感じたのか。か細い声が震える。
「お願い…だ、……もっと、…して」
何の前触れもなく最奥を突き上げると、ジェイドの身体が激しく跳ねた。
「はぁっん!」
その声は、先刻までとは比べ物にならないくらい、甘く色めいていた。
片足を高く持ち上げて、もう片方の腕で腰を抱えると、貫いたまま身体の向きを変えさせる。
「やっ!あぁ!」
俺を締め付けていた軟肉が、急激に擦れて歪む。悲鳴ですらも嬌声にしか聞こえない。
枕に頭を埋めたジェイドの腰を背中から抱え上げて、尻だけを高く上げさせた格好をさせる。視界の下に自分が犯している箇所を認めながら、円を描くようにして腰を揺らせた。
「あ……あぁ、ん」
「ジェイド、どこ?擦って欲しい場所、言ってくれないとわからないよ」
「そこ、じゃな…、もっと、…奥…ぅ」
じらすように尻を撫で回しながら問うと、切ない声が返る。
それが何処なのか、わかっているのに直前で止めて。そこまでの距離を出し入れしていると、物足りなさそうに自分から腰を押し付けてきた。
「もっと奥って、どこ?」
後ろから抱きすくめて、その場所を掠めるように最奥まで貫く。
「あ……、い…や。……ちが」
ぴったりと合わさった腰を、もどかしげに俺に摺り寄せてくる。
それがあんまり可愛らしくて、いやらしくて。
「い…まの、ところ」
「うん?」
勢い良く引き抜くと、その刺激だけで背中が震えていた。
緩んで開いたそこから、俺の吐き出した物が流れ出てジェイドの足を伝い汚す。
悪戯に指を入れる。開ききったそこが、今更指の一本で満足するはずは無いとわかっていて。
襞をかき分けように指をくねらせ、ぐちゅぐちゅと音をさせながら進ませて、また、ジェイドの求める直前で進入を止める。
「や…だ、……いや…ぁ」
「この、もっと奥だっけ?」
「そこ、そこのっ」
焦らされて切羽詰った声が終わる前に、もどかしげに振られた腰がもっと深くまで飲み込もうと突き出されてくる。
飲み込まれる寸前にまた指を引き抜くと、落胆に沈んだ声が深く溜息をついた。
「お…前、……いじわる…」
涙に潤んだ瞳が、肩越しに恨めしげに俺を見た。
俺は、こいつの……。こんな姿が見たかったのか?
白い背中や、震える肩や…。快楽を求めて腰を揺らしている姿なんか。
俺が欲しかったのは、心も無く俺の良いようになるお前なんかじゃなかった。
「ああぁー!」
自棄になって突き入れれば、その背中が歓喜に震えた。
「やっ……あぁ、あん」
腰を押さえつけて焦らしに焦らしていたその場所に擦り付ける。シーツを握り締めながら背をのけぞらせて、突き動かすたびに頭を揺らせて甘い声を上げる。
お前、こんな奴だったか?こんなに簡単に流される奴だったか?
俺に壊されるくらい簡単に…。
好きだと、きちんと伝えていたらどうなっていただろう?
気持ちが悪いと俺を撥ね退けたろうか。こんな風に、俺に身体を預けたりしただろうか。
ジェイドの中は痺れるほど気持ちが良くて、何も考えずに貪り続けられたらどれほど良かったろう。
雑然とした思考ばかりが頭の中をぐるぐると回って、気分が悪い。反吐が出る。こんな事。
「は…ぁ、……あっん」
俺に揺すられ続けるジェイドが切なそうに身をよじって、片手を自身に伸ばすのをすんでで捉えて頭の上に押さえつけた。
「やっ、離…せ」
暴れても、それはただ繋がっている箇所に更に刺激を与える結果にしかならない。片手でジェイドの両腕を押さえたまま、もう一方の腕で背中から抱き込むように胸を撫でる。
指先が見つけた硬い突起を摘み上げると、俺の手から逃げるように肩が跳ねる。
ジェイドの予測できない動きと断続的な締め付けで、俺自身がイきそうになるのを必死で堪えて嬲り続けた。
八つ当たりだ。わかってる。
愛しいはずの人が、ただの獣のように髪を振り乱して淫猥に身体をくねらせ続けるのが。
愛しいからこそ、腹立たしくて、憎らしくて。
いっそ欠片も残さないほど、壊してしまいたくなる。
「や、……いや。……も、許…して」
咽び泣くような声が、イけない辛さに震えている。苛み続けた胸の突起は熱を持って、軽く触れただけでも切ない悲鳴を上げる。
荒い呼吸で波打つ胸から腹まで撫で下ろして、蜜を垂れ流す熱い塊に手を触れると、ほっとしたようにジェイドの身体から緊張が抜けるのが伝わった。
「イきたい?」
自分の声が、信じられないほど優しい響きをしていて寒気がした。
声も無く首を振って頷くジェイドの首筋に、後ろから口付けを落として握りこんでいた付け根から扱き上げた。
「あっ、ああぁぁあ」
焦らされ続けた身体は、快楽に素直に反応して歓喜の声を上げる。
壊れてしまえば良い。なにもかも。俺自身が木っ端微塵になって、何一つ残らなければ良い。
解放はただの身体の快楽のみで、心を軽くしてくれる事は無かった。
手の中にほとばしるジェイドの熱と、俺の欲望を吐き出されても柔らかく包み込む体内の熱さが。壊れる事も消える事も出来ない俺を、現実に繋ぎとめて苦しめた。



