仮初に思い立ちて

たまに少しずるいと思うのは。
あいつには造れる物があって、俺には無いという事だ。



プロンテラの南の入り口から、ぼんやりと露店を眺めて歩いて。気が付けば噴水前まで来ていた。
欲しい物は見当たらない。
そもそも何が欲しいのか、それすら俺にはわからないというのに。
当人に聞いた所で、きっと。………俺がいれば良いとか、そんな事を言うに決まっている。
と言うか、散々言われて今更あらためて聞く気にもなれん。
貰ってばかりで、少しくらいは返したいもんなんだが。
贈られた物が、ずしりとした重みで。腰のベルトの後ろに挿したダマスカスが存在を主張する。
法衣の上からそれを押さえれば、微かな温かみが伝わってくるようで。
無茶をしてこんな物を造られては、生半可な物じゃ返せないじゃないか。
いったい、何があいつには似合うんだろう。
女相手の贈り物なら、簡単に思い浮かぶんだが…。
無骨な戦闘型のブラックスミスが、欲しがる物はなんだろう?
あいつにダマスカスを貰って以来の俺の悩みは、個人的な目標期日の4日前になっても解消できないでいる。



「お返し?………それはやっぱり、ジェイドが大きなリボンを頭につけるだけで良いんじゃない?」
露店を眺めていたその足で、そのままギルドの溜まり場へ行ったらマスターと後輩のアコライトの少女がいた。
んで、女性の意見も聞いてみようと思ったら。その返事が、これだ。
苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう俺と、顔を赤くしているアコライトのアテラに見られながら。マスターの女騎士ミレスはニコニコとしている。
「………それじゃ何時もと変わらん」
「え?リボン付けてして…」
言いかけた所でヘルムの上から手刀を落とした
流石にこれには突っ込みを入れねばなるまい。手加減したとはいえ、俺の手が痛いだけだったが。
「するか!」
「なんだぁ」
残念そうに言うな、残念そうに。アテラが更に赤くなっているじゃないか。
大人の会話はもっと遅い時間になってからにしろ…。
「じゃ、ジェイドは何をあげたいの?」
「………それが思い浮かばないから聞いてるんだ」
「ウォル君にねぇ……」
うーん、と唸って。ミレスも考え込む。
男と付き合っている事だとか、誕生日にファイアダマスカスを貰った事もこの二人には話してある。誕生日がバレンタインだったのもあり、できればいわゆるホワイトデーには何か返したいのだと言う事も。
「ジェイドさんから貰えるなら、きっと何でも嬉しいと思いますけど…。でも、うーん」
柔らかそうな茶色い髪を揺らして、アテラも考えながら言ってくれる。ミレスよりはよほど真剣に考えてくれていそうな所が可愛い。
「そうなんだろうけどね。……返す物が簡単なものじゃ、悔しいじゃないか」
「………あんた、どうしてそう負けず嫌いなんだか」
ミレスが呆れたように溜息を吐いた。
「ジェイドさんが、ウォルサードさんに持っていて欲しいものとかは。どうでしょう?」
「持っていて欲しい物?………いつも身に付けてもらえるなら」
「それじゃ、装備系かな?」
ミレスが言って、今足りていないような装備は無いかと聞かれる。
あいつもあらかた揃えていて、今更必要な物なんか……。
「あぁ、スロットの付いたグローブでもくれてやろうか」
「格が足りないんじゃ…」
控えめにアテラに言われて気が付いた。……まだ奴には扱えんな。
「そうすると……」
何が足りないのだろう?
いつも狩りに行く時の装いを思い浮かべる。カートを引いて、斧を持って。マントも羽織っているし、後は、オーク族のヘルム。
「………頭装備か」
なんで思い出さなかったのだろうかと、深い溜息が出る。
いい加減使い古したヘルムは、元からボロそうなのに更にボロくなっていたはずだ。
「ウォル君、まだオーク族なの?」
ミレスの問いに頷く。一緒に狩りに行った事はあるが、もう随分と前の事になる。良く考えたら、いったい何年あれを被っているんだ?あいつは…。
狩りに行くとき意外は外しているから、ミレスはまだウォルがオーク族のヘルムを使っている事を知らなかったのだろう。うわぁ、とか言われてるよ。
「んじゃ、マジェスティックゴートとかはどう?」
「そこら辺で考えるかな…」
山羊の角を模した被り物を装備している人をたまに見かけるが、重そうだなと思う意外に特に感慨も無かったんだが。
「買うお金が足りなかったら、少しくらいは貸すわよー」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
苦笑いしながら立ち上がって。頑張ってくださいとアテラが言うのに礼を言った。
何を頑張るのだろうかと思いはしたが。
ミレスにまた変な方向に会話を持っていかれたらたまらないので、早々に立ち去った。



