ナイフ

俺の所属しているギルドは、いわゆる商人ギルドというやつだ。
名前はドゥマン。「明日」とか、そういう意味と聞いた。どこの国の言葉かは知らないが。なんとなく明日には希望があるだろう?と、マスターが言っていた。今日が辛くても、明日は良い事があるよ、と、彼は良く言う。
ちなみに、ギルドの宿敵はホルグレン。募集かけたら、ありとあらゆるギルドが共闘してくれると思うが。
構成員は商人にブラックスミスにアルケミスト…。製造家を目指していたり、戦闘特化を目指していたりと。職業が限定されている割には、それなりにバラエティに富んでいる。
で、俺は戦闘BSなんてものをやっている。最初は剣士目指していたはずなんだがなぁ。どこで何をどう間違えたのか。まぁ、人生色々ってやつだね。
一人じゃにっちもさっちも行かない頃には、マスターには随分世話になった。今はもう、半製造半戦闘のマスターを追い抜くくらい強くなれた。……と、思う。近頃は純粋に製造するための鍛冶屋を目指している、同輩や後輩達の修行の手助けも出来るようになったから、これが恩返しみたいなものかと思う。
特にマスターの狩りの手助けが出来るようになれたのは嬉しい。子供っぽい感情かとは思うが、俺の持つ属性斧には全部、彼の銘が入っているから尚更だ。
物を作る事が出来ない俺には、戦う技能を捨ててでも鍛冶屋としての技を磨く彼らは、尊敬の対象なんだ。たとえ狩場で何も出来なくとも、彼らが鍛える一振りの武器は何ものにも変え難いと思う。
属性武器が無ければ、俺はけっこう役立たずだと思う。頼もしい相方がいても……。
ありがたい事に、相方って奴がいる。
知り合ったころ俺はまだ商人で、あいつはアコライトだった。ずいぶん長い付き合いになる。なんで俺なんかと組んでるのか今一わからないが。支援特化のプリーストなら引き手あまただろうに。俺なんかじゃなくて、もっとこう、騎士とかアサシンとかハンターとか。ウィザードだって良い。俺よりもっと殲滅力のある職の奴と組めば、とっくの昔に俺よりも遥か先を歩いているだろうに。
気が付いたらあの野郎はエンジェラスを全て修めていた。俺が体力馬鹿だからか?
いや、だからまぁ、感謝してもしきれないんだけども。
別のギルドに所属している相方のプリーストは、いつまで俺の相方でいてくれるのか。と、たまに不安にもなる。
相方ってだけでなく。気の合う友人ってだけでなく。
コンビ解消されたら、へこむどころの騒ぎじゃないんだが。………正直な気持ちは、言えそうにない。
気持ち悪いだろう?
男同士で、………男から好きだ何て言われたら。



製造BSを目指している後輩の商人を鍛えるために、ミミズ狩りに行く事が多いので最近はモロクが溜まり場になりつつある。
拠点がそんなもんだから、相方と二人で狩りに行く場合はスフィンクスかピラミッド。
そんな訳で今日はスフィンクスダンジョンに篭ってきた。マルドゥークから神官の手袋でもぶん取れないかと思ったが、無理だった……。いや、俺が欲しいんじゃなくて、相方のために、ね。必要かどうかは聞いて無いが……。
「サフラギウムとアスペルシオ、どっちを修めるのが有効だろう?」
モロクの街に入ったとたん、難しい顔をしていた相方が言った。
そういえば職業の格が一つ上がっていたっけ。
「お前のギルド、魔術師もいるんだろ?アスペは今のままで十分だと思うし、ギルドで支援するならサフラ完璧にしていた方が良くないか?」
ジェイドの、相方のギルドは来るもの拒まず去るもの追わず。…としか思えないのんびりしたギルドだ。マスターの女騎士を筆頭に、魔術師が居たり暗殺者が居たり弓手がいたりと賑やかだ。
ただ商人系だけは未だにいないらしく、よく代買いやら代売りやら頼まれる。珍しいものは一度預かって、こっちのギルドの面子で手分けして露店売りしたりしている。代わりに武器を作るのに必要な材料を安く売ってもらったりもしているから、最初は俺とジェイドだけでやり取りしていたのが、いつの間にかギルドぐるみで交流するようになっていた。
