転職にて

俺の名前はウォルサード、今はブラックスミス。
ついこの間まではただのマーチャントだった。
臨時に特攻したり、ギルドのマスターに助けられたり、知り合いに助っ人してもらったりしながら。なんとか転職までこぎつけた。今はもう、ちょっとでも強くなれたのが嬉しくて。ガツガツ修行している最中だ。
物造りは性に合わないと思っていたから、戦う鍛冶屋目指していた分、めちゃくちゃ楽だ。面白いくらいに色々な物が覚えられる。
まぁ、そのうち頭打ちになるのはわかってるけどね。
で、マーチャント時代によく臨時で一緒になって、なんとなく出会う確率が高くて。お互いの都合が付きやすかったのと、気が合ったのもあってよく二人で狩りをしていた。辛い一次職時代に辛酸を舐めあった、俺以上に茨の道だったアコライトがいるんだけども。
転職の報告をしたら、なんだか、覚えてろ、だとか。宣戦布告みたいな捨て台詞を残されて、それ以来会っていない。
俺も物好きに商人の修行を全部終わらせてから転職したから、あいつとはそれほど差が開いているとは思っていなかった。あいつが全部の修行を終わらせてから転職すると言っていたから、たくさん助けてもらってもいたし、少し付き合おうと思って一緒に頑張ってみたんだが。知力極振りで攻撃手段の乏しいアコライトが、総ての修行を終わらせてから転職するのは至難の業だと思う。
一度プロンテラで見かけた時は、ハンターと一緒にワープポータルに消えて行くところだった。
追い込みのかかったアコライトが、ハンターと組んで行くとしたら時計塔だろうか。
あそこの敵は俺じゃ歯が立たない。つか、攻撃が当たらない。だもんだったんで、心配はしていたが大人しく見送って、声も掛けずにそれっきり。
つるんでる間に、気が強くて負けず嫌いなのはわかったけど。知力と器用さしか鍛えるつもりが無いのは…。やっぱり負けず嫌いで意地っ張りなせいだと思うが。本当にそれしか鍛えていなかったのを知っているから、心配になる。
俺がここまで強くなれたのは、あいつのおかげでもあるし。なんかこう、意地になってるっぽいのはわかるんだけど。どうしようか。そろそろ耳打ちでも送って様子を見た方が良いんじゃないか?
でもなぁ。お前の助けはいらん、とか。そんな事も言われたしなぁ。
負けず嫌いだったんだよなぁ。先に転職したのは失敗したかな。
支援プリーストを目指している、気の合う友人を無くすのは惜しい。………いや、打算とかじゃなくて。あいつと組んでるとなんだか調子がいいから。狩りとか別にしても、友達付き合いまでこれっきりになるのは、嫌だなぁ。
とか、考えながら。ポータルに消えたあいつを見送ってからかれこれ三日。
プロンテラの南門を出た所で、今日は何処へ行こうかとぼんやりしている。行ける場所が増えると、それだけで悩めるのは嬉しい悩みだな。
あぁ、マスターのために鉱石あさりに行くのも良いな。俺が転職したとたん、なんだか楽隠居きめこんでるから、あの人。
元々は半製造BSだったのに、これからは製造一筋で行くとかなんとか。だからって隠居してても製造できないだろう?……もう少し強くなって、冒険者の格が追いついたら、連れ出して一緒に狩りにでも行ってみようか。

―――ウォルサード

突然届いた声に、俺はあたりを見回した。
聞きなれた声の主は近くにはいなくて、耳打ちだったと、少しして気が付いた。
「ジェイド?」
恐る恐る声を返す。意地っ張りのアコライトは、その声から今の機嫌をうかがい知る事はできない。

―――あぁ、いたか。今どこにいる?
「プロンテラの南だけど、…あの」
―――そうか、良かった。すぐに来い。大聖堂の前だ。
「え?おい、なに?」

それっきり、返事は無い。
行動の予測が出来ないところがあったが、これはなんだ?
何しでかすかわからないとか、何を言い出すのかわからないとか。そういうところも面白くて気に入ってたんだが、本当にわからない。
大聖堂あたりといえば、あいつのギルドの溜まり場があったはずだ。ジェイドの機嫌を損ねる前に、自分もギルドに入ったと楽しそうに報告してくれて。のんびりした雰囲気だから好きなように出来て嬉しいと言っていた。
何かあったんだろうか?
いや、また代売りとか代買いの依頼かもしれない。
とにかく行かない事には何もわからないし。なんか恨み言とか言われたり八つ当たりされたりするのかもしれないが。
2週間ぶりの友人の呼び出しだし、急ぐに越した事はないよな。