頭装備、と。そうは言ってもその種類は数限りなくある。
冗談で面白い物を贈りつけても良いんだが、どうせなら実用的で役に立つ物の方が良いだろう。
何が似合うだろう。あの金髪と青い目の男に。
露天商がひしめくプロンテラの大通りで足を止めて、そこらの露店をのぞいてみる。
演劇の小道具なんか乗っけさせたら、そりゃあ愉快だろうが。お笑いで済ませるのもな。
改めて何か良い物を、と探すが。そう思うと中々無いものだ。
役に立って、そして、ウォルサードに似合うもの。
マジェスティックゴートは、それは役に立つだろうが。
狩りの時は大概、俺はあいつの背後に立つ。オーク族のヘルムの何が不満かといえば、あいつの金髪がろくに見えなくなるところだった訳だし。マジェスティックゴートなんて被らせた日には、もっと見えなくなるんじゃないか?
却下しても良いだろうか、ミレス。
他には何があるだろう?
人が装備している物で良く見かけるのは……、天使のヘアバンドとか?
そんな物、俺の方が欲しいぞ。
あぁ、でも。ウォルに被せたら似合うだろうなぁ。
ロードサークレットとか、…うん。
想像してみて、格好良いかもしれないとか思って。思わず頬が緩んでいたのに気が付いて少しムカついた。
少し歩くと露店に並べられているの物の中に、ボーンヘルムを見つけた。オーク族のヘルムよりは良いかもしれない。けれど。
どうだろうなぁ、これは。たいして変わらないんじゃないか?見た目が。
どうせなら、もっと、こう。
数歩先に進んで、それが目に入った瞬間。俺はウォルサードのギルドのマスターに耳打ちを送っていた。

―――珍しいね、どうしたの?
「すいません、お忙しいですか?」
―――モロクで露店開いているだけだからね、暇といったら暇だよ。

ラヴニールさんの、相変わらずのんびりした声にほっと胸を撫で下ろす。

「少しお聞きしたい事があって。…俺は相場とか詳しくないんで」
―――相場?うん、僕にわかる範囲で良ければ。

今目の前の露店に置かれている物と、その値段を告げる。
するとすぐに返事は返った。

―――それなら適正価格だね。探せばもう少し安く出ているかもしれないけど、だいたいそんな値段だよ。
「そうですか、良かった。……後、それと」
―――うん、なんだい?
「ウォルには、俺がこんな事聞いたっていうのは、黙っていて欲しいんですが…」
―――あぁ、良いよ。