良い関係のギルドだと思うが、その分、向こうのギルドで一番の支援プリーストをほぼ独占している状況なのが申し訳なくなる。
俺がそんな事を思っているとは知らないだろう、ジェイドはサフラギウムを補完する事にしたらしい。
「そういえば、お前はどうするんだ?」
「へ?」
うすらぼんやりと横顔を眺めていた俺はちょっと焦った。
造形が良いと、男でも女でも見ていて飽きないんだ。
「マキシマイズパワー覚え切ったって言ってたのは、随分と前だろう。戦闘系の技能は網羅してるんじゃないのか。これからは何を覚えるつもりなんだ?」
「あぁ、まぁなー。どうしようかと思って…。鉱石発見の技能でも取ろうかなぁ」
器用さは攻撃が当たる最低限、運に関してはこれっぽっちも無い。製造は完全に諦めている分、中途半端に修めているメマーナイトでも鍛えようかと思っていた。ただ、金がかかる攻撃なもんでめったに使わない。ので、メマーにつぎ込むのも勿体無い気がして、なんとなく覚えられる技能の数を貯金している状態になっている。
なんて事を言っていると。
「短剣くらい造れるようになったらどうだ」
「いや、それ、かなり無駄じゃ…」
「ブラックスミスになった以上は一つぐらい製造技能を持つのが筋だろう!」
無茶苦茶ですが。
「短剣作るよりは、鉄作ろうとして失敗する方が被害が少ないんじゃ…」
「くず鉄になってゴミになるのはどっちも変わらないだろう?せめてナイフを作れ、ナイフを。それなら一手間増えるだけで被害は一緒だ」
もの凄い勢いで押し切られ、けっきょく短剣製造の勉強をする羽目になった。
………なんでだ?



「そうかー。ウォルサードもとうとう製造技術を身につけたか」
うちのギルドマスターであるところの銀髪のブラックスミス、ラヴニールさんが朗らかに言う。
温和を絵に描いたような人で、ヤシの木陰でにこにこしながら祝ってくれたが。………これで良かったんだろうか?
「そういう事なら、装備は貸すよ?…材料は揃ってるかい?」
「材料については御心配無く。金敷きも金槌もすべて揃ってます」
「いつのまに!?」
「俺だって無駄にお前をそそのかした訳じゃない」
ジェイドが勝ち誇ったように言う。………途中でカプラに寄ったのはそのためか?えぇ、おい?
俺たちのやり取りなんか関係なく、ラヴニールさんが鞄から色々取り出してくれる。
「これと、これ…と。……矢リンゴとウサギ耳とどっちが良い?」
「………矢リンゴにしてください」
ジェイドが舌打ちしやがったが、何を期待しているんだ…。
借り受けたものは、名射手のりんご、クワドロプルデクストロースナイフ、ラッキセイントローブ、硝子の靴、ニンブルクリップが二つ。
装備してみたが、ありえない…。
とゆーか、似合わないだろう!!!
「作るのはナイフかい?材料あげるから、いっそマインゴーシュに挑戦してみたらどうだい?」
「ナイフで良いですよぅ…」
ジェイドから受け取った鉄とゼロピーをこれほど重く感じた事は無いのに、これ以上精神的な重圧を増やされちゃたまらない。
「何を黄昏てる。いくぞ」
地面に置いた金敷きを前に、己の現状に疑問を抱いていると、ジェイドがブレッシングの詠唱を始めた。狩りに出かければいつもかけられるブレスには慣れている。少しくすぐったいような、自分の感覚が広がる感じが心地良い。続いてグロリアの詠唱が聞こえた。
狩りの最中のグロリアは、騒音にかき消されてその旋律を落ち着いて聴いている余裕は無い。
祝福の歌に包まれて、ジェイドの低い歌声に思わず聞きほれていた。
「ぼんやりするな。効果が切れる前にとっととやれ」
「……………」
少しくらい余韻に浸らせてくれ。
軽く深呼吸して、腹を決める。逃げようも無い。失敗したら、それはそれで良い。………ジェイドも諦めるだろう。
装備で底上げしているせいか、いつもよりも鋭くなっているような気がする感覚の中で、持ちなれない鎚を振るった。



狩りで味わう緊張感は好きだ。