常に賑わっている大通りと違って、大聖堂に続く通りは静かなもんだ。
まったく人通りが無いわけじゃなかったが、歩くのも困難な中央の通りにくらべたら、それなりに広い道なのに裏路地なみのうらぶれ方だ。俺は南門から街に入ってすぐ、中央通りから脇道とも言い難い小道を抜けてこの道へ出た。
賑やかなのは嫌いじゃないが、急ぐときは入り組んだ裏道を通った方が早い。
建ち並ぶ家の向こうに、大聖堂の屋根が見えてきた。
俺がここに来る事はめったに無い。ジェイドのギルドには商人がいないから、拾得物の代理販売をたまに頼まれて、それの受け渡しに来た事があるぐらいだ。
ジェイドのギルドマスターは面倒見の良いお姉ちゃんって感じの女騎士さんで。どこか暖かい感じがする、種々雑多な職業が集まるこのギルドが少し羨ましくなったりもした。俺のギルドはいわゆる商人ギルドってやつで、構成員は商人か鍛冶屋か錬金術師しかいなからだ。
まぁそれでも、居心地は良いから抜ける気は無いけど。
大聖堂に向かいながら、前に来た時に溜まり場と認識した場所に視線を彷徨わせる。ちょっと立ち止まってあたりを見回しても、誰も居ない。指示された場所は大聖堂前だったから、本当に真正面に来いと言う事なんだろうか?
それまで急ぎ足だったのを、ゆっくりと大聖堂に近付く。
見慣れたアコライトの姿はそこには無かった。
そこにいたのは、勝気そうな顔で、挑むような目で、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。黒い髪に黒い瞳のプリースト。
真新しい、プリーストの法衣をまとったジェイド。
まだだいぶ距離もあるのに、俺はあっけに取られて立ち止まってしまった。
アコライトの服を着ていたジェイドは、やんちゃな小僧のようだったのに。今俺の前にいるのは、一気に大人になったような男だった。
「どうだ?」
ジェイドは子供が晴れ着を見せびらかすように、手を広げて見せる。
黒い法衣は、襟元と袖口の赤も、金の縁取りも。ジェイドの黒い髪と黒い瞳と、白い肌に、あつらえたように似合っていた。
その首元に光る十字を誇るようなジェイドには、アコライトの頃の面影は無い。まるで、今までのあいつが幻だったかのように。生まれながらのプリーストのように、堂々と立っている。
「なんだよ?何の感想も無いのか?」
不満そうに言って近付いてくる。
「いや、すごい……似合ってる。………恐怖の大王みたいだ」
「んだそりゃ!?」
新しくてくたびれた所の一つも無い、かったい表紙のバイブルが飛んできた。
「喜べ。この記念すべき聖書の最初の餌食はお前だ」
「嬉しくねぇぇ〜〜〜」
頭を抱えてうずくまっている頭上から、尊大な声が降ってくる。きっとバイブル片手にふんぞり返っているに違いない。ありありと思い浮かぶ。こいつはそういう奴だ、昔から。……て、事は。中身はまるで変わってないんだな。ちょっとほっとする。
知らない誰かに変わってしまったような気がしたのは、ただの俺の思い過ごしと気の迷いなんだろう。
………俺が転職した時に、ジェイドもそんな気になったんだろうか。
なんだか遠くへ行かれたような、寂しい気持ちに。
「ほら立て、行くぞ」
「へ?どこへ?」
腕を引かれて、たたらを踏みながら立ち上がる。ほんの少ししかない身長差で見下ろすその横顔は、間違えようも無く良く知っているジェイドだった。
「お前、冒険者の格はどれくらいになってる?」
俺の腕を掴んだままぐいぐい先を歩きながらジェイドが聞いてくる。
「え?……えーと、68かな」
「ちっ、また上がってやがる…」
舌打ちまでするか?
これでも、なんとなくお前と組めなくなるのが嫌で、ギルドに5割上納してまで抑えてあるんだが…。
「で、どこに行くんだよ?」
隣に並んで歩くと、ようやくジェイドは俺の腕を離した。
「決まってるだろ?俺の転職祝いの狩り」
「はぁ!?」
「ちょっと置いてけぼり食らってるからな、存分に吸わせてもらうぞ」
思わず立ち止まってしまった俺の先で、ジェイドが振り返って爽快に笑っている。
「あぁ、俺は本当に転職したばかりでアコライトの技能しかないから。お前が頑張れ」
無茶な狩りに出かけてこてんぱんになって、カプラの転送システムで帰ってきても、なんでだか偉そうだったよな。
変わってない。
本当にお前、転職前のまんまだ………。