笑っているような声に、少し照れくさくなる。
ウォルは確か今日は、狩りで溜め込んだ物を売りに出ているはずなんだが。

「ラヴニールさん、ウォル、今日はどうしてますか?」
―――僕の隣で露店開きながら寝てるよ。起こそうか?
「いえ、そのまま寝かせておいてやってください」

状況がありありと想像できて笑える。露天開くと退屈してすぐに寝るんだよな、奴は。
笑いをかみ殺しながらラヴニールさんに礼を言い。一つの露店へ向かった。



「キリヤ、行くぞ」
「どこへーーーーーーー!!??」
「安心しろ、グラストヘイムじゃない」
首根っこを捕まえたギルド仲間のアサシンが悲鳴を上げるのに、そう言ってやった。
それに今回は八つ当たりじゃなく、ちゃんと目的がある。
「へ?んじゃどこへ?」
「手っ取り早く金を稼ぐなら、どこだと思う?」
「え?……えーと」
ウサギのヘアバンドをつけた、青い髪がかしぐ。
「ミミックとレクイエム、どっちと喧嘩したい?」
「………レクイエムでお願いします」
青箱か、と、キリヤは呟いて肩を落とした。
古く青い箱。開けるまで何が出てくるかわからない、魔法のかかった過去の遺物だそうだが。そのまま店に売ってもそれなりの値段で売れるが、露店商人に買い取ってもらえれば結構な金額になる。
その箱を金に換えてウサギのヘアバンドを買ったのはキリヤだ。いい加減レクイエムなぞ見飽きているだろうが、場所柄、俺一人で行くのは少し辛い。
それとなにより、一人で行っては…。
「公平狩りじゃなくて良い。代わりに、箱が出たらくれないか?」
「良いけど、ウォルさんは?」
「そのために金を作りたいんだよ」
あーとかうーとか呻いている奴をパーティーに入れ、開いたモロクまでのポータルに蹴りこんだ。
一人で狩りに出たら、経験が、冒険者として身に付ける経験が増える。
今更これから行く場所で身に付ける経験で、ウォルとの差が出来るとは思わないが。それでも。
あいつよりも先に行く事も、置いていかれる事もしたくなかった。
白い光に包まれて行きなれたモロクは、いつもどおり乾いた空気で迎えてくれた。



欲しい物は決まった。それは良い。
ただ、手持ちの金が、少し足りなかった。
露店を開いていた商人、ブラックスミスだったが。そいつに頼んで、商品を取り置きしてもらったのは3日前。
キリヤを拘束して、スフィンクスダンジョンに篭ってからも、3日。

―――ジェイド、まだ用事って済まないのか?
「あぁ、もう少し。……待ちきれないか?」
―――邪魔にならないなら、会いに行きたいよ。

冗談めかした言葉には、溜息交じりの真剣な返事が返った。

「俺だって会いたいよ」
―――まぁ、待ってるけど、さ。
「明日になったら。…あぁ、明日は暇か?」
―――暇じゃなくたって、暇を作る。

本気そうだ。
少し可笑しくなって、マーターを叩いているキリヤにゼロムが近付くのに気付いて。少し笑いながらキリエをかけた。

―――明日は、それじゃ会えるのか?
「あぁ、明日になったら」

ドレインリアーも増えた。ヒールをかけて、他の物はまだ切れそうに無いので放置する。

「会いに来い」
―――わかった。

ウォルサードの笑みを含んだ声が、耳にくすぐったくて。早く直接、その声を聞きたくなる。
一息ついて座り込むキリヤの隣に近付いて、マグニフィカートを掛けなおした。
ほんのりと薄暗い石壁、触ればざらざらと砂に崩れそうなその場所に並んでしゃがむ。
「箱はいくつくらいになったー?」
聞かれて、倉庫に預けた分に今日拾ったのを足してみる。
「5個かな」
「んじゃ、100万くらいにはなるんじゃない?」
「100万か……」
露店に並んでいるような値段で買い取ってもらえれば、そんな金額になるのだろうが。さて。
「せっかくだ、今日一日篭っていようじゃないか」
「俺はソルスケ狩りに行きたいんだよ〜〜」
まだ揃ってなかったのか、カード……。
早くダブルクリティカルジュルから卒業できるように、一応は祈っておいてやるよ。