強敵と対峙して死にかけるのも気にならない。むしろ、それくらいのギリギリを味わいながら、勝った時の感覚は癖になる。俺と違ってヤワなジェイドを庇いながら戦う、気の抜けない緊張感は好きだ。
だけど、この。製造する時の緊張感は………。
ミノさんとタイマンしている方がマシだ。
「なせばなる、だな」
「………ただの奇跡だろう?」
俺を見下ろしながら言うジェイドに、ぐったりしながら答えた。
座り込んだ俺の目の前には、砕けた金槌と、金敷きの上に出来上がったばかりのナイフが一振り。
「ウォル…」
「悪い。……少し休ませてくれ」
気疲れが、もう。ここまで精神的に消耗するとは思ってなかった。
そばに居て欲しい人ではあるんだが、今は少しだけ、ぼーっとしていたい。
特に渋る事も無く、ジェイドは俺から少し離れた所に腰掛けた。ラヴニールさんと何か話し込み始めて、ほっとする。
なんだか手にするのが怖くてほっておいたナイフに視線をおろす。それは出来たてで、これから砥がなければナイフとしての実用性は無いのだろう。刃の部分に鋭さは無く、鈍く光っていた。
恐る恐る手に取ってみた。これでぽっきり折れたらお笑いだなと思ったが、そんな事にはならなかった。手の中にわずかばかりの重量で、存在感を主張する。軽いはずのナイフが、まったく軽く感じないのは、自分で作ったせいだろうか。
改めて、思う。……………人様が作ってくれた武器は大切にしよう。
二度と造らねぇぞ。こんな疲れる事するくらいなら、24時間耐久狩り我慢大会していた方がマシ。死にそうだが、死ぬ方が楽。てゆーか、多分そんな真似しても俺は死なない気がする。………体だけは異様に頑丈だから。
ちょっと情けなくなったが、そうするとこのナイフは世界に一つだけの、俺の名前が入った武器になるんだな。
ただのナイフで、特に強いわけでも、属性が付いているわけでもない。今時りんご剥くくらいしか使い道は無くても。俺がもう一度何か造ってみようと思わない限り、俺の銘が入っている武器はこれ一本きり。
そう思うと、流石に感慨が湧いてくる。
手袋の綺麗そうな所を探して、鉄くずの粉が残っている刀身を拭いてみた。それで何か変わる事も無かったが、なんとなく。自分の名前が少しだけはっきり浮き上がった気がした。
目の前で角度を変えながら眺めると、きらきらと光を反射する。
………これを、どうしようか。
「初めて製造に成功した気分はどうかな?」
見上げると、傍らに来ていたラヴニールさんの穏やかな笑顔があった。
「疲れた……」
「ははは。…でも、悪くないだろう?」
悪くない。………確かに、悪くない。必要以上に緊張して、やたらに疲れたが。何かを造れるのは、決して悪い気分じゃない。
でも。
「やっぱりこういうのは、性に合わない」
頭を掻く俺を、笑いながらラヴニールさんは見ている。その隣にジェイドが居て、こいつも笑いやがるし…。
「どれ、砥ぎは僕がやろうか?」
「あ、その前に。…ジェイド」
微笑んだまま身を屈めて俺に手を差し出してくれるのを、思わず制止した。小首かしげながら一歩近付いたジェイドに、ナイフの柄を差し出す。
「お前さんの成果でもある。確認しとくか?」
俺の差し出したナイフを、ジェイドは黙って受け取った。
本当に、餓鬼みたいだってのは良くわかってる。それでも、俺以外の誰かの手に渡す前に、ジェイドに触れて欲しかった。
俺のナイフを間近にして、しげしげと眺めている。刀身を指先で撫でるあいつを眩しいと思ったのは、刀身に反射した光の所為ばかりじゃない。
「刃物の良し悪しはわからないが、………良いんじゃないか?」
俺を見下ろしながら笑顔が言った。
あぁ、………これか。
「製造は癖になるだろ?」
俺の表情を見ていたのか、ラヴニールさんがくすくす笑いながら言う。
自分が造った物で、誰かが喜んでくれる、笑ってくれる。二度と造るもんかとまで思った疲労感が、気持ちの良い達成感に変わる瞬間。
みんなこの瞬間の為に頑張っているのだろうか?