水が手に痛い。
井戸水は汲みなおすたびに冷たさをまして行く。
もう汚れている箇所も無いような手ぬぐいを、それでも俺は洗い続けた。
ぐったりしているジェイドの身体を拭いて、正気にでも戻ったように嫌がるのを無理やり後始末して。乱暴なくらいに中から残滓を掻き出したから、辛かったろうな。
物入れから換えのシーツを見つけたから、寝床を整えなおして。
洗ったシーツは夜の間に吐いたとでも言い訳して、後で宿の人に返しておこう。
もう一泊しないと、あいつ動けないだろうから。それも言いに行かないと。
また熱を煽るようなやり方の後始末をして、優しい言葉もかけられなかったジェイドを置き去りにして。宿の隅の水場に篭っている。
部屋に帰るのが、気が重くて。手が赤くなって感覚が消え始めているのに、水の中で動かす手を止められない。
いつまでもこうしている訳にもいかないのはわかっている。
事が済んだ後も熱の浮いた顔をしていたジェイドを、また見るのが辛い。
何故こんな事をしたんだろう。
何故また、こんな事をさせたんだろう。
新しく知った快楽は楽しかったのか?ジェイド。
お前が要求すれば、俺は抗えないんだ。
今更どのツラ下げて、好きだ何て言えるんだよ。
考えている事が支離滅裂になってきそうで、手の痺れも本格的になってきたところで諦めた。
とりあえずシーツ絞って返しに行こう。やれる事を今はやって、悩むのは後でも良い。
………てーか、もうずっと悩みっぱなしな気はするが。
宿の人は苦笑いしながら、洗濯はこちらでやりましたのに。と言う。
洗濯させられそうにないブツだったんで洗って返したのだが、連泊の申し出はお大事にと言う言葉で快諾された。
吐いたのも二日酔いで潰れているという言い訳も、全部ジェイドのせいにした事を心の中で詫びてみる。
重い足で部屋に戻ると、寝台の中のジェイドは目を閉じていた。
眠っていてくれるならその方が良い。起こさないように静かに扉を閉めて、通りすがりに机の上に手ぬぐいをほうる。
枕元から見下ろした顔は、微かに薄茶色いクマが浮いていた。
見ていて痛々しくなる顔色で、それでも穏やかに呼吸している。
前髪を避けて額に触れると、まだほんのりと熱が残っているようで。
あぁ、俺の手が、冷えているだけなのかもしれない。
額に置いた手から伝わる暖かさが、また、愛おしさを呼び覚ます。
自然と、頬に手のひらが移動していた。
ずっと好きだった。抱きしめたかった。口付けたかった。自分の想いをぶつけてしまいたかった。自分だけのものにしたかった。
だけど、こんな。
「こんなんじゃ…なくて、………もっと」
もっと、別の方法があったはずなのに。
俺の手の中で淫らに変わるお前を、こんな事で見たかった訳じゃない。
それでも、離れられないんだ、俺は。
たとえお前にとっては性処理と変わらない行為だったとしても。これから先、他の奴に任せたくなんか無い。
やっぱり好きなんだよ。他の男にも、女にも触れさせたくないくらいに。
寝台に手をつくと、微かにきしむ音がした。
目蓋の開く気配が無い事に少し安堵して、振れるだけの口付けを落とす。
その柔らかさと暖かさに、切ないほど愛しさがこみ上げて。情け無いくらい、泣きたい気持ちになった。
求められるままに抱いて。それは、自分の欲望が苦もなく達成されるのに甘受していただけの卑怯な行為。
それなのに、ジェイドを手に入れた喜びが、ほんのわずかでも俺の中にある。
こんな事で、お前の本質は変わらないのかもしれない。以前と同じように、俺に接するのかもしれない。
俺のずるさを知らずに……。
「ずっと、………好きだったんだ。ジェイド、………ごめん」
ジェイドの目蓋が、震えながら薄く開いた。
眠っていると、思っていたのに。
「俺も、………愛してるよ」
それは、酒に酔って好きだと言った、俺への返事の言葉。
あっけに取られている俺に微笑んだような表情のまま、また目蓋を閉じる。
「ジェ、…ジェイド!」
我に返って声を掛けても、もう目蓋は開かない。
「ジェイド、今のどういう意味だよ?愛してるって、それ…」
返事は無い。本当に寝入ってしまったような、穏やかな寝息が聞こえるばかりだ。
昨夜の続きか、同じ言葉を繰り返しただけなのか。幾ら声を掛けても揺すっても、起きる気配が無いプリーストからは答えは返らない。
「なんかすげぇ生殺しなんだけど?ジェイド」
力が抜けて床にへたり込んで、寝台に寄りかかりながら眺めるジェイドの横顔は、やけに穏やかで。
自分の心臓の音が、うるさいくらいに頭に響く。
俺の事を、お前も好きだったって、思っちまうぞ。このままだと。
もしそうなら、…そうだったのなら。
もっと幸せな気持ちで抱けたのにな。いや、もっとどころか、死にそうなほど幸せだったろうな。
「好きだよ、ジェイド」
起きたら問いただしてやる。
その前に、きちんと気持ちを伝えよう。
お前の言葉が冗談や悪ふざけだったとしても、俺は、本気なんだからな。
愛してるよ。
だから今は、ゆっくり眠っていてくれ。