夕方近くになって、キリヤをプロンテラに帰し。俺はモロクの街を一人で歩いた。
モロクはウォルの商人ギルドの拠点になっている。そのギルドの誰かがいてくれはしないかと、夕暮れのオレンジの光の中を露店を見て歩く。気安く買取を頼める商人といえば、このギルドのメンバーくらいしか知らないんだ。
奴らの溜まり場らしい場所も知っているが、そこに行くとウォルに会いそうで。どうしても足が向かなかった。
溜まり場を知っていても、いつも店を開いている場所までは知らない。
人々が歩くたびに斜陽の長い影が、槍の穂先のように砂の上で揺れる。ここで知っている顔を見つけられなかったら、急いでプロンテラに向かった方が良い。
焦る心で歩いているとカプラ近くの混雑した場所で、都合の良い事に座り込んで露店を開いているラヴニールさんの姿を見つけた。
ザンバラと言うか、適当に短く切ったとしか思えない銀髪が、夕日の金と夜の闇の藍に塗り分けられている。近付く俺の影に顔を上げた、薄い色の瞳が一瞬だけ紅く染まって見えた。
「あれ、どうしたんだい?ウォルなら…」
俺の顔を見て言いながら指差した方角は溜まり場の方。………やっぱりいやがったか。
「いえ、ウォルはどうでも良くて。買い取りして欲しい物があるんですが」
先日相場なんぞ聞いただけあって、すぐになにやら納得したような顔をされた。
「700万までは出せるよ」
………ブルジョワ商人。
「スペースのソードメイスが売れたからねぇ」
多分、呆れたような顔をしてしまったんだろう。にこにこしながら続けてラヴニールさんが言った。
それで、納得した。スペースは愛称、本当はスペランツァと言う。このギルドで一番腕の良いブラックスミス作のソードメイスなら、属性だけじゃなくて星のかけらで強化もしてあるんだろう。
「これなんですけど……」
カプラが近いのを良い事に、手ぶらで歩いていたので。カプラの倉庫から出しては目の前に山積みにした。
最終的に6個まで溜まった古く青い箱を見上げて、ラヴニールさんは片手の指を折りながら何か計算している。
「一個22万で買い取ろうか?」
「…………ちゃんと自分の取り分を計算してください、それぐらいで売ってる露店だってたまにあるじゃないですか」
「別に良いんだけどねぇ。…今日売れたソードメイスだって、君に支援してもらって造ってたやつだし」
あぁ、あの時のか。
思い出した。だとしたら、成功するまで何度も失敗したやつじゃないか。
と言うか、ソードメイス強化週間とか言いながら、7回失敗して成功した3本の内のどれかか。7回も失敗できる時点で金持ちさ加減がわかろうというもんだが。まぁ、ほとんど自前の材料だったり、俺のギルドから回ってきた材料なのも知っているが。
あの時の物なら、確実に星のかけらが入っている。そりゃ高く売れただろう。
「ラヴニールさん。俺はどれだけ材料無駄にしているかも知ってるんですから、俺に対して色付けなくても良いんです」
「材料もほとんど自力調達だから、本当に構わないんだけど……。それじゃ、20万でどうかな?…必要なんだろう?」
それを言われると何も言い返せないのだが。
「……………19万で良いです。製造や自分達の装備の足しにでもしてください」
「うちの連中なら、売らずに開けると思うよー」
思わず倉庫に入れなおそうとしたが、その前に金を押し付けられた。
「6個で114万、確認してくれるかな?」
「……………はい、間違いなく」
早々にラヴニールさんは箱をカートに積み込んでいる。ある意味、俺の行動を良く把握している人だ…。
「足りるかい?」
「………はい、ありがとうございます」
礼を言って頭を下げるのに、手を振って制された。
「君にはいつも助けてもらってるしね。本当は、もっと色々……。買い取りとか気を使ってくれなくても、君なら担保無しで貸しても良いんだし」
「そういう訳にもいきません」
借りを作るのは、相手が誰でもあまりやりたくないんだが。それを言うと失礼になるだろうか。
「君も頑固だからなぁ」
くすくすと笑われて、若干居心地の悪い気持ちになるが。俺のギルド仲間よりも古くから知っているこの人には、なんとなく勝てない気持ちにもなる。
とにかく、これで全財産はたいてすっからかんになるのは免れた。それでも当分は懐が寂しくなるが。
「ウォルが腐ってるから、会いに行ってやったらどうかな?」
「………あー、えぇと。…そうですね」
微笑まれながら言われ、ふと疑問に思う。この人は俺とウォルの事は知っているんだろうか?
俺のところのギルドじゃみんな知っているが、ウォルが報告しているかどうかは聞いていない。隠しているならそれでも良いし、公表しているならそれでも構わない。今更その事実で俺達への認識が変わるような面子じゃないだろう、と思うんだが。
まぁ、そこら辺はあいつに任せていれば良いだろう。
気が付く奴はほっといても勝手に気が付くだろうしな。
もう一度礼を言って、俺は歩き出した。
夕日はもう殆ど地平線の下に落ちて、空は段々と紫から濃紺へ変わっていっている。断末魔のような赤い太陽の光は、この街に良く似合う。
そんな事を思いながら歩いて。すぐにプロンテラに戻らなければ、と思いながら。俺の足は自然と溜まり場の方へ向かう。
明かりの灯り始めた家の影から、点在する木の隙間から。青い闇に覆われ始めたその場所に、商人やブラックスミスが車座になって座っているのが見えた。
探すまでも無く、ウォルサードの背中を認める。
何を話題に盛り上がっているのか、赤毛の女ブラックスミスや、黒髪の商人たちと笑いあっているようだった。
笑っているのか、しゃべっているのか。揺れる金髪と、上下に動く肩から目が放せなくて。
明日になれば会える。けれど。
今日も会ったって構わないはずだ。
隣に座る商人に顔を向けた、ウォルの横顔が少しだけ見えて。
俺は、少し微笑んで。その場を後にした。