この感覚を味わうためなら、確かにどんな苦労も耐えられそうだ。総てがこの瞬間に報われるのなら、血ヘド吐きながら化け物に殴りかかって、何度も失敗を繰り返して震える拳を握り締めても。気の遠くなる同じ事の繰り返しの上に、たった一振りの武器を造り上げた瞬間の、俺の仲間達の笑顔には合点がいった。その上で、改めて。あいつらを尊敬する。
そして、俺は首を振った。
「気分は良いけど。向いてないよ、俺には。………緊張しすぎて吐きそうになる」
二人して笑われた。
だって仕方が無い。本当なんだ。
たいして時間は取らせないから、と。ラヴニールさんはジェイドからナイフを受け取って立ち去った。それを見送ってから、ジェイドが俺の隣に腰掛ける。俺は金敷きを蹴りながら足を伸ばした。
「お疲れさん」
何が楽しいのかわからないが、楽しそうにジェイドが言った。
「本当に疲れた、もうゴメンだ」
「無事に造れたのに?勿体無い、もうあと二三本造ったらどうだ?」
「使い道もろくすっぽ無いのにか?それこそ勿体無い」
そう言うと、何だか不満そうに口の中でブツブツ言っている。
自分の名前の入ったナイフなんか、ブラックスミスにとっては言ってみれば名刺のようなものだ。名刺一つ造る度に、こんなに消耗してたらやってられないだろう。
名刺配り歩く趣味も無いしな。
あぁ、でも。
「本当にできるとは思わなかったー」
天を仰いで言った俺に、ジェイドが笑う。
「俺が付いていて、そうそう失敗なんぞさせるものか」
「だってお前なぁ、俺の運は皆無だぞ?知ってるだろ」
自慢じゃないが、本気で運は無い。欲しい物は自力で拾うよりも、買った方が早いくらいだ。
「俺の祝福を受けて運が無いとは、言ってくれるな?」
口は笑っているが、目が笑っていなかった。
いやそれ、怖いから。
思わず身を引くと、とたんにジェイドは笑い出した。
「まぁ良いさ。だいたいナイフなんて一番簡単なもの、失敗する方がよっぽど確立は低いんだ」
笑いながらジェイドは続けた。
「金敷きまで用意して、これで失敗したら。そっちの方がよほど強運だぞ」
運の無さに助けられたのか。凡人バンザイだね。
うちの面子が武器を鍛える時には必ず来てもらっているとはいえ、俺より詳しくなってるな、こいつ。
なんだっけ、こういうの。………門前の小僧、習わぬ経を読む。だっけ?
やべぇ、似合いすぎ。
狩りで疲れた後にまた気疲れして溜まった疲労が、少しずつ消えて行く。我ながら単純だと思う……。
たわいも無い事を話している間に、ラヴニールさんが戻ってきた。本当にたいした時間はかかっていない。
「お待たせ」
そう言って渡されたナイフは、革で出来た鞘に納められていた。
見上げれば、やはりそこにはラヴニールさんの笑顔がある。
「ナイフの鞘は作り置きが残ってたからね。残り物みたいで悪いんだけど、まぁ、お祝いって事で受け取ってもらえるかな?」
こう、なんというか。良いだろうか?
……………すげぇ、嬉しい。
ありがたく頂く事にする。抜き身のままにしておく訳にもいかないし、そもそも俺にはこんなもの作れそうにない。
縫い目の几帳面さが人柄を偲ばせる。鞘から抜き出すと、鋭利に光る刃が現れた。こういうの持ってポリン叩いていた頃もあったなぁ。すぐに刃こぼれして、切るんじゃなくて最終的には殴るのに使ってたけど。
切れ味の良さそうな短い刃に、懐かしい気持ちがこみ上げてきた。
「俺も見せてもらって良いか?」
「ん、あぁ」
鞘ごと渡すと、やけに嬉しそうに眺めてくれる。
「刃が入ると途端に本物っぽくなるな」
「偽物っぽいってのはどんなナイフだ…」
嬉しそうな顔をしてくれるから、こっちも嬉しくなっていたのに。なんでそう人の気をそぐ事を言うのか…。
いや、まぁ。そんな事言いながら嬉しそうにはしてくれているんだが。
「あのさ、そのナイフ…」
鞘に戻すジェイドの手元を見ながら言う。
「良かったら貰ってくれないか?」
ジェイドは驚いた顔をしている。ラヴニールさんも、おや、という顔をした。
「お前、…だって。二度と造らないって言ってたじゃないか。記念品なんだから自分で持っていた方が良くないか?」
「自分の名前入りナイフ持ってたって仕方ないじゃないか」
「法外な値段をつけて露天に並べて見せびらかすって手があるけどね」
………ラヴニールさん。最近露天商サボっている俺へのあてつけですか?
