ジェイドとミレス

「ね、ジェイドって普通にそれで納得してるの?」
突然そんな事を言われたのは、ギルドマスターを相手に飲んでいる時だった。
今日はよほど狩りの成果が良かったらしく、溜り場に一人でぼーっと座っていたら上機嫌のミレスに酒場まで拉致されたのだ。
日頃酒を酌み交わす事はほとんど無い。
会うのはいつも昼間の明るい日差しの中ばかりだった。夜も更けた薄暗い酒場の中で見る彼女は、普段と違って大人びた女性に見える。
小さな身体で大きなペコペコに跨って駆け回っている姿ばかり見ているから、大人しく椅子に座って盃を傾けているのが新鮮なだけなのかもしれない。
いつも被っているヘルムをテーブルに置いて、素顔の彼女を見るのも久しぶりだ。
少し瀟洒な内装のこの店は、高級とは言わないまでもそこそこ良い店のようで。女連れで飲んでいても絡んでくるような下卑た輩がいないのがありがたい。
いつもの溜り場に彼女しかいない時、話せる人間だけがいる時、ウォルサードや向こうのギルドの話をよくした。
今日もそんな感じで、つつがなく付き合いが続いている事や、あの甲斐性無しを相手に浮気の心配はしたって無駄だろうというような事を話しているうちに、さっきの言葉がミレスから発せられたのだ。
「納得って?……まぁ、同性だと結婚できないとかそういうのは……」
「えーっと、そうじゃなくて。………ジェイドって普通に自分が女役って前提で話すじゃない?…まぁ、ウォル君が女役っていうのはあんまり考えたくないけど」
「そんな考えを浮かべるのは俺だけの特権だ」
ごちそうさま。
一言そう言ってミレスは盃を呷った。
口を離した途端、店員を呼びつけておかわりを注文している。まださほど飲んではいないが、何杯目だったっけ……。店内は雰囲気作りのためかロウソクの灯りだけで薄暗く、表情も顔色も良く見えない。
注文を復唱した店員が立ち去ってから、改めてミレスがこちらを向く。
「最初から、その。……抵抗とか無かったのかな?って。……あ、気を悪くしたらごめんね。ちょっと不思議に思ってたから」
俺にとっては今更過ぎる質問に少し戸惑うと、どうも気分を害したと思ったらしい。
………今更なんでそんな事はどうでも良いんだが。
「男の子ってそういうの拒否感あるんじゃないかと思って……」
「まぁ、無い事も無かったけど」
「それでも、良かったの?」
何が気になっているのか、何を心配しているのか、なんとなく予想はついた。
俺が意地っ張りな事も、負けず嫌いな事も、彼女は良く知っている。
あからさまに主導権を他人に明け渡している状態に、俺が耐えられるのか、これから先も耐えて行けるのか。もしかしたらミレスはそんな所を心配しているのかもしれない。
「なし崩しにこっち側だったから、良いも悪いもないけど」
「………途中で形勢逆転しようとか思わなかったの?」
「うーん、………面倒」
ミレスがテーブルに突っ伏した丁度その時、新しい盃が運ばれてきた。
なかなか仕事が速くて、ここは良い酒場だ。
「自分の意思で決めた事じゃないのに大人しくしてるジェイドが想像できない〜」
両手で抱えた頭を振りながらそんな事を言う。頭を振ると酔いが回るぞと言い掛けたが、すぐに止めたのでほうっておこう。
「別にまったく俺の意思が入ってない訳じゃない」
「え!?それでも良いって決めてたの?どうやって!?」
よっぽど俺が「大人しくしている状態」が納得いかないらしい。
「なんとなく、気分で」
「………気分で決めるには一大事だと思うわ」
「まあ、悪くなかったし。これはこれで良いぞ。あいつ不器用なくせに変なとこは器用で…」
「はいはいはい」
猥談まじりの惚気に突入しかけた俺の言葉を遮って、ミレスは新しく来た盃に口をつけた。
そこから先は自分達のギルドの話。
誰の格が上がっただとか、誰がどのアイテムを集めているから協力しようだとか。
店の雰囲気からすこし高めの場所かと思っていたら、出している酒も良い物らしい。悪酔いする事も無く、二人ともほろ酔いで良い気分のまま酒宴をお開きに出来た。
なんでだか途中までミレスに送られ。……一人で帰るのが危ないのは彼女よりも俺の方だと頑なに主張されたためだ。
大通りで別れた後、ミレスの後姿が見えなくなってから、俺は自分の下宿に足を向けた。
日が落ちてだいぶ経つが、まだ深夜にはほど遠い。まばらに歩く人々とすれ違いながら、酒でほてった頬にあたる夜風を楽しむようにゆっくりと歩く。
なんとなく、……気分で。
間違いじゃない、少なくとも。どちらかと言えば役割はそっちだろうと思っていたのは事実だ。
けれど、後々考えれば、そんな理由で抱かれても良いと決めた訳じゃない。
想いが通じるなんて、昔の俺は思ってもいなかった。
気持ちを伝えて、気味が悪いと離れられるのが怖かった。
それでも好きで、離れたくなくて。気持ちを抑えておく事も出来なくて。
抱かれても良いと思ったのは、あいつの手を離さないための手段だったんだ。
変に律儀で、妙に責任感のある、あいつなら。
一度でもそんな事があれば、俺を捨てる事も出来なくなるだろう。
抱くよりも抱かれる方が、より効果的だと思った。
それだけなんだ。
ただの打算を、正直に話すことも無いだろう。
今はもう、それで十分、俺は幸せになれる。
離れた瞬間から、もう、あの腕が恋しい。
一人暮らしの俺の部屋は本で溢れている。来るたびにウォルがぼやくから、前よりは少し片付けた。
そのせいで、以前よりも部屋が広く感じる。
昔を思い出して少し切なくなった時に、この広さは少し堪える。
次はいつ会える、ウォルサード?
昼間の耳打ちで、ギルド仲間に頼まれた鋭い鱗が集まらないと嘆いていた男の声を思い出す。
もう少し待てば、きっとあいつがこの部屋の広さを埋めてくれる。
昔ほどの飢餓感は無い。
会いたいと思う気持ちも、触れたいと思う気持ちも。大事に抱えて持っておけば、会えた時に嬉しさも増すと今は知っている。
今は大人しくしているから。
俺の忍耐力が続くうちに、顔を見せに来い。

2006.2.20

あとがきっぽいもの

なんだかどうしても短く済まそうとすると、二人一緒には登場させられませんね;
おそまつさまでした・・・。

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