目が覚めると、薄暗いオレンジ色の光の中だった。
もう夕方なのか。
さすがに今度こそは記憶もはっきりしている。
自分から頼んだとはいえ、身体がだるいし。特に腰の辺りの感覚がごっそり無いのがなんとも…。
身体の中に感じたウォルの感触は記憶の中にあるけれど、身体に残っていないのは少し勿体無い気がする。
「おはよう」
まったりと記憶を反芻していたところに声を掛けられて。吃驚して顔を傾けると、椅子を逆にして背もたれに組んだ腕を乗せて座るウォルがいた。
「おはよう」
ちょっと掠れていたが、普通に返したら困ったような顔をしている。
「身体の調子、どう?」
「動けそうに無いね」
「そっか…」
言葉を捜すように、奴の視線が彷徨う。
本当に、何を言ったら良いのかわからなくなっているのかもしれない。
こういう言い方するのはなんだけど。……困ってる顔が、可愛いんだよな。
覚えているのは触れた肌の感触ばかりじゃなくて、お前が俺にかけた言葉も全部覚えてるんだけどな。
以外に意地悪だってのも、新しい発見だったけど。
「あの、……さ」
「うん?」
言いにくそうに言葉を切る。促してやっても、続きがすんなり出てくるか怪しい。
なんていうか、やっぱりね。良かったけど、ちょっと腹いせもしたくなるだろう。
困らせたくなるのは愛情の裏返しだ。
「お前が、寝入る前に言った言葉…」
「うん」
「………」
あぁ、困ってる。
だからその表情が、放っておけなくなるじゃないか。
どこか頼りないのに、いつだって俺の前に立って。何があっても俺を守ってくれて。
大好きなんだ。
でも今回は、助け舟なんか出してやらん。
「俺は、…さ」
「うん」
「ずっと、…お前の事が好きだったんだ」
「過去形かよ」
情け無い顔をしているウォルを、見つめている俺の顔はきっと笑っている。
幸せで。嬉しくて。
「そうじゃなくて、これからだって」
「ウォルサード」
言い募ろうとする奴に手を伸ばすと、椅子をどけながら立ち上がって手を取ってくれる。
俺の好きな手。武器ダコが出来て、傷だらけの無骨な手。
俺の手が華奢に見えてくるその手に指を絡める。
「俺も好きだよ。ずっと、好きだった。ウォル、だから」
泣きそうな顔で笑うウォルの顔を見上げながら。順番は違うかもしれないけれど、これはこれで良いんじゃないかと思う。
「ずっと、俺のそばにいてくれよ」
ウォルの握り返してくる手が痛かったけれど、かまいやしない。
「俺こそ言いたかった。ずっとそばに居てくれって。……離さないからな、覚悟しとけよ?」
幸せならそれで良いじゃないか。
少し強引だったけど、今が良ければかまわないんじゃないか。
ウォルを苦しめていたかもしれない、そして俺は諦めていた。身体だけでも良いと思うくらいに。
だから、こんな出だしの恋人でも良いじゃないか。
だって俺にはもう、怖いものなんか何も無いよ。
お前がそばにいてくれるから。
手を伸ばせば、この手がいつでも迎えてくれると知ったから。
愛してるよ。
愛を確かめ合うのは、しばらくしなくてもいい気がするけどね。



