サクラ咲く頃

春は気持ちが良い。
まだ肌寒いのが事実だけど、この間までの寒さを考えると心地良い気候になったと思う。
こんな日に露店開いていたら、そりゃ眠気にも誘われるだろう。
と言う訳で、店を開いて早々に転寝を決め込んだ。
国王のはからいか何かで、このプロンテラにもサクラの木が飾られている。
風に吹かれてほんのりと漂う爽やかで少し甘い香りに、気持ち良く夢見心地になれた。



どれくらいそうやって寝ていたかわからない。
ふと目が醒めると、やっぱりまだ気温が低い所為か、地面から直にくる冷えの所為か、身体ががちがちに固まっていた。
まだ野外でのんびり昼寝には季節が早いようだ。
あくびをして腕を伸ばそうとして、肩に何か重みがあることに気が付いた。
視線をめぐらせると、肩に乗った黒い髪が見えた。
日に当たると茶色にも見える、黒い髪。良く知っている顔は目蓋が閉じられ、わりと長い睫が影を作っている。
「ジェ…イド?」
いつのまにやって来たのか、相方で親友のプリーストが俺の肩に頭を凭れて寝ていた。
あぁ、もう一つ付け加えておこう。相方で親友で恋人の、プリーストだ。
「その兄さん、なんだかあんたに用事があったみたいだよ。なかなか起きないから、待ってる間に寝ちゃったみたいだね」
「あ、そうなんすか。…ども」
俺の隣で露店を出していた商人がそう言ってくれた。
マーチャントだが、年の頃は俺と変わらないようだった。商売一筋なんだろうか?
まぁ、良いや。
さて、どうしよう。
用事があったって事は、起こした方が親切なんだろうか。
でも何となく起こす気にもなれない。
この状況がちょっと嬉しいってのもあるが、寝顔眺めているのも幸せだしなぁ…。
とはいえ、行きかう人の視線がちょっと痛いが。
とりあえず寝ている間に何か売れていなかったか、カートの中身の確認でもしておこう。
ノルマと言ってギルドマスターから渡された古く青い箱はまだ残っていた。
その外の消耗品はそこそこ売れていたようだ。さすがに20znyで売るとミルクはすぐに無くなるな…。
カートの中をいじっていたら、振動が伝わったのか肩に乗っていた頭が動く気配がした。
「ん、……ん」
「あ、悪い。起こした?」
顔を向けると、薄らぼんやりした顔でジェイドが俺を見ていた。
がしがし目を擦ってから、大あくびをする。
なんつか、こう。可愛いが色気無いな……。
「おう」
おはようと言いたいのか、ただの挨拶なんだかわかりゃしない。
「おはよう。…えーと、何か用事あったんだっけ?」
「ん、あぁ」
まだぼんやりしているようだ。
人目が無きゃ、おはようのキスくらいしたくなるほど可愛い。
いや、可愛いっつっても。きっと俺の目がどうかしてるんだと思うんだが。
普段がしゃっきりしていて偉そうな分、たまにこういうの見るとえらく可愛く見えるんだ。
視線がはっきりしてきて、眠そうな半眼だったものが不機嫌そうな半眼に変わった。
俺は何かまずいい事やったか?
「ウォルサード、……シャープヘッドギアはどうした?」
「あ、…いや、寝る時に外すし。今日は狩りには出てないから……」
そのまま忘れてました。
ついこの間ジェイドに貰ったばかりの装備は、今のところ俺の一番の宝物ではあるんだけど。
「持ってるよ、つけようか…」
「いや、いい」
慌てて背中のリュックを探ろうとしたら、まだ少し不機嫌なまま首を振られた。
「似合うから、街中では付けなくてもいい」
「なんだそりゃ…」
似合うと言ってくれるのは嬉しいんだが、なんだが良く判らないぞ…。
狩りに行く時はもちろん付けているし、寝る時に外したって忘れたりしたくないから、いつも持ち歩くリュックにしまっている。
これを渡してくれた時のジェイドは仮初の恋を頭に乗せていて。はっきり言っちまえば似合っていなかったが、可愛かった。
それはもう、ジェイドのギルドのマスターに返してしまったようだが。
返すと言っても、かなりの押し問答の末に押し付けるように返したらしいが。
なんだか難しい顔でぶつぶつ言っていたが、気を取り直したのか顔を上げる。
「ウォルサード、今日中に売らないといけない物か?」
「ん?いや、そーゆー訳でも無いな」
古く青い箱はマスターに売り上げを渡して、ギルドの共有資産にしないといけない物だったが。売れたら金を渡せば良い話だ。別に今日中に売らなきゃいけない訳じゃない。
他に並べていた消耗品は、ただそれだけじゃ中身が寂しいから置いていただけだし。むしろそっちはあらかた売りつくしている。
「だったら出かけよう」
「あ?どこへ?」
「アマツ」
そう言うと、不適とも思える笑顔を浮かべて立ち上がった。
「何しに、…って、待てよ」
さっさと歩き出すのを、慌てて露店をしまって追いかけた。