ナイフ押し付けてくるジェイドの手を、ナイフごと握って押し返す。
だから、持っていて欲しいんだけど。どう言おうか。
「そりゃ、お前は短剣使えないし、邪魔なだけかもしれないけど。………日ごろの感謝の気持ちって言うか、なんて言うか…」
ナイフの押し付け合いしながら、言い訳を考える。
お前が好きだから持っていて欲しいんだ。と、言えたらどれだけ良いか。ちょっとだけ、ラヴニールさんがこの場にいるのが恨めしい。
いつかコンビを解消されても、ジェイドが俺の名前入りのナイフを持っていてくれたら……。とか、色々思うところもあるのだが。単純に、ジェイドが持っていてくれたら嬉しいんだ。
ジェイドは困ったような顔をしながら、俺が押し付けたナイフを見ている。
………やっぱり迷惑だろうか。
「本当に良いのか?」
「お前が持っててくれれば、俺は嬉しいから」
表情はけっこう豊富、それでも何を考えているのかわからない。て言うか、何を言い出すのかわからないから、何を考えているのかわからないと思われる。ジェイドはそんな奴で、今も、驚いているんだか、呆れているんだかわからない顔で俺を見ている。
「そこまで言うなら、大人しく受け取っておくよ…」
「いや、迷惑なら無理にとは……」
受け取ってくれると言われると、とたんに気弱になる。
いや、なんかあんまり嬉しそうに見えないし。
「何を言うか、これは俺が預かる。取り戻したくなったら言え、それまではお守り代わりにでもして始終持ち歩いてやる。運は落ちそうだけどな」
「一言多いって…」
「運が尽きて自害しなきゃならなくなった暁には、このナイフで喉掻っ切って死んでやるから喜べ」
「喜べねぇ!つか、寝覚め悪いから止めろ」
色んな思いを込めて渡したいっつーに、どうしてお前はそうなんだ?
なんで俺はこんなの好きなんだろう………。
ただ、言葉とは裏腹に、大事そうにナイフをしまっている。
だから、だと、改めて思う。
わかりにくい言葉の本当の意味。言ったとおりに、こいつはいつも持ち歩いてくれるだろう。死ぬまで、きっと。
空はこれ以上無いくらい晴れ渡って青くて、乾いた風がたまに巻き上げる砂が鬱陶しいけど。
初めて作れたナイフとか、それを受け取ってくれる奴だとか。
気分が良いから、何もかもが、全部幸せに感じる。
「あぁ、でも。ナイフの代わりに、お前にやれるものが無いな…」
「いつも貰ってるから、良いよ」
きょとんとしている。そうだろうな。
でも、本当に貰ってるから。
「一緒に居て、支援魔法貰ってるから、それで良いんだ」
妙な顔して、欲の無い奴と言う。
欲はあるさ。お前にそばに居て欲しいって。
出会えた事とか、今もここに居てくれる事とか。俺の運が全部それに使われているなら、それでも良いや。
化け物倒して手に入るレアとか、拾ってお前にいなくなられるくらいなら。一生貧乏暮らしで良い。
で、俺のナイフを、お前が持っていてくれるなら。
それだけで今は幸せだよ。

プロンテラの大聖堂近く。俺のギルドの連中が、無意味に集まってたまに談笑しているのだが。今日はまだ誰も居ない。
日が落ちきるにはまだ時間もあるから、それぞれ好きなように時間を過ごしているんだろう。
気に入りの街路樹の下に腰掛けて、一振りのナイフを取り出した。鞘から抜いて刀身を眺める。
ウォルサードの、名前の入ったナイフ。
短剣でも造れるようになれと言ったのは、これが欲しかったから。
一つでも、あいつの物が欲しかったから。
まさか本当に、初めて作った一本目をくれるとは思わなかったけど。
何を考えてるんだか。何本か作らせてから、強請るつもりでいたんだが。
一緒に居て、支援魔法貰ってるから、それで良いんだ。……て。
ずっとそばにいて良いのかな。離れるつもりなんか無いけどね。
「あー、ジェイド。久しぶりー」
顔を上げると、赤毛の女騎士が手を振りながら近付いてくるところだった。
俺のギルドマスターで、今日はペコペコは置いてきているらしい。小柄で可愛い人なんだが、多分戦闘になったらウォルサードよりも強い。
「久しぶり、ミレス」
ここのところウォルと向こうのギルド要員の育成手伝いをしていたから、プロンテラに戻るのも久しぶりだ。