「あれ?」
ウォルサードの正面に座っていた、赤毛の女ブラックスミスは顔を上げて首をかしげた。
「どした?」
その隣に座る、短く切ったモスグリーンの髪の若いブラックスミスが訝しげに声をかける。
「今そこにジェイドいなかった?」
指差した先は、ウォルサードの背後。
弾かれたように背後を振り向けば、そこにはもう誰の姿も無い。
落ちて行く太陽の名残の光の中に目を凝らしても、見知ったプリーストの姿を見つける事は出来なかった。
「ほんとにジェーさんいたの?」
「違ったかなぁ、暗かったし。見間違いかも」
製造支援や狩りの助けで、ジェイドはこのギルドでも全員に知られている。たとえウォルサードが不在の時でも、近くまで来れば声をかけてくれるはずだ。
そんな認識が全員にあり、何も言わずに立ち去った男がジェイド本人だとは、目にした彼女にも自信を持って言う事ができなかった。
「ジェーさんだったらこっちまで来るんじゃね?」
「そうだねー。他人の空似かな」
仲間達に背を向けて、ウォルサードはまだジェイドが居たかもしれない、その場所に視線を送っていた。
4日や5日会えないだけで、そこに居たかもしれない、と。そう思うだけで胸が高鳴るのに、ひそかに自嘲しながら。
ジェイドさんカッコ良いですよねぇ、と商人の少女が言い。そこからジェイドを中心に向こうのギルドメンバーの話になった。
ウォルサードは少しくすぐったい気持ちになりながら、仲間達に向き直って自慢の相方で恋人である男の話しに加わった。