サクラはアマツが本場らしい。
フェイヨンにもこの時期には花をつけているが、こっちは年がら年中咲いているからな。
一年にこの期間だけ花を咲かせるからこそありがたみがあるってもんだが、いつ来ても見られるとなるとそのありがたみも半減しそうだ。
それでも長年の人間の習性なのか、花見客がアマツにもたいそう押しかけていた。
「まぁ、場所はどこでも良いか」
ジェイドのポータルでアマツにやって来たものの、先を歩くジェイドの本意がわからずに俺はただ後を付いて行くしかない。
てっきりカブキ忍者とガチらされるのかと思っていたが。もしかして、ただ単に…。
「………花見」
「もちろんだ」
だからなぜそこで勝ち誇ったような笑顔をするのか。
良さげな場所はもう既に先客に埋められていたが、こっちは二人しかいないんで、適当な場所に腰掛ける事にした。
敷く物なんか用意していなかったから、いつも狩りの時に羽織っているマントを敷いた。
まぁ、頑丈な布地だし。大丈夫だろう。
周りは宴会で盛り上がっていたが、見上げれば青い空に淡いピンク色の花びらが舞う。で、隣にはジェイド。
思いっきり季節外れで人の居ない時に、二人で来たいと切に思った。
「さて、花見といえばこれだろう」
視線を落とすと、ジェイドが嬉々としながら大きなビンとえらく小さな皿みたいな物を並べていた。
聞きかじった事はあるが、もしかしてお猪口とかいうやつか?
それを一つ俺に渡して、両手でビンを支えながら中身を注いでくれる。
ほんのりとアルコールの匂いがした。
「酒?」
「アマツの酒だそうだ。穀類から作っているというから、どんな味なのか知らないが」
「へぇ」
ちょっと鼻に近づけて匂いをかいでみた。
……匂いだけでもアルコールがきつそうなんだが。
俺の目の前に酒瓶を置いて、お猪口を突き出してきたので今度は俺がジェイドに注ぐ。
「で、つまみはこれだ」
お寿司。
アマツ気分満喫だな。
二人してアマツの酒をちびちびやりながら、寿司を食う。
周りは集団か恋人同士らしい男女のどちらか。男二人でこんな場所にいるのはなんとなく浮いていたが。まぁ、構わないさ。
アマツの酒は舌の上ではかすかに甘いのに、喉を通る時は少し辛くて焼けるような感覚がある。味は淡白で香りは絶品だった。
つまり、美味い。
「どんな物かと思ったが、果実酒とはちがった美味さがあるな」
ジェイドも気に入ったようで、飲み干しては手酌で注いでいる。
いつも飲んでいる酒とは違って、少しずつ飲む方が良い物なのかもしれない。喉を通って胃に届くまで、そこからまた広がるように身体の芯が熱くなる。
かなり強めの酒なのかもしれない。そうだとしたら、アマツで酒を飲む物がこんなに小さなお猪口なのも頷ける。
寿司は前に来た時に食べた事があるが、酒を飲むのは初めてだったな。
ショウユとか言う黒っぽい変な匂いのソースももう慣れたし。
美味い食い物があって、美味い酒があって、サクラは綺麗だし、空は晴れてぽかぽか暖かいし、隣にジェイドが居て。
二人でいる理由で狩りに行ってばかりだったけど、たまにはこうしてのんびりしているのも良いな。
男二人連れで、一緒に来る彼女も居ないのか可哀想にという視線がたまに飛んでくるが。知ったこっちゃない。
俺は満足だ。
「ウォル…」
「ん?」
「結構これ、きついな…」
雰囲気に満足してぼんやりしていたが、慌てて顔を確認すると、ジェイドは真っ赤だった。
「きゅーに回った」
「もう飲むな!」
弱い訳じゃない、こいつはそんなに酒に弱い訳じゃない。
だからうっかりしていた!!!!
「やだ」
「ジェイド〜〜〜〜!!」
ああぁ、酒瓶を抱えるな!!
「そんなに急いで飲まなくたって、簡単に無くなりゃしないから」
「ん……」
酒瓶を置くと、酒に染まった顔で俺をじっと見る。
「少し、浮かれてたかな……」
「ジェイド?」
「一緒に、来たかったんだ」
そう言って、柔らかく笑う。
「ジェイド、その顔は……反則。押し倒したくな…」
ナイトのオートカウンターの勢いで殴られた。
「飲め!」
「うぅぅ、…はい」
まだ酔っ払っている自覚がある段階らしく、ジェイドは自制して飲んでいる。
代わりに少し減っただけでも俺のお猪口は満杯にされたが……。
喉と胃を焼くような感覚は病みつきになりそうだった。
目の前には機嫌の良いジェイドがいて、ニコニコしながら注いでくれるから尚更だ。
舞い散る花びらが幻想的で。いつもより血色の良いジェイドが目の前に居て。
まるで夢の中にいる気分だった。