ミレスは向かいに座ると、俺の手元に視線を落とした。
ナイフなんか持っているのが気になったらしい。
「ふふふ、ウォルサードの初製作品だ。見る?」
「なにー?巻き上げてきたの?」
「失敬な。奴がくれると言ったんだ」
「ほんと?良かったじゃないー」
俺の渡したナイフを、自分の事のように喜んでくれながら見ている。
「ずっと欲しがってたもんね。技能覚えさせたんだ」
笑いながらそう言う。
俺がウォルサードの事を好きなのは、いつの間にかとっくにばれていた。
誰かに相談するつもりはなかったんだけど、知られているなら別に構わないんで、たまに愚痴ったりなんだり。
で、気が付いたらギルド内で俺の片想いは周知の事実となっていた。
まったく、気が付いて欲しい奴は全然気が付いてくれないのに。世の中はこういうもんなのかな。
ありがたいのは、特に変な目で見る奴も居ないって事か。最初は引かれはしたが、今はとりあえず応援してくれるのがいささか複雑だ。
「砥ぎと鞘は、ラヴニールさんの作だけどね」
「あぁ、どうりで。良い出来な訳ね」
刃を確かめていたミレスにそう言うと、納得したように笑った。彼女の持つ両手剣には、数本ラヴニールさんの名前の入った物がある。
露店でもっと良い物を買う事はできるけど、どうせ持つのなら知っている人の名前が入っている方が良い。その方がなんとなく安心する。と、ミレスは言う。
杖しか持つつもりが無い俺には、たまにそういうのが少し羨ましい。
だから尚更、ウォルサードの名前の入った物が欲しかった。
「後、ラヴニールさんから…」
と、俺は渡されていた小袋と紙片を渡す。
必要無くなった装備とか珍しい物を露店売りしてくれた、売り上げと何が幾らで売れたかのメモだ。
「あー、ありがとう。…いつもすいません、て、今度会ったら伝えておいてね」
「うん、それと。アルケミストになった子が、色々作れるようになったから。それの材料になるものも良かったら買い取らせてくださいってさ」
「それくらいな喜んで、って伝えておいて」
ギルド間での交流はもう長いことしているから、直接ミレスが出向く事もある。だが一番入り浸っているのは俺だから、自然と言付けや使いは俺の役目になる。
自分のギルドは気に入っていた。ただ、あの商人ギルドも居心地が良い。
ウォルサードがいるから、ってばかりでなく。ラヴニールさんの存在も大きい。
ミレスは俺にとって姉さんのような存在だけど、ラヴニールさんは兄さんのようだ。
もう少しギルド同士が近い場所を拠点にしてくれないかと思うけれども、それぞれ事情もあるから我侭も言えない。
隣同士くらいに近ければ、毎日だってウォルに会えるんだけどね。
「それで、少しは脈があるのかな?」
そんな事を考えていたら、俺にナイフを返しながらミレスに言われた。
「脈も何も、いつもと変わらないよ。成果はあったけどね。だからどうって訳でも」
返ってきたナイフをひらひら振りながら答えると、ミレスははぁと溜息をついた。
「ウォル君も鈍いからねー」
目一杯見抜かれているな。
俺と同じように、やっぱりこっちのギルドに入り浸っているウォルはすでに全員と顔見知りだ。
そして恐らく全員から「早く気が付けこの馬鹿」と、視線が刺さっているはずなのに気が付こうとしない。
ギルドメンバーが応援してくれるのは、たまに俺が憂さ晴らしのように不穏な言動をするためかと思う。みんな自分の身が可愛いのだろう。
「そーゆー鈍い所も、良いんだけどね」
やれやれと肩をすくまれた。
「ウォル君も鈍いけど、ジェイドも鈍いよ?」
「俺の?どこが?」
それは心外だ。
「熱い視線送ってる女の子、結構たくさんいるの。気が付いてる?」
「………まぁ、この美貌なら当然ちゃ当然かな」
かなり本気で言ったら、げんなりされた。失礼な。
顔にはそこそこ自信はあるが、落としたい男が落ちないんじゃ意味が無い。
と。
「まさかそれ、ミレスがそうだとか言わないよな?」
「冗談じゃない、止めてよ。あたしの理想は頼りになる旦那様なんだから」
「それはそれで失礼な物言いじゃないか?」