ものすごい勢いで、とは言ってもほんの少しずつだが。キリエとマグニを覚えたジェイドと、酒場で転職祝いの酒盛りをしている。
俺の事は祝ってくれなかったが、もういいや。ご機嫌で酒をあおっているジェイドを見ていると、別にどうでも良くなる。
それよりも、大事な友人がそのまま友達付き合いを続けてくれそうな事が嬉しかった。
この先プリーストの技能の何を取得しようかと、酔っ払いながら二人で話しているのは単純に楽しい。ジェイドのギルドにいるシーフが、クリティカルアサシンを目指しているそうなんで。最低限のグロリアを修めて、アクアベネディクタを覚えているから、アスペルシオは取るとして、と。
話している内に、なんつーか、こう。雲行きが怪しくなる気配がした。
「覚えてろよ、俺はお前より強くなるからなー」
なんで話がそっちに行ったんだ?てゆーか、俺が先に転職したのをそんなに根に持っているのか?
「ジェイド、そろそろ…」
「んー、飲むー」
酒盃を取り上げようとしたら、一気飲みされた。………それ、さっき注いだばかりじゃなかったか?
とろんとした目で酒臭い息を吐く。法衣の胸元がはだけているから、全身赤くなっているのがわかる。そういえばかなりの勢いで飲んでいた。いつもは飲んでも少し酔えばお開きになっていたから、俺はこいつの限界を知らない。
しまった。………すでに手遅れかもしれない。
「ウォルー」
「あぁ、はいはい。もう帰ろう」
「飲む」
待てや。
酒瓶を抱えるのを引き剥がすと、俺の手にある酒瓶を追うように俺に崩れかかってきた。
ぐでんぐでんじゃないか。
「帰ろう、ジェイド。飲み足りないなら、帰ってから飲もう」
酒瓶を後ろ手に隠して、もう一方の手で抱え込むように言うと、それには大人しく頷いた。
気が変わらないうちにと慌てて酒代をテーブルにおいて、肩に抱え上げるようにしながら引きずって店を出た。酔っ払いは重い…。
夜の空気はひんやりとして、俺の酔いは少し醒めたが。ジェイドには何の効果も無いようだ。半分寝ているような体は、寄りかかってくるというよりしなだれかかっていて、本当に重い………。
「ウォ…ルー」
「ジェイド、しっかりしろよ。お前の家どっちだよ」
いつも待ち合わせして狩りに出かけていたから、こいつの住んでいる場所を知らない。多分プロンテラのどこかだろうとは思うが。
返事は無くて、不明瞭なむにゃむにゃ言う声だけが返ってきた。
放っておくわけにもいかないし、仕方が無いから俺の下宿に連れて行こう。
「ほら、もちょっとしっかり立てよ」
「ん、……ウォル…サード」
返事なんだか何なんだか。とりあえずもう、ほとんど引きずりながら歩き出した。きっと明日になったら、靴が磨り減ってるとか文句言われるんだ。
「あんまり、………先に…行くな。……ウォル」
その言葉は、俺の胸に突き刺さって。ほんの少し、足が止まった。
月が出ていて、それだけでも明るい夜道を。もうそれ以上何も言わなくなったジェイドを抱えて、いや、引きずって。俺は自分のねぐらへ向かった。