どこかで賛美歌が聞こえた。
あぁ、これはグロリアだ。
ジェイドが歌うグロリア。
いつも狩りの時と、うちの製造連中が歌ってもらっている。ジェイドの歌うグロリア。
エンジェラスの天使の羽ばたきも聞こえる。
そこでようやく何事かと思って、目を明けた。
目を明ける?
……………いつの間にか寝ていたらしい。
隣を見るとただマントが広がって、食い残しの寿司とジェイドが使っていたお猪口が置いてある。
「ジェイド?」
辺りを見回すと、少し離れた所に俺に背を向けて立っている姿があった。
ジェイドに向かってやたらに頭を下げながら立ち去る、カップルらしい男女のナイトとウィザードに手を振って戻ってきた。
「あぁ、起きたか」
まだ酒は残っているようだが、俺の意識があった頃にくらべると、だいぶ落ち着いてきているようだ。
「すまん、気が付いたら寝てた…」
「思わず悪戯しようかと思ったぞ」
「すまん…」
謝るが別に気にもしていなさそうに、何でだか機嫌よく俺の隣に座りなおす。
「何かあったのか?」
「あぁ、さっきの」
お猪口に残っていた酒をあおって、笑みを零す。
その笑顔は、いつもの勝ち誇ったような笑顔ではなくて、挑むような不適な笑顔でもなくて。どこか優しかった。
「お前が寝ている間にな、彼女にプロポーズしたいから、勇気が欲しいと言われたんだ」
ナイトの青年はそう言って、景気付けで良いから支援してもらえないかと頼んできたそうだ。
そういった事ならとパーティーに組み入れて、景気の良さそうな支援を。つまりはほとんど狩りの時に使う支援を総て叩き込んだらしい。ブレスやグロリアだけでなく、果てはマグニフィーカートやインポシティオマヌスまで。
舞い飛ぶ天使や打ち合わされる聖杯に吃驚しながら、彼女はプロポーズを受け入れてくれたらしい。
俺の聞いたグロリアとエンジェラスは、プロポーズが終わった後の祝福だったようだ。
サクラの舞い散る中で、プリーストのフル支援を受けて行われた求婚は、さぞや賑やかだっただろう。
周りにいる花見客からも、祝福の歓声が上がっていたそうだ。
ちょっと参加したかったな。
「幸せになると良いな…」
「俺が祝福したんだ、なるさ」
晴れやかなほど、自信に満ちた笑顔でそう言う。
ジェイドはこんな性格で、負けず嫌いだったり意地っ張りだったり。素直じゃないし簡単に負けを認めようとしない所が厄介だったりする時もあるが。改めて、こいつはプリーストなんだな、と思う。
他人を祝福する時の、慈愛に満ちた笑顔。
だれかれ構わずジェイドの自慢をしたくなるのは、こんな時だ。
「流石に、結婚式の司祭役は辞退したが…」
「へ?そんなもんまで頼まれたのか?……引き受けてやりゃ良いのに」
ちょっと見たいぞ。真面目な顔して聖書を読むジェイド。
「そこまであてられちゃ敵わん」
「まぁ、そうだな。………俺達は結婚とか縁が無いし」
ジェイドは苦笑いして酒を飲んだ。
男同士じゃ縁の無い話だった。
籍を入れるとか、そんな事も縁が無い。
ただ手を取り合って、一緒にいようと誓い合うだけの間柄。
「あのさ、ジェイド」
「ん?」
「形だけでも良いからさ。……いつか、俺達も結婚式とかしてみないか?」
ブバっと激しく霧状にジェイドが口に含んでいた酒を吹いた。
「うわっ!飛んだぞ、勿体無い」
「お前がいきなり突拍子も無い事を言うからだ!」
肩で呼吸をして息を整えながら、真っ赤になっている。
酒の所為だけじゃないな、これは。
「いや、結構本気なんだけど………」
「……………もっとマシなプロポーズの言葉は無いのか?」
「それは、ちゃんと色々準備してから改めて……って。え?良いのか?」
「そこまで考えていたのかと思って、ちょっと驚いた」
困ったような呆れたような笑い。頬が染まっているのは酔っているだけじゃないと思いたい。
微妙に会話がすれ違ってる、っていうか、結局良いのか悪いのか返答をもらえていないが。まぁ、良い。
「考えてるよ、俺は。ずっと」
「そ…か」
照れたように、俯いて少し微笑む。
どう思われているかわからない。馬鹿な事を考えると思っているかもしれない。
それでも悪くは思われていないと、その微笑みを見て思う。
「まぁ、いつか、な」
「んじゃ、まずは指輪用意しないとなー」
金の指輪は黄金蟲だったっけ。
……………ダイアの指輪じゃ駄目かな?
すでにこの段階から挫折気味なんだが……。
「あー、ヴェールに仮初の恋とか乗せられたら可愛いだろうな…」
酔っ払いの力加減の無い一撃はかなり痛かった。