完全に日が落ちて暗くなってから、丸一日ぶりくらいに食事を取った。
暖かいスープが胃の腑に染みる。
俺は寝台に起こしてもらって、背中合わせに座るウォルに寄りかかりながら。二人して寝台の上で食事ってのも行儀が悪いが、動けないと主張する俺にウォルが合わせてくれての事だ。
せっかくなんで少し甘えてみたんだが、悪くない。
こいつも同じように食べていなかったらしい。
俺の寝ている間に食いに行っていれば良いのに、なんだか気が気じゃなくて喉を通りそうになかったと言う。
真面目だし、やっぱり不器用な奴だと思う。
そういう所が可愛いなぁと思うのだが、不思議と俺がウォルの上になるってのは、どうにも現実味がなくて想像がつかない。
体格差ってのはあると思うが。実際にこれで良かったと思う。ウォルにあんあん啼かれたら、……啼かれたら。
……………可愛いかもしれない。
可愛いと言ったら嫌がるだろうが、そのうち言ってやろう。
別にやりたいとは思わないけど。抱かれているのは気持ち良かったし。
愛されていると、実感しながら抱かれるのはどんな気持ちだろう。と、思って。
「そういえば」
「ん?」
咀嚼する振動が微かに伝わる背中から、口の中に何か入ったままなのかくぐもった返事が聞こえる。
「結構いじわるなんだな、お前。あんな時ばっかり」
むせ返ってゴホゴホ言っている背中が揺れる。飲み終わっていたから良いけど、満杯だったらスープこぼしているぞ。
「………そっちこそ、あんなに助平な身体だと思わなかったぞ」
振り返って言っているらしい、目の端に赤くなったウォルの耳が見える。
「これっきりで二度と無いかと思ってたからな。潰れるまでやっとかなきゃ損だろ」
顔だけで振り返れば案の定、複雑そうな横顔が見えた。
「それくらい好きで思いつめてたんだよ、察しろ」
「……………なんか、すげぇ悩んだ俺が馬鹿みたいだ」
「馬鹿だろう?」
「馬鹿だけどさ…」
深く溜息ついて丸まる背中に体重を掛けてもたれかかる。
「どうせ死にたいとか消えたいとか思ってたんだろ?」
「思ってた。チンコ切って謝らないと駄目か、とか」
「切るな、勿体無い。せっかく俺が知ってる二本目のチンコなのに」
「二本目!?」
「よく見て知ってる一本目のチンコは俺のチンコ」
ぐったりとうなだれられたので、俺は凭れたままのけぞるようになった。
天井が目に入って、なんだか楽しい気分になる。
こんなくだらない会話を、また出来るとは俺だって思ってなかったんだ。
「チンコチンコ言うなよ…」
「言い出したのはお前だろ?」
笑っていると、背中から溜息の振動が伝わる。
飯食ってる最中なのに、とかブツブツ言っている。
腹が減りすぎていたせいか、俺はスープと薄い味付けの温野菜だけで満腹になっていた。
食器を脇へどかして自力で少し身体を起こす。
「大丈夫か?」
すぐにかけられる心配そうな声が、さすがに少し気恥ずかしい。
「だいぶ楽になってるよ。心配してないでさっさと食え」
言われてガツガツ食い始めるあたり、素直だ。
シャツ越しに触れる温もりが、こんなに心地良いと感じた事は無い。
俺は相変わらず下着を着けた以外は素っ裸だったが。
「それで今は、先に言っておけば良かったとか。まだ少し後悔してないか?」
背中の動きがぴたりと止まった。
図星だったのか。
「俺は後悔して無いよ。たとえウォルに好意が無かったとしても、後悔しなかった。だから、お前も変に引きずるな」
「俺は…」
言ってから何か飲み込んだらしい。口の中に物入れたまま喋るなよ。
「引きずらなくなっても、酒が入ってた事だけは後悔しそうだ…」
「だからそれは、俺も半分は狙ってたんだから」
「狙ってって…。………でもやっぱり勿体無かった気がする。…っいて!」
思わず後頭部を殴りつけてやった。
「勿体無いとは何事だ。俺の大事な初体験はお前には物足りなかったのか?」
「だからーーーーーー」
後頭部を押さえつけながら振り返ったところに、口付けてやった。
お互い背中合わせの無理な姿勢で、自分を支える腕と腰が痛くなってくるが。そんな事もかまわないくらい、優しい口付けが続く。
「俺だって、好きだったんだからさ……」
離れた唇が、まだ触れる位置で言葉を紡ぐ。
繋がりの無い、脈絡の無い言葉でも。言いたい事はなんとなくわかる。
大事だと思ってくれているのだろう。それがただ嬉しい。
頷いて、その肩に頭を乗せた。
「お前、まだ俺の顔見られなかったりする?」
「まだちょっと、………目の毒」
思わず笑いがこみ上げた。
「暫くはしなくてもいい位したよな」
「まぁ、そうだな」
「んじゃ、当分はしなくても良いよな?」
「……………」
言葉に詰まって黙り込みやがった。
「なんだよ、まだ足りないのか?」
「いや、そうじゃなくて。…気持ちの問題で」
愛して、愛されている。その実感の中で抱き合いたい。それは俺も思う事だけど。
「んでもしばらくはお預けだ」
「なんでーー?」
「しんどいから」
一言でこいつを黙らせるのは得意だ。
お前は優しいから、俺が嫌だと言う事は絶対にしないだろう?
これから先だって、俺を無理やり抱くような事は出来ないんじゃないか?
俺は意地が悪いから、焦らされた事への仕返しじゃないけど。これから先は焦らしてやる。
我慢比べをしよう。
どっちが先に音を上げるか。
意地を張り通すのはお手の物だ、どんなにやせ我慢でも張り通してやる。
だから、お前から欲しがってくれよ。
もう諦めていた温もりだから、お前から欲しがって抱いて欲しいんだ。
愛されている事を、もっと感じたいんだよ。
「順番間違ったっぽいから、のんびり行こうじゃないか。……こういうのも、悪くないんだけどな」
まだきしむ腰に鞭打って、体の位置をずらして背中に抱きつく。
広い背中が心地よくて、安心する。
「やっぱり、………ちょっと俺、辛抱するのは辛い」
「我慢しろー?俺は一生この宿から出られないなんて御免だぞ?」
「いや、さすがにそこまでは…」
恋愛は勝負だと誰かが言った。
惚れた方の負けらしいが、たとえ負けててもそれを認めなかったら勝ちにならないか?
勝っても負けても、お前がそこにいてくれるならそれで良い。
負けるのは嫌いだから、勝ちに行くけどね。
今までだってそうだったから、これからだってお前は俺のそばでそうしてくれているだろう。
俺の言葉にへこんだり笑ったり。
ずっとそうしてきて、これからも変わらずに。
その手の暖かさで感じる幸福感だけが、今までと違う未来にある。