昨日耳打ちして約束した場所で商品を受け取って、取引は成立。
どうやら製造主体らしいそのブラックスミスは、オマケと言ってブルージェムストーンと青ポーションもつけてくれた。ありがたい事だ。
後はそう、ウォルサードが来るのを待てば良い。が、手持ちぶさたではある。
いつ来るか、どこで会うか。そんな約束もしていなかったが、まぁ、何時もの事だ。
昨日モロクから耳打ちして、取引を今日の午前中にする事に決めてから、俺はプロンテラに帰らずにアルベルタへ向かった。バレンタインに物をくれたのはウォルだけじゃなかったしな。多少なりともお返しってのはしないと駄目だろう。
と言う訳で買ってきたクッキーを片手に溜まり場へ向かう。
いつもいつも全員ここにいるわけじゃないんだが、誰ぞいてくれれば手間も省けて退屈しのぎにもなるからな。
今日そこにいたのは、日に一度は必ず顔を出すマスターのミレスと、バードとダンサーの双子の兄妹だった。
「あれ、ジェイドおはようー」
「あ、お久しぶりですー」
「きゃー、お兄様お久しぶり〜」
「………本当に久しぶりだな、お前ら」
1ヶ月ぶりくらいじゃないか?顔をあわせるのは。
二人して歌ったり踊ったりしながら街を流れ歩いて、たまに臨時で冒険したり。プロンテラに戻る事は滅多に無いのだが。
1ヶ月しか経たないうちに戻ってくるのは珍しい。
「てゆーか、抱きつくなコノハ」
緑の長い髪のダンサーが腰を揺らしながら男に抱きつく様と言うのは、傍から見たらどうなんだろうな。
スキンシップ過剰なこの少女は、アーチャーの時代からよくそれが原因で色々誤解を生んできたのだが。
「ほら、ジェイドさんにはウォルサードさんがいるんだから。困らせたら駄目だろう?」
「だから安心して抱きつけるんだもーん」
小柄な少女に肩口に懐かれるのも悪い気はしないんだが。
「引っぺがせ、リョク」
「えー、ひどーい」
とか言いながら、兄に手を引かれれば素直に離れて行く。
たしかにまだ二十歳前だが二人揃って童顔なせいもあって、並んでちんまりと座っているとそれだけでも可愛らしい。
身体が自由になったので、ミレスとコノハに持参したクッキーを渡したら妙な顔をされた。
「ほら、バレンタインにチョコをくれただろう?お返しだ」
思い出したようにミレスが掌を打った。忘れていたのか……。
「きゃー、帰ってきてよかったぁぁぁ!」
握りつぶすなよ、コノハ。
「チョコレート渡しに来ててよかったぁぁ」
「そのためだけに帰ってきていたのか!?」
「そうですよ?」
あっさりとリョクに言われて、俺は脱力した。
あの日は、まぁ色々あり。実際に受け取ったのは翌日だったが。基本的に己の気持ちの赴くままに生きている人間が多いギルドなのは承知していたが、本当に好きなように生きてるな、お前ら。
「ウォル君とは今日会うの?」
クッキーをしまいながら言うミレスに頷くと、そのまま荷物をあさりだした。
「良かったー、その前に渡したいと思ってたのよね。はい」
そう言って、俺に差し出してきた物に、手を出す気が起きなかったのは何も俺が悪いわけじゃ無いと思う。
「これを、俺にどうしろと?」
「もちろん。ウォル君に会う時につけてね」
にっこにっこしながら、ぐいぐい押し付けてくる。
「………受け取らないと駄目なのか?」
「当たり前よ。大きなリボンとかハートのヘアピンとか、迷ったんだけど。やっぱりこれよねー」
「きゃー、見たい見たい。ジェイド兄様、つけて見せてー」
「見せるかぁぁ!」
結局受け取って、暫く落ち込んだ。