安いだけが取り得の下宿の二階、ほとんど寝るためだけの荷物置き場と化している俺の部屋へ着いた頃。半分どころかジェイドは4分の3くらい寝ていた。
これを二階まで引き上げるのは大変だったが、後は寝床に放り込んでおしまいだ。
「ほら、ジェイド。着いたから。靴脱げ、後、法衣。……あぁ、寝巻きになるのあったかな?」
正体の無くなったジェイドを軽く揺さぶる。ほんの少し意識が戻ってきたようで、眠そうな目が薄く開いた。
「ん……ん」
よろけながらも自力で立とうとしているらしい。俺に寄りかかったままでも、少しだけ軽くなった。
「とりあえず、お前はもう寝ろ。しわになるから法衣は…」
「ウォル…」
寝台に、押し出すように移動させようとして。少し、気を抜いていた。のだと思う。一歩踏み出しかけていたから、俺の足元も少し不安定だったのかもしれない。
いきなり倒れ掛かってきて、というか、抱きついてきて。俺は支えきれずにジェイドごと床に崩れ落ちていた。
目の前には天井とジェイドの頭のてっぺんが見える。一瞬状況把握が出来なかったが。仰向けに倒れた俺の胸の上に、ジェイドが倒れこんでいる。
「おい、ジェイド。寝るならあっち」
寝台を指差しながら言うと、とろんとした焦点の合わない目が胸元から俺を見上げた。
「ウォル。……俺は、いらない…か?」
「何…を」
言葉が詰まった。酒に酔った赤ら顔が、それでも切なそうに、泣きそうな表情をして俺を見ている。
「強くなる…から、……守れるくらい、強く」
潤んだ目が、近付いてくる。俺の胸の上を、少しずつ這い上がるように、すがるように。熱い息が顔にかかって。
こいつに深酒させると危険だ。
「だから、………置いて…いかな……」
触れるほどに近付いていた唇が降りて、俺の唇に、ジェイドの熱い唇が触れた。
バランスを崩したようにそれは横にずれて、俺の頭の脇へ、肩口にうずもれるように落ちた。
本気で寝入ってしまったらしい、ジェイドの呼吸音を聞きながら。俺は、熱くて柔らかかった感触の残る口元を押さえて、どうにもできずにいた。
これは別に、力尽きて落ちてきただけの衝突事故みたいなものだ。だから。
熱いのは、酔っているジェイドの体温のせいだ。心音がうるさく響くのも、ジェイドがぴったりとくっついているから二人分聞こえるんだ。それだけだ。いや、絶対。
こいつを、ここまで酔わせたら駄目だ。
二度と深酒させない事を誓おう。こいつ酔うと危険だ、危ない。危なすぎる。
だって、こんな奴を可愛いだなんて思うんだぞっっっ!!!!!
あぁ、けっこう知っているつもりだったのに、新しい一面を見たよ。
酔うとやけに可愛くなるとか。
………いや、そんな事はいいから。
本音、かな?と思う。そう思えば、やっぱり可愛いと思ってしまうのは仕方が無いだろう。
「置いて行くつもりなんて無いよ」
俺の上で寝息を立てる背中を、軽く叩く。返事は、ぷしゅー、とかいう鼻息だったが。
「お前が居てくれないと、調子出ないんだ。俺は待ってるからさ」
待っているから、追いついて来いよ。
しばらくそのままでいて、もうどうやってもジェイドが起きそうになくなってから、ひっぺがして寝床に放り込んだ。
靴は脱がしたし、法衣はたたむのも良くわからなかったんで椅子にかけておいた。
で、俺は。マントに包まって床で寝ている。
まぁ良いよ。なんでだかまだ熱い気がして、床の冷たさも気持ち良いから。明日になったら体中痛くなってるんだろうけど。
明日になって、ジェイドが二日酔いにでもなっていたら。……なってるだろうな。賭けても良い。その時は、狩りに行くんじゃなくて露店でも出しに行こう。
その売り上げで、今度は美味いものでも食いに行こうよ。
二日酔いの間は看病してやるから。元気になったら、また、どつき漫才でもしながら狩りに行こう。



ジェイドはもう離れているのに、いつまでも体は熱くて、心臓の音がうるさかった。
少しだけあいつを見る目が変わりそうなのは、転職したせいの見た目の変化からだけじゃ無い気がする。
だけどまだ、その理由なんかは知りたくない。
俺のそばに居てくれるプリーストは、負けず嫌いで意地っ張りで。気が強くてちょっと何考えてるのかわからない。
お前の事で俺が知っているのは、今は、それだけで良いんだ。

2004.1.23

あとがきっぽいもの

なんだか、ウォルサード視点の方が書きやすいみたいです、私…。
三人称の書き方も練習しなければ、いつか己の首を絞めそうな予感がひしひしといたします。

ジェイドがもうウォルの事好きっぽいですが、あれはただたんに負けず嫌いの意地っ張りが本音を吐露しただけかとw
どっちが先に好きになったか?というのは、自分でもわからないもので。なんとなく、同じペースで惹かれあったんじゃないかなぁと。思ってみたりしながら、それが希望だったりしますw
二人のどっちにも、負い目とか持たせたくない親馬鹿です(^^;
まぁ、ジェイドの方が先に好きになっていたのでも構わないんですが。
ウォルサード鈍いから、そうしないと話が進まないかもしれない…(これ以上過去に遡るつもりなのか

あぁ、それにしても。エロシーン無いと早く書けるんだな…=■●_

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