先の事なんか、実はそんなに考えていた訳じゃない。
そばに居てくれたらそれで良い。
だから、本当はそんな事で縛るつもりも無い。
だけど、今日って日にはどこか現実味が無いから。
サクラの花びらと、アマツの酒に酔って。
将来の約束をしたって良いじゃないか。
夢のような幸せがずっと続く約束を、夢の中でしても良いだろう。



「言っておくが、ドレスは着ないぞ」
「いや、さすがにそこまでしてくれとは言わん…」
てゆーか、着る事を仮定していたのか?
だけど、もし本当に結婚式をやる事になったら。
山ほどの花で飾り立ててやろう。
きっと嫌がって、怒って、不貞腐れるかもしれないけれど。
お前に似合う花を、世界中からかき集めてくるから。
教会が用意してくれるタキシードも、ウェディングドレスも着られない俺達だから。
自分達でできる限りで飾り立てて、自分達で祝福の乾杯を上げよう。
神は祝福してくれなくても、仲間達は、きっと祝ってくれるから。
それで良いじゃないか。
帰りのポータルに乗るときに、人目があって触れられなかったジェイドの手を握った。
血行が良くなっているのか、いつもより暖かい手で。
この手は一生離さないと、サクラに酔った気持ちのままで誓った。

2004.3.28

あとがきっぽいもの

無駄にラヴっとけ!!!(何
花見ネタなだけのはずだったんですけどね・・・・・。
ナイトさんとウィザードさんの求婚ネタ思い浮かんだらこっちの方に話が流れてしまいました;
本当は酔った勢いでジェイドに悪戯しようと思っていたのに・・・・・(気が付いたら書き終わってました;
どうでも良い話ですが、私のノーマルカプ萌えは剣士×マジなんです。
だからナイトとウィザードのカップルで(^^; (本当にどうでも良い

最近、とんとあぷろださんには投稿しておりませなんだが。
と言うか、1月2月に比べて格段に書く速度が落ちています;
本当はちゃんとした話で長い物を書こうと思っていたのですが、どうやら忙しかった所為か無自覚にストレスをためていたようで;
やたらにメロウになってしまったので逃げました;
身体の方は元気です。ぎりぎりで倒れないほど丈夫です。意図的に病気になって倒れたくなります。私の休みは何処へ行ったのでしょう?ボス・・・・・。
あ、すいません、愚痴りました;
考えている長い話の方は、こちらには持ってこずにHPの方だけに上げようかな。と、考えています。
今のペースだと、分割して投稿しているとどれくらい掛かるかわからない=忘れられそう。なので;
あんまり何回も投稿して、素敵ログを流すのも勿体無いので;
それでは、しばらく逃げるように姿を隠すかもしれませんが;
元気に生きていますので、皆さんもお元気でー。

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