「そうかしら?だいたい今更ジェイドやウォル君を恋愛対象には見られないわよ」
それを聞いて一安心。マスターとウォルの取り合いなんかしたくない。
………マスターとウォルで俺の取り合いをしてくれるなら見てみたいが。
「あたしのエンブレム見て、同じギルドだってわかるんだと思うけど。ジェイドさんはどうしてますかー、とか。聞いてくる女の子、結構いるんだからね」
「へぇ、………臨時で一緒になったような子かな?」
「多分ね、知らないけど。まさか男に片想いしてますとは言えないでしょ?乙女の夢ぶち壊してるんだから、早いとこまとまっちゃいなさいよ」
「俺の意思だけでそうなれたら、とっくにまとまっているが」
やたらに深い溜息を吐かれた。
「もうそろそろ何とかしたら?……酔い潰して襲っちゃえ」
「無茶なことを…」
とはいえ、それも一つの手かと思う。
一緒に行動している時間は長いが、どうにも好きだとか言えるタイミングが無い。そばに寄ろうがくっつこうが、どんなに見つめたって気が付いてくれないのだし。
酔っ払えば俺も思い切れるかもしれないし、な。
なまじ相方暦が長いと、今更そうそう良い雰囲気も作れない。作っても気が付いてくれないしな。
一目惚れとかだったら、もう少し勢いに任せて何とかなっていたかもしれない。玉砕して今頃は別々の道を歩んでいた公算が強いが。
気が付いたら好きだった場合、すでに良好な関係を築き上げていると、その先どうにもできなくなる。
柄にもなく、何も出来ない。
ギルドの中では愚痴も言えるし、あいつの良い所を上げ連ねて勝手な惚気もほざけるが。
今更、という気持ちが強い。言えないままずるずると今日まで来て、俺の愚痴を聞かされるギルドの連中もそろそろうんざりだろう。
ミレスが、代わりに言ってあげようか?と言うのを辞した。その提案は初めてのものではないけれど。気遣いだけ受け取っておきたい。
「あいつがどんな顔するか見ものだから、言う時は自分で言うさ」
「そう言って、言えてないじゃない」
そうだけどね。
自分の事なら自分で片をつけたい。
せめて格好つけて、あいつの前では堂々としていたい。
肩を並べて歩けるように、そのために頑張ってきたのだから。背中を任せてくれる、俺を誇ってもらえるように。
「意地っ張り、見栄っ張り。苦しいくせに。泣き言ならいくらでも聞いてあげるから、頑張んなさいよ」
ウォルへの甘えは屈折してると自分でも思うけど、ミレスには素直に甘えているのかもしれない。
ありがとう、姉さん。
同い年で姉扱いすると怒るので、心の中で言っておいた。
いい加減そろそろ気が付けよ、と思い。俺もそろそろ踏ん切りつけないとな、と思う。
もうすぐきっと限界だと思うから。
俺が思い余って、本当にこのナイフで首掻っ切る前に。
このナイフだけでも十分すぎるくらいに嬉しいけど。
お前が欲しいよ、ウォルサード。

2004.1.30

あとがきという名の駄文

無駄な部分が異様に多い………。
実は各ギルドマスターの顔見せだったりとかなんとか………。
じみじみと他のギルメンの設定も出来上がったりしてきています。双方それなりに人数のいる(設定の)ギルドなので、全員の設定を決めるつもりは更々ないですが;
BSとアルケミストは男でも女でも萌えられるので、ウォルサードのギルドは私にはハーレムです(’-’*
でもなんとなく、この二人以外はホモにもレズにも走ってくれそうにないので。他のギルドメンバーが出てきたとしても端役程度の扱いになるんだろうなー。
そしてジェイドをそそのかしたのはギルドマスターでしたとさw

なかなか外見の決まらない二人ですが、無理やり決めてみました。
すでに出来上がっていたイメージが壊れる場合は無視してください(^^;

ウォルサード  csm:bm10d201
ジェイド csm:4n0a7030b2
ラヴニール csm:bl080d204
ミレス csf:4n0e80g092

メインの二人よりも先に、マスター達の外見が決まっていた事は秘密です・・・。

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