後から来たアテラとか、あと数人にクッキーを渡して。通りすがりにチョコをくれた子もいたが、それは顔も覚えていなかったんでもう良いだろう。
と言うか、疲れた。
コノハよ、彼氏を作れ。頼むから。
昼前にウォルからやっと耳打ちが来て、俺はその場の全員に断って立ち上がった。
頑張ってねーとか、ミレスはどうしてそうお前は……。
まだ一日の半分以上が残っていると言うのに、疲れた足取りで待ち合わせ場所に向かった。
街の南側は、なんだかんだいってどこも人で賑わっている。混雑した中で会うのもなんだと思ったので、待ち合わせた場所は騎士団の建物近く。細かくどこと決めてはいなかったが、行けばわかるだろう。
ウォルはまだ来ていないようで、適当に街路樹にもたれて空を見上げる。
変にドキドキしているのは、それなりに、あれだ。
何がしか思惑があると緊張する、と、そういう事だ。
晴れ渡った青い空を見れば、思い出すのはどうしたって奴の青い目で。どうってことのない顔と言えばどうって事は無いのに。俺にとっては誰よりも良い男なのが、無性に腹立たしくもなる。
目を閉じても木漏れ日の光が目蓋を射して、頭に浮かぶのはただ一人、か。なんだかなぁ。
「ジェイド」
目を開けると、実物が走ってくるところだった。
片手を上げて迎えると、その手をつかまれる。
「元気だった?」
「すこぶる元気だ」
笑顔が眩しいと言うのはこういう事か?
まぁ、中天に差し掛かった太陽も眩しかったがな。
辺りを見回せば人影も無いが、あまり見られたくない気持ちもあるので。繋いだ手を引いて道から離れた木の裏へ移動した。
「なに?どうした?」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
ウォルサードを目の前において、手を引き離して持ってきていた荷物袋をあさる。
ミレスから渡されたこれは、やはり付けないといけないだろうか。
「……………」
「……………?」
「………少し、向こうを向いているか、目をつぶっていろ」
「は?」
「良いから」
訝しげに俺を見るウォルを強引に後ろを向かせて、ミレスの指示通りに頭にのせてみた。
………先に鏡か何かで自分で確かめておけば良かった。どうなんだろうな、これは。
「………良いぞ」
「ん」
振り向いたウォルの顔が、ぽかんとした。
後ろ手に荷物を持った俺は、照れくさいのもあって下睨みのような目つきになっている。はずだ。
柄でもない。仮初の恋なんて。
何が仮初だ。こっちは本気だ。
「ジェイド……」
「……おかしいなら素直に笑え」
「いや、そうじゃなくて…」
近付いたウォルの手が、俺の頬に添えられる。
「似合うとかじゃ、無くて。…なんか、可愛い」
真顔で言ってから、ほんのりと微笑む。
その顔の真ん中に鉄拳を食らわせてやりたくなる俺は間違っているか?
顔が近付いてきたのを見計らって、唇が触れる寸前に、手にしていたもう一つの物をウォルの頭に乗せた。
「え?」
「少しずれたな」
きょとんとしているその頭上を見ながら位置を整える。
「良し」
「なに、……え?」
頭を探るウォルの指先が小さく尖った先端に触れて、その顔が固まった。
「こ…れ、………え?」
ヘアバンド状のそれに押さえつけられていた髪を梳いて整えてやって、いまだあっけに取られたままの顔を眺める。
「似合ってる、が。…妙に可愛くなるな、お前」
「ちょ、…て。これ、シャープヘッドギア!?」
「大当たり」
満面の笑みを浮かべてやった。
小さな白い角が二本、金髪から生えているように見えるそれは。以外に防御力が高くて、こいつには役に立つだろう。
「こんな、え?…出したのか?」
「まさか」
そんなもん落とすまでドッペルゲンガーと戯れていられるものか。
「なんでこんな…」
「ホワイトデーだろ?お返しだ」
余っていたクッキーを一つ取り出して。
………まぁ、せっかくだ。仮初の恋なんて物も頭に乗っている事だし。
人型のクッキーを一つ、頭の部分を口に咥えて差し出した。
こんな日くらい、これくらいしても構わないだろう。
さっきから吃驚しては白くなったり赤くなったりしている男の顔を見られただけでも十分、元は取れた気分だし。
腰に腕が回されて、目を閉じればクッキーの砕ける音と振動が唇に伝わる。
「て、…ん!」
舌を入れるなぁぁぁ!クッキーの塊、が!
「いてぇっ!」
「物を食ったままするな!!」
思い切り耳をねじ上げたらさすがに効いたようだ。
「チョコレートの時は文句言わなかったくせに…」
………そういや、そんな事もしたな。ちょっと遠い気持ちになったぞ。
「固形物と液状化する物の違いだ」
肩で息をしながら睨みつけても、軽い舌打ちで済まされた。後で覚えてろ。
「でもこれ、じゃぁ買ったのか?」
耳をさすりながら、もう片手でシャープヘッドギアを指す。
「あぁ、高かったぞ」
「そりゃ、…高かったろうけど。……良いのか?こんな…」
「お前がこんな物よこすからだ」
法衣の下のベルトから、ファイアダマスカスを抜き取って見せる。
「いや、それは…」
「何をいまさら照れてるんだ。持ち歩くと言ったら俺は四六時中持ち歩くぞ」
「………ありがとう」
だから嬉しそうに笑うな。はにかむな。
「これで懲りたら、二度とこんな物俺によこそうとするな。何を返したら良いか、考えるのが大変じゃないか」
「俺は、…ジェイドがそばにいてくれるだけで」
「その台詞は、そっくりそのままお前に返す」
ダマスカスの鞘の部分を突きつける。
「俺だって、お前がいてくれればそれで良いんだ。だから、あまり凝った事は考えるな。疲れるだろう」
ダマスカスを持つ手を絡め取られて、腰にウォルサードの腕が回る。
そばにいてくれれば、それだけで良い。
抱き合う身体は春の日差しと同じように温かくて、触れる唇は優しかった。