「愛してる」

その言葉だけで暖かくなれる。
この幸せを、しばらくは味わっていこう。

2004.1.17

あとがきという名の駄文

この無駄に長いエロ小説にお付き合いいただき、まことに有難う御座います(平伏
前回はぶいた部分をなるべく補完しようと思ったら、軽く3倍強の長さになりました…=■●_
そして最後の一章は本当に蛇足です。
チンコ会話書きたかっただけ(死

前回レスをいただいて、中で一つ、本当にもう死んでも良いと思えるような言葉をいただけて。物書きとしての幸せを噛み締めておりました。
どなたからのレスとは言いませんが(というか、かなり限定されてしまうのですが;)ありがとうございました。
いただけたお返事全部に勇気付けられて、またもアホ面さらしにまかりこしました次第にございます。
本当はちゃんと続編ぽいものを、そして今度こそROの設定をきちんと使ったものを。と、思って途中まで書きかけていた物があったのですが。
なんとなくウォルサードの視点でも書いておかないと、自分が納得できない感じにキャラに思い入れができてしまいまして;
なんだか外見設定は未だに自分でも不明なくせに、それ以外の設定はちゃくちゃくと出来上がりつつあります。
どうよそれ?
前回のレスでも言い当てられてしまっていますが、この先は完璧にウォルさんは尻にしかれます(笑
そして馬鹿ップル。ビバ!
へたれ攻めと気の強い受けが好きなんです_| ̄|○
ここまでへたれになるとは思ってもいませんでしたが………。

エロ部分。自分で書いててエロいかどうか途中でわからなくなりました。
なにか表現が足りないような気もするし、もっと控えめな方が良いんじゃないかという気もするし。
難しいですね、エロ……。
脳内には色々なネタが渦巻き始めているので、この二人の話でも、別の物ででも。いつか姐さんたちを身悶えさせるような物を書いて舞い戻って来たいなぁ。などと思っております。
本分が長いのに、あとがきまでだらだらと申し訳ありません;

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