「なぁ、それ、ずっと付けておかないか?」
「冗談じゃない。俺にこんな物かぶったまま人前に出ろと言うのか」
「あー、じゃ、後で二人きりになったらまた付けて」
やたらに懇願されて、不承不承、承諾した。
二人きりになった後の事は、まぁ。別に、良い。
俺に可愛いと連発していたウォルが、昼のうちに寄った俺のギルドの溜まり場で。女性陣からシャープヘッドギアを付けた姿を、やけに可愛いと言われまくっていた事だけは記しておこう。
俺の見立ても悪くなかったと言う事だろうしな。
次にミレスに会ったら、仮初の恋は返しておこう。と、ウォルの腕の中で思う。
俺には似合わない。
この恋は、仮初なんかじゃない。
だから、俺には必要ないんだよ。ミレス。

2004.3.17

あとがきっぽいもの

今回のテーマは仮初の恋に逆切れするジェイド(なにそれ
仮初の意味をおぼろげにしか覚えていなかったので調べなおしたら、覚えていた通りの意味でした。
なんちゅう名称の装備じゃ;
シャープヘッドギアはバレンタインネタ(アサシン視点の時)に入れ損ねたエピソードでした。
あの時使うと、そのままラブラブしそうで。それをキリヤに報告させるのもどうかと思い。せっかくなのでホワイトデーネタに回しました。
間に合いませんでしたけどね!!!

無駄にギルドメンバーが顔を出しています;
ちょこっと出てきたBS二人はともかく、バードとダンサーの二人は「いる」事はずいぶん前から決めていたのですが。詳細をまったく考えていなかったので出した後で困った困った(何をしているのか
エロとかラヴとか関係なく、いつかギルド連中の話を書いてみたいものです・・・。ホモじゃなくても良いですか?;

無駄に長い割にはラヴラヴしてないし_| ̄|○
いえ、自分が悪いんです。そうなんです(